どうせならチビの自分ではなく、マスターを守れる大きな自分を見て欲しい、と、途中でアルはナターリヤに強請ってコーラを買ってもらい、それを口にする。
みるみる間に大きくなるアルを見て、さすがにナターリヤも目を丸くするが、
「これで俺も戦力になれるんだぞ」
というアルの言葉に
「そうだな。」
と、珍しくかすかにだが微笑んだ。
宿の場所までは知らなかったが、とりあえずナターリヤの姉、ライアは本人が言っていた通り街の一部の若い娘たちには有名らしく、その娘たちに場所を聞いて、二人は“ねこのみみ亭”までたどり着いた。
「お前また来たん?いい加減しつこいで。」
丁度食堂に全員集合していたアントーニョ達。
ライアの妹だと言ってフロントを通ったナターリヤとアルの姿を見つけると、アントーニョが嫌ぁ~な顔をした。
「今日はアルトゥールの事だけで来たんじゃないんだぞ」
むかっとはしたものの、今日の主目的は一応別である。
アルはそう言ってナターリヤに場を譲った。
「今日は交渉に来た。」
ずん!と一歩前に出たナターリヤはそう言ってアントーニョに目をやった。
「カトル・ヴィジュー・サクレの欠片を渡して欲しい。」
思い切り端的にして直接的なその言い方に、アルを含めた全員ぽか~んだ。
「お嬢ちゃん、それ単なる要求で交渉になってへんて」
と、とりあえずつっこみを入れるアントーニョ。
「交渉言うんやったらそれなりの条件提示せんと。まあ…提示されても聞いてやれんのやけどな。俺らも石の欠片集めてんねん」
と言う言葉には、フェリシアーノがうんうんとうなづく。
「でもまあ…集めている理由くらいは聞いてもいいんじゃないか?歩み寄れるものじゃないとも言いきれないし。」
と、答えに詰まるナターリヤを見て、アーサーが間に入った。
「ま、確かに聞くくらいはいんじゃね?」
とギルベルトも同意する。
「で?目的はなんなんだよ、お嬢ちゃん?」
「…兄さんが…欲しいと言うから…」
「はあ??」
「兄さんが欲しいと言うからだっ!悪いか?!」
「うん、いや、悪いとか悪くねえとか言う以前に…」
「もういい!渡さないと言うなら表に出ろッ!」
「いや、ちょっと待とうぜっ。どうしていきなり?!」
「渡さないなら力づくで奪うまで!」
ナターリヤはそう言い切った後、でも…と付け加える。
「ここで戦ったらまずいのだろう?私は構わないが」
まあ確かにそうではある。
「そう言う事なら仕方ないなぁ…いっちょ相手したるか。」
アントーニョがこきこき首をならした。
「お前…相手は女の子だぞっ!」
慌てて止めるロマーノを制してアントーニョはナターリヤに二コリと笑みを向けた。
「女の子やって思わんでええんやろ?」
「無論だ!」
うなづくナターリヤ。
「そ、そんなのダメなんだぞ!ナターリヤが戦うくらいだったら俺が戦うんだぞ!」
そこでアルも慌てて割って入るが、ナターリヤにきっぱりと断言される。
「お前…一度こいつに負けたんだろう?」
容赦ない言葉に一瞬ひるみそうになりつつも
「そうだけど…でもリベンジなんだぞ!」
と、めげずに主張するアル。
「じゃあさ、こうしたら?お互い2対2で戦うっ。それならいいでしょ?」
にこやかに言うフェリシアーノに
「お前なぁ…何煽ってんだよ、止めろよ…」
とがっくり肩を落とすロマーノ。
「え~、だって戦わないと諦めそうにないし、かといって女の子一人でアントーニョ兄ちゃんと戦わせるなんて可哀想じゃん。」
「ああ…そっちか…」
フェリシアーノの補足にロマーノも納得した。
「とりあえず…俺らが勝ったらそうやな…もう二度と俺らに構わんといて。」
「いいだろう」
アントーニョが出した条件にナターリヤがうなづく。
「じゃ、そう言う事で。こっちはもう決定として…そっちはあと誰が出るんだい?」
「ああ…そうやなぁ…ギルちゃんかルート?」
アルの問いにチラリと後ろを振り向くアントーニョ。
他はどう考えても戦力外だとその二人に声をかけた。
「あ~、ルッツよりは俺様向きかもなぁ。ルッツはお日様と同じタイプになるから。違う方がいいだろ?」
実戦久々だけどな…と呟きながらも名乗りをあげるギルベルトだったが、そこで後ろから待ったがかかった。
「その子、魔術師だろ?なら俺がでる」
「やめて~な~~!!そのくらいなら俺が一人で二人相手にしたるわっ」
アーサーの言葉にアントーニョが叫んだ。
「そうだぞ!君いつも森で刺繍とか産業廃棄物とか作ってるだけで戦った事なんかないだろっ?」
と、アルも止める。
珍しく意見を同じくする二人にアーサーはぷ~と膨れた。
「俺だって一応カークランドの魔術師で、戦場でた経験くらいあるんだぞっ。」
「あ~、はいはい。トマト作りの魔法は一流なのは認めたるわ。」
と、思い切り本気にしていないアントーニョ。
「とにかく俺がでるからっ!いいだろ?ギル?」
「なんで俺様に振るんだよ。お前関わるとお日様マジ怖いんだからやめてくれ!」
「…お前は…出ないよな?」
「………出ません…」
「ギルちゃん、何アーサーに負けとるん?」
「おまっ、だってこいつ腐ってもカークランドだぞっ!本気で怒らせたらカークランド家のお兄様達に殺されるぞ!」
「殺されとけばええやん。」
「ひっでえ!とにかく俺とルートはでねえっ!でねえからなっ!」
「…俺…出るか?」
「いや、お前ダメだろ。皇太子なのになんかあったらどうすんだっ!」
と、ギルベルトはロマーノも抱え込む。
「じゃ、俺~♪」
とぶんぶん手を振るフェリシアーノに、ルートはハ~ッと大きく肩を落とした。
「それこそお前が出て何やるんだ?」
「え~?俺石の力あるし…」
「移動しかできんのに…か?」
「神速で逃げられるよっ!」
「いや…逃げてどうするんだ…」
そんなやりとりの末
「も…ええわ。親分が守ったるさかい。でも前に出たらあかんよ?ちゃんと下がっとき」
と、アントーニョは諦めた。
おそらくアーサーに執着しているアルはアーサーを狙ってはこないだろうし、宝玉を完成させたいナターリヤも同じくだろう。
ようは…自分が倒れなければ良い話だ。
そして
「アルトゥールを盾にするなんて卑怯だぞ!」
とぽこぽこ頭から湯気を出して怒るアルと
「盾になんかせえへんわっ。俺かて嫌やけど本人出る言うんやからしゃあないやん。そもそも、アルトゥールやなくてアーサーやっ!」
と、すでに口喧嘩は始めながら外へ出る。
こうして騒々しく言い争いをしながらも、一行は街外れの空地へ。
「一応どちらかが降参するか動けない、あるいは立てなくなるまででええね?
死ぬまでやってもお互い困るやろうしな」
「いいだろう。」
アントーニョの言葉にそう応じると、ナターリヤは紅い宝石のついた杖を静かに構える。
風もないのにサラサラなびく髪。
杖が彼女の強い魔力に反応しているようだ。
アルの方は大剣。今回は打撃でいくつもりらしい。
「アーサーは下がっとき。絶対に前に出たらあかんよ」
アントーニョは紅のハルバードを具現化すると、もう一度宿屋で言ったのと同じ注意を口にする。
てっきりそれに反論してくるものと思ったアーサーは
「言われなくてもそんな事しねえよ」
と、あっさり了承。
「力技は…できなくはないけど、得意ではないから。任せる」
と、こちらは白い石の付いた杖をゆっくり構えつつ、後ろへ下がった。
「じゃあ俺様が右手をあげたら始めでいいな?」
ギルベルトの言葉に双方無言でうなづく。
「レディー…GO!!」
ギルベルトの合図でそれぞれが動いた。
アントーニョは目を閉じて詠唱を始めるナターリヤへ。
それを遮るように大剣を持ったアルが立ちふさがる。
その間にナターリヤの杖の先には強大な魔力がたまって行くが、それがピタっと止まった。
驚きに目を見開くナターリヤ。
体中に痺れが走る。動けない。
雷魔法で感電させられた事を瞬時に悟ったナターリヤは焦って唯一動く視線だけをアルに向けるが、アルは動きを止められる気配はない。
それにひとまずホッとして、ついで相手側の魔術師、アーサーに目を向ける。
落ち着いてみれば相手は全身白石をつけたスピード重視装備で…と言う事は元々支援に徹するつもりだったとわかる。
それに対して自分は豊富な魔力をひたすら強い攻撃魔法に還元する事しか考えてなかった。
大がかりな戦争で相手が自分の陣地まで来ない時ならとにかく、少人数戦では詠唱に時間のかかる魔法など隙を作るだけだ。
実戦経験がない…と言ってしまえばそれまでだが、考えればわかった事で、自分はあまりに短絡的だった。
自分の魔力を過信し過ぎていた…。
これが私の敗因なのだな…と、ナターリヤは内心苦々しく思う。
能力があってもそれを生かす術を持たない。
姉さんみたいに…限られた能力でも上手に使えば兄さんに笑ってもらえたかもしれないのに…。
私には兄さんを笑顔にする事はできないのだ……
「もう降参でいいんだぞ!」
戦闘は始まったばかりなのに突然アルが宣言した。
ピタっと動きを止めるアントーニョを放置でアルはナターリヤに走り寄る。
「何をしてるんだ?お前は」
わけがわからずそう言うナターリヤの目元にアルは途中で借りたナターリヤのハンカチを押しあてた。
「君が泣いてるのに、おっさんの相手なんかしてられないんだぞっ。」
とアルに言われて、ナターリヤは初めて自分が泣いている事に気がついた。
「何を言って…」
「宝玉なんてもういいじゃないかっ。君が泣いてまで手に入れなきゃいけないものじゃないんだぞ」
「そんなわけあるかっ。あれは兄さんが…」
「本当に必要なのかわからないじゃないかっ」
アルの言葉に目を見開くナターリヤ。
「何に使いたいのかわからないんだろう?だったら宝玉じゃなきゃいけないのかわかんないんだぞ。もしかしたら君の魔力でなんとかできるものかもしれないじゃないか。」
「無理だ…」
「なんでさ?」
「私はいつも何もできない…。気が利かなくて空気も読めなくて、姉さんみたいに兄さんを喜ばせる事ができないんだ。」
「そんな事できないでもいいんだぞっ!」
アルはニカっと笑みを浮かべた。
「ナターリヤは強くて凛々しくて一生懸命で…俺はそんな君が大好きなんだぞ!君の兄さんだってきっとそうだっ。」
「そんなことないっ!兄さんはいつだって…」
「そうじゃないなら兄さんの気持ちの方を変えさせればいいんだっ。君が変わる事ないんだぞ!」
自信満々に主張するアルにナターリヤはぽか~んと呆けた。
「ナターリヤ、良い事教えてあげるよっ。空気なんて読むもんじゃないっ。あれは破って壊して作るもんなんだぞっ!」
「お前…めちゃくちゃな奴だな」
えへんというように胸を張って主張するアルに、ナターリヤはつぶやいた。
「そうさ、ヒーローはいつだってめちゃくちゃで…無理無茶無鉄砲を地でいくものなんだぞ!」
「いや…それは困るだろ…」
「だからさ、そんなヒーローには君みたいに強くてしっかり者のヒロインがいつも側にいてくれるもんなんだっ。だから君は兄さんの願いを聞いてあげるくらいはいいけど、兄さんより俺と一緒にいるべきなんだぞ!」
「…うわぁ…いきなり、めっちゃくどいとるやん」
「ヴェー、ナタちゃんもちょっと紅くなってるね、可愛い~♪」
「で?結局どうなったのだ?」
「まあもうちょっと待ってやれ、ルッツ。」
思い切り蚊帳の外に追い出された面々は仕方なしにその場で全員体育座りで待つ。
待つ…待つ…待つ…
「わかった!とりあえず兄さんの所へ行くぞ。それで理由を聞いて来よう」
結論が出たらしい。
は~っと立ち上がる一同。
「じゃ、そういうことで俺ら帰るわ。」
「何を言ってるんだい?君たちも来るんだ。反対意見は認めないぞっ!」
ヒラヒラと手を振って宿屋へ足を向けようとするギルベルトの首根っこをアルは怪力でつかんでひきずる。
「なんで俺らまで?一応勝ったんだからもう関わらねえ約束じゃないか」
「うん。俺はもうアルトゥールの事諦めてあげるぞっ。ナターリヤも自分が宝玉奪うのは諦めるっ。だけどナターリヤの兄さんに会わせる事をしないとは言ってないんだぞ!」
うわぁ…とフェリシアーノが苦笑いをこぼす。
「それ詭弁ちゃう?自分誠意とかいう言葉ないんか?」
笑顔でムッとするアントーニョ。
「俺のアルトゥールを横取りした男に対する誠意なんかないぞっ」
とこちらも笑顔のアル。
双方笑顔で冷戦状態に入りかけたその時、タタっと長い髪をなびかせて駆け寄ってきたナターリヤがアントーニョの腕をつかんだ。
「お前の言うとおりだ。でもすまない。兄さんと話しあってくれ。お前たちにとっても利はあると思う。兄さんは土の石を持っている。」
「なんや、そうなん?それはよう言うてや。」
アントーニョはそう答えて、フェリちゃん、頼むわと、フェリシアーノをうながす。
「うん、わかったよ。じゃあナタちゃんついて行くから案内して?」
と、フェリシアーノはルートヴィヒに預けていた薄い布地を広げた。
「わかった。ついてこい」
とナターリヤは箒に横座りに座り、アルもその後ろにまたがった。
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