そしてカークランドの城の前…。
「マシュー…無事だよな?」
「ああ、元気にしてるに決まってるって!」
声をかけるのを躊躇するロマーノの背中をギルベルトがポン!と叩く。
「マシュー…無事だよな?」
「ああ、元気にしてるに決まってるって!」
声をかけるのを躊躇するロマーノの背中をギルベルトがポン!と叩く。
そんな兄に構わず、フェリシアーノは例によって大声で
「アーサーのお兄さ~~ん!!!」
と叫んだ。
「相変わらずやかましい…」
その声に応じてしかめつらで出てきたスコットの横にいる子供に、ロマーノは少し涙目になった。
「マシュー!元気だったかっ!!」
かけよって抱きしめるロマーノ。
一方ギルベルトはじ~っとマシューに目をやってつぶやく。
「なんか…随分可愛らしい格好になってねえか?」
繊細なレースの縁取りに同じく繊細な刺繍のほどこされた真っ白なシャツにマシューの目の色と同じ青い半ズボン。
靴下にもレースの縁取りがされていて、そのマシューと全く同じ格好をした白いクマのぬいぐるみがマシューの腕に抱かれている。
「ええ、これはスコットさんがつくっ…」
「あ~!!魔法の実験だっ!!その、ドールをどこまで人間に近づけさせられるかという…」
マシューの言葉を慌てて遮るスコットに
「はい。そうなんです。」
とニッコリ微笑んで合わせるマシュー。
じと~っとした視線を受けながら、スコットは体制を立て直そうと咳払いをする。
「で?なんのようだ?」
「あ、それなんやけど…」
アントーニョがアーサーを促した。
「えと…兄さん、宝珠が集まったんです。」
アーサーはとりあえず手元にある土と水の宝珠をスコットに差し出した。
「これが……」
スコットはそれを受け取るとマジマジと観察する。
「で?何故これを?俺に?」
「アーサーのゆいの…」
パコ~ン!とまた良い音でロマーノのハリセンがうなる。
「えっと…結局俺達の考えてたような何でも願い叶えるとかいう類のモノじゃなくて、各属性の力を調節できるみたいなモノらしいから…素人が扱ったら危険なんじゃねえかって思うんだ。だからこの際プロに任せるのが正しいのかなぁと思ったわけなんだけどな」
と、ギルベルトが全員の意見を代弁する。
「なるほどな…」
スコットは顎に手を当ててしばらく考え込んだ。
「ずっと守人の使命を背負ってきた兄さんなら、賢明な活用法を考えて下さるかと思うんですが…」
「守人か…」
アーサーの言葉にスコットは苦い笑いを浮かべた。
「俺に判断を任せてもらっていいのか?」
「ええ、もちろんです。」
「ならば選択肢は一つだ。4つの石の力を相殺させて宝珠自体を消し去る。」
「ええ??!!!」
驚く一同にスコットは淡々と言葉を続ける。
「確かに4大元素の力を無条件に操れれば強大な力になるかもしれん。だがその力も知識も思想も持たない人間の手に渡れば世界を滅ぼしかねん。ゆえにその知識を持つ我々が守人として存在していたわけだが……正直そんなものなくても人は自らの力と知恵でどうとでも生きて行ける。なのにこれのために多くが縛られ、時に悲しい選択も迫られ、時に命を奪われているのだ。ない方がいいと思わんか?」
「思います!」
マシューが大きくうなづいた。
「僕…石が身体の中にあった時は不死身でしたけど…今の有限の身体の方が幸せです。」
「そうか…」
その言葉にスコットの眼が少し穏やかに細められる。
「どうだ?俺に選択を任せるということは、そういう事になるのだが?」
「うん、いいかもね。」
まずフェリシアーノが口を開いた。
「結局さ、たぶんこの島って俺達が旅立つ前よりは平和になると思うんだ。
それは石の力じゃなくてさ、アーサーのお兄さんが東の国の有力者で…北の国には俺達を船で大陸に送ってくれたフランシスさんがいて…南のインディさんもなんだか仲良くしてくれそうだし…結局人のつながりなんだよね。そうやってコツコツ築いてきたものってさ、人から人へ受け継がれて、結局特別な力を持つ何かよりも大きな力になるんじゃないかな」
「ま、そういうことだな。」
ルートもそれに同意し、
「マシューも幸せになれたみたいだしな」
とロマーノがうなづく。
「俺は…元々宝玉に興味あったわけじゃないし…」
「俺はアーサーがいれば別になんでもええねん。」
「ま、超天才な俺様に言わせれば君子危うきに近寄らずって事だなっ」
と、最後にギルベルトが言って全員の意見がでたところで
「じゃあそういう事で決まりだな。支度をしよう」
と、スコットはローブを翻して城の中に戻って行った。
そしてカークランド家の一室。
水と土の石はすでにアーサーの手に戻され、火と風の石はアントーニョとフェリシアーノの中でそれぞれ光っている。
床に描かれた魔方陣の中央でアーサーが意識を集中すると、火と風の石も呼び掛けに応じて宙へと浮かび上がり、4つの石が魔方陣の中央に立つアーサーの周りをクルクルと回った。
(汝…我らに何を望む?)
4つの石の意識がアーサーの頭の中に流れ込んでくる。
宝玉の…永遠の消滅を…
アーサーがそう心の中で祈ると、4つの石は相談するように互いに寄り添い、そして離れて行った。
(人の意識はすでにそこまで進化したのだな…了解した…これ以後我らの力は世界に霧散し、宝玉という集合体になる事はない。賢明な人間よ…さらばだ)
そう告げると、4つの石はぱぁ~っと散って空気に溶け込んでいった。
「…ああ……」
一度は体内にそれを取りこんで存在を感じていたアントーニョ、フェリシアーノ、マシューは少し名残惜しげに声をもらした。
「行ってもうたなぁ…」
「うん…」
「…ですねぇ……」
しみじみとつぶやく3人。
そんな当事者の感慨はなんのその、ギルベルトは
「んじゃ、帰ろうぜっ」
と声をあげた。
「ぎるやん…めっちゃ空気読まん男やなぁ」
呆れ声のアントーニョに
「空気は破って壊して作るもんなんだろ?」
と、ギルベルトはケセセっと笑う。
「ま、ええわ。みんなとりあえずの目的のうなったわけなんやけど、どないするん?」
アントーニョの問いに、は~い!とフェリシアーノがまず元気よく手をあげた。
「俺ね、せっかく武器とか買ったわけだしさ、冒険者になるっ!決めたっ!」
その言葉に一同生温かい視線をルートに送る。
みんなに注目されたルートは
「これを止めるのは無理だろう?必然的に俺もだ」
と大きく息を吐き出した。
「ま、俺も書き置き残してきたわけだし、あと1年はつきあうかな」
と、それにロマーノものっかり、ギルベルトは
「その頃までに南の色王のタゲはずれてるといいな、ケセセっ」
とまぜっかえす。
「で?アントーニョ兄ちゃんとアーサーも来るんだよね?」
と当然のように聞いてくるフェリシアーノに、アントーニョは
「俺はアーサーしだいや。どないする?」
とアーサーを振り返った。
「俺は……」
言いにくそうに口ごもるアーサーに
「なんでもええで?好きにし?」
とアントーニョが言うと、アーサーはぽつりと
「家に…帰りたい。」
とつぶやいた。
「ええ??!!ちょ、待ったってっ!実家帰るって事?!!」
「…いや…あの……西の国の……」
真っ赤になってうつむくアーサーに、は~っと大きく安堵の息を吐き出すアントーニョ。
「なんや~、それならそうとはよう言ってや。なんでそこで口ごもるん?」
「だって…あれはアントーニョの家…だし……」
ごにょごにょ言うアーサーにアントーニョは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「何言うとるん。俺とアーサーの家やん。ほな俺らの家に帰ろうか。」
こうして帰国する事にした二人以外はスコットの魔法で一気に大陸に送ってもらう事になった。
「ね、ホントに来ないの?きっとみんなで旅したら楽しいよ?」
まだ諦めきれないフェリシアーノに、アーサーはごめんな、と微笑む。
「まあアーサーはその気になったら自力で大陸渡れるしええやん。遊びたくなったらまた“ねこのみみ亭”行くわ」
とアントーニョがフォローを入れると
「きっとだよっ!」
とフェリシアーノ達は大陸へと戻って行った。
(まあ…当分は行かせへんけどな~)
と、アントーニョが思っていたのは秘密である。
「で?魔法で一気に帰るん?」
というアントーニョの問いに、アーサーは少し迷って
「少し…寄り道していいか?」
と聞いた。
「もちろん。どこ寄りたいん?」
とのアントーニョの質問には、行けばわかるとだけ返して、アーサーは絨毯を飛ばした。
そして辿り着いたのは…
「ああ…ここらへんやなぁ…」
アントーニョは懐かしげに目を細めた。
「この辺で自分倒れとったんやで」
東の国と西の国の国境にある戦場跡。
崩れかけた建物の影をアントーニョは指さした。
「うん。このへんでうずくまってたのは覚えてる。あの時はまさかこんな事になるなんて思ってもみなかったけど…」
そう言いつつ、アーサーはキョロキョロと辺りを見回している。
「何探しとるん?」
「…いや…なんでもない。行こう。」
「…?」
アーサーが首を横に振って立ち去りかけた時、どこからともなく、にゃ~んと猫の鳴き声が聞こえてきた。
「え?まさかあの時の猫ちゃんやないよな?」
その声に反応して姿を探すアントーニョの足元にはいつのまにか気配もなく猫がすりよっている。
「うあ~久しぶりやん、元気にしとったか~」
アントーニョが声をかけると、猫はニヨリと微笑んだような気がした。
同じくアーサーの足元にも子猫がいる。
「やっぱり…普通の猫じゃないんだな?お前」
アーサーが猫にかけた声にアントーニョは不思議そうに首をかしげる。
「なんで?」
「だってほら、あれから2カ月以上もたつのに大きさ変わってないし。」
「あ~~!!」
アントーニョの方の猫は成猫だったから全然気付かなかったが、確かにアーサーの足元の子猫はもうあれからだいぶたつわけだから大きくなっているはずだ。
(あ~あ、ばれちゃったね)
(うん、ばれちゃった)
猫はクスクスと笑みを浮かべると、それぞれまた二人の足元にすり寄った。
(私達ね、クリスマスの妖精。クリスマスに人間の願いを一つ叶えてあげる事にしてるのよ)
「ほえ?」
呆然とする二人の目の前で猫達は金色の光を放ち、宙へと消えて行く。
(ねえ、プレゼントは気にいった?)
最後に聞こえた言葉…
「ああ、もちろんやでっ!おおきにな~!!」
すでに光となった影に向かってアントーニョは大きく手を振って叫んだ。
「ほんまに…クリスマスの贈り物やったんやな。…てことは…もう俺のモンで返さんでもええんやんな」
猫達の消えた戦場跡、アントーニョはそう言ってアーサーを抱きしめる。
ずっとずっと欲しかった。一人は嫌だと泣いた声を拾ってくれたのはサンタではなく妖精だったらしいが、聖なる夜にはプレゼントが…という乳母のおとぎ話はどうやら本当だったようだ。
(妖精さん、ほんまおおきにな。贈り物、ほんま大事にさせてもらうわ。)
アントーニョはしばらく妖精たちの消えた空をながめて、そう心の中でつぶやいたのだった。
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