続 聖夜の贈り物 - 大陸編 8章_1

「ようやく起きたか。お前、さっさと支度をしろ。兄さんに引き合わせる。」
あれからどこをどう飛んだのかわからない。生まれて初めて負わされた傷に不覚にも敵前逃亡してしまったアルはいつのまにか気を失っていたようだ。


そして目を覚ました時には目の前には綺麗なサラサラの長い銀色の髪の女の子。
言葉使いは妙に愛想がないが、ヒーローにつきもののヒロインとしては十分すぎるくらいに綺麗な子だ。
そうだ、自分は逃亡したのではない。ストーリー上ヒロインであるこの子に会わなければいけないため撤退したのだ…そう自尊心をなぐさめて、アルはにっこりと笑顔を浮かべた。

「君が助けてくれたんだねっ。ありがとう!でも俺はお前じゃなくてアルフレッドなんだぞっ!」
手を差し出したアルに、少女はプイッとそっぽを向く。

「そんな事はどうでもいい。私は兄さんに会う理由が欲しいだけだ。」
少女のそっけない態度と…そしてその言葉にぽか~んとするアル。
とりあえず疑問の方を先に解決しようと口を開いた。

「お兄さんに会うのに理由なんかいるのかい?兄妹なんだろ?」
その言葉に少女は一瞬何故か少し傷ついた症状を見せる。しかしそれもほんの一瞬、すぐに無表情に戻った。

「兄さんはそんじょそこらの馬鹿と違って忙しい人なんだ。だから何でもないのに手をわずらわせるような事はできない。」。
ツンとした表情も可愛いな…とアルは思いながら、とりあえず無難に
「そうか。偉い人なんだなっ」
と、忙しい人から自分が推測できる人物を思い描いて口にした。

するとそれまで無表情だった少女の顔にかすかに嬉しそうな表情が浮かぶ。
「そうだ。兄さんは偉い人なんだ。大陸一の呪術師なんだぞ」
と、オウム返しに繰り返してくる少女の言葉にはあまり興味は惹かれなかったが、わずかに浮かんだ少女の笑みは本当に可愛いと思った。

こんな可愛い子に会うのに理由を求める兄は馬鹿だな、とも思う。
そんな馬鹿と一緒にいるより、俺と一緒にくればいいのにな、とも。

それでも今の時点で少女が自分を必要とする必須事項が“兄さんの為”なわけだから、仕方ない。
別に兄さんになんか会いたくないんだぞ、と、言ってしまうのは簡単だが、この子と離れることになってまで主張する事でもないな、と、アルは黙っている事にした。


女の子が渋々教えてくれた名前はナターリヤと言った。
可愛い名前だねと言ったら、兄さんがつけてくれたんだ、と、嬉しそうに言う。
“兄さん”という単語が出てくる時だけ無表情な顔にかすかな笑みのようなものが浮かぶのが、アルには面白くない。
すでに会う前から“兄さん”に対してあまり良くないイメージが出来たように思う。

そんな気持ちを抱えたまま会った“兄さん”事イヴァンは、華奢なナターリヤとはあまり似たところのない大男だった。

「それが水の石を内包してる人形だね?」
人の事を人形などと、ニコニコと失礼な事を言う…と、アルはムッとしたが、ナターリヤが余計な事を言うなとばかり睨みつけてくるから無言だ。
そのかわりにナターリヤが答えた。

「はい。私が見つけた時にはすでに水の石の欠片は取り除かれた後でしたが、何かの参考になるかと、私の魔力にリンクさせて崩壊を防いでます。」
魔術師であるマスターの研究補佐型ドールであるマシューなら理解したかもしれないそれらの言葉も戦闘型のアルにはよくわからない。
ただ、自分の中に水の石があったこと、それが今はもうない事だけを理解した。

「う~ん…」
その言葉にイヴァンの眼から笑みが消える。
なのに口元だけは笑みの形を描いているのにアルは違和感を感じた。

イヴァンのその変化に気付いたのはアルだけではない。
ナターリヤの顔がこわばった。

「水の石がないんじゃ意味ないよねぇ?ただの人形だ。」
口調は変わらないが目が冷ややかで、ナターリヤは泣きそうな顔で下を向く。

“兄さん”とその言葉を口にするたび嬉しそうな表情をするナターリヤが目に浮かんだ。
たぶん…“兄さん”の役に立つために一生懸命に水の石を内包していたらしい自分を探したのだろう。
なのにそんな言い方しないでもいいじゃないかっ。
ムッとしたアルが思わずそう言おうとした時、イヴァンの書斎のドアがバン!と開いた。

「イヴァンちゃん、あのね、お姉ちゃん良い事きいちゃったの。」
ドイ~ンと驚くくらい大きな胸を揺らしながら入って来た女性に、イヴァンが表情を緩めた。

「姉さん、帰ってきてくれたの?」
ナターリヤに対するのとはまるで違う、少し甘えたような口調のイヴァンに、女性はぶんぶん首を横に振った。

「ううん♪お姉ちゃんまたお友達の所に帰るよ。」
との声に目に見えてがっかりするイヴァン。

しかしアルはそれを見て隣で表情をなくしていくナターリヤの方が気になって、ギュッと固く握りしめている彼女の拳をほぐすように、ゆっくり指を開かせて、手を握る。

その動作にナターリヤは不思議そうに首を傾けていたが、やがて手を握られたあたりで、ブン!とその手を振り払ってぷいっとそっぽをむいた。

振り払われた事がショックじゃなかったと言えば嘘になるが、彼女の真っ白な顔がほのかにピンク色に染まっている事に気づいて、ああ、可愛いなぁと、アルは笑みをもらした。

そんなやりとりを交わしている間にもお姉ちゃんと自称する女性の話は続いて行く。

「お姉ちゃんね、今イーストタウンで宿屋やってるお友達の所にいるんだけど、そこでね、わかった話なんだけど、イヴァンちゃん、カトル・ヴィジュー・サクレって言う石の欠片集めたいって言ってたじゃない?で、イヴァンちゃんが持っている石以外の3つの石持ってる人達がそこに泊まってるの。あとなんだっけ?えらばれたもの?えらばれるもの?」

「“選ばれし者”だよ、姉さん」
そこでイヴァンが口をはさむ。

「ああ、そう、それ!その子がね、やっぱり泊まってるの!」
「ホントに?!!」
身を乗り出すイヴァン。

「うん。それでね、その子達すっごく可愛い子でね、お姉ちゃん達、その子達の絡みを観察してマンガ描いて売ってるの♪お友達と一緒に何かやるのって楽しいよね~。お姉ちゃん達の描いた漫画ねぇ、街の女の子達には人気あるんだよ~。アーサーちゃんもフェリちゃんもホント可愛くてねぇ…」
脱線する女性にため息をつくイヴァン。

「姉さん…お願いだよ、情報くれるのは嬉しいけど、そのお友達とは手を切って帰ってきて。…元の姉さんに戻ってよ…。」

「え~ダメだよぉ。お姉ちゃんね、人気作家さんなんだよぉ~。ファンの皆さんの期待裏切れないもん。お家にいた時からは考えられないほどたくさんのお友達が出来て毎日楽しいよぉ~」
どぃ~んと胸を揺らしてはしゃぐ女性。
イヴァンのため息は深くなる。

「まあ…いいや。で?その石の持ち主に弟だって紹介してもらえるの?」
イヴァンの問いに女性は思い切り首を横に振った。
「無理っ。お姉ちゃん達だってそれとわからないようにコッソリ観察してるんだからっ。
今日はね、単にイヴァンちゃんに石持ってる人がいたよ~って教えに来ただけなのっ。
じゃ、お姉ちゃん原稿の締め切りがあるから帰るね~♪」

ぶんぶんと手を振って女性は帰って行く。
嵐が通った後のような空気だ。

ぽか~んと女性を見送って、イヴァンはハ~っと大きく肩を落とした。
そしてそこで初めて気づいたように
「ああ、まだいたの?帰って良いよ。」
とナターリヤに声をかける。
「兄さん…私…」
「帰って良いって言ったよ?」
ナターリヤの言葉を笑顔で遮るイヴァン。

それでもナターリヤは何か言いたげに何回か口を開きかけたが、結局うつむいて
「はい…兄さん。」
と答えると、そのまま大人しく部屋を出た。
アルもそのあとを追う。


ナターリヤは背筋をピンと正してまっすぐ離れにある自室へ向かう。
その目からは涙がこぼれおちているのに、表情も物腰も凛としていて、それがとても綺麗だとアルは思った。

「俺のせいだ…とか責めないのかい?」

森の外に出てからアルは色々な人と出会って色々の話を聞いた。
そして…大概の人間は都合の悪い事は他人のせいにするものだと知った。

今回、自分が水の石を内包したままだったなら、きっとナターリヤは“兄さん”に褒めてもらえたのだろう。
だからてっきりお前のせいだと、そんな言葉が飛んでくるモノだと思って覚悟していたのだが、ナターリヤはやっぱり涙をこぼしてはいるのに淡々と言いきった。

「私の見通しの甘さだ。お前を責めて兄さんが笑ってくれるなら責めてやってもいいが、そうじゃないなら意味がない。」

そしてグイッと腕で涙を拭くと、キっと顔を上げる。

「行くぞ!」
唐突にナターリヤは宣言した。
「どこにだい?」
と当然のようにアルは聞く。
「イーストタウンだ。石を奪いに行く」
「…なんでそれを俺に言うんだい?」
「お前も来るんだ。当然だろう?お前は今私の魔力で命をつないでいるんだ。数キロ単位ならともかく、100キロ単位で離れたら死ぬぞ。」

「ええ?!そうなのかい?!」
それは初耳だ、と焦るアルに、ナターリヤは呆れた目を向けた。

「お前は…私と兄さんの会話を聞いてなかったのか?」
「だってそんな事言ってなかったんだぞっ」
「私の魔力で崩壊防いでいると言っただろうがっ」

「あ~そんな事言ってた気もしたぞ。」
そこでようやく理解したアルを、ナターリヤは冷ややかな視線で見る。

「わかったら行くぞ。姉さんに先を越されたくない」
「あの人…先越す気はないと思うぞ。」
どう考えてもそんな気ないというか…何も考えてない気がする。

「…何も考えてないのに…魔力もないのに…あの人は兄さんの望む事をできるんだ」
アルのそんな気持ちを読んだのか、ナターリヤはそう言って長いまつげを伏せた。

「魔力だけは高いのに何一つ兄さんの望みを叶えてあげられない私とは違う…」

ナターリヤはバン!と窓を開け放し、箒に横座りする。
「何をしている?お前も乗れ」
言われてアルも慌てて箒にまたがった。


「俺のマスターも“選ばれし者”だったんだぞ」
アルはマジックドールだから寒いという感覚はないが、ここの気温がかなり低い事はわかる。どうやら北の地方らしく、イーストタウンにつくまでにはかなりの時間がかかりそうだ。

それまでアルが黙っていればナターリヤはきっと一言も話さないに違いない。
それではつまらない。
アルはそう思って彼女が興味を持ちそうな話題を振ってみた。

「え?じゃあお前は姉さんが言っていた男を知ってるのか?」
案の定ナターリヤは驚いたようにアルを振り返った。
あまりに期待に満ちた眼差しを送られ、アルは少し焦って否定する。

「違うんだぞ。マスターは280年前に死んでる。」
「なんだ…そうか。」
ガックリと肩を落とすナターリヤに、アルはなんだか申し訳ない気分になった。
それでも気まずい沈黙に耐えられなくて、またアルは始めた。

「マスターは死ぬ間際に生まれ変わったらまた一緒に暮らそうって言ったんだけど…生まれ変わったマスターの側には変な男がいて、マスターは俺の事忘れちゃってて…」
自分で始めておいて、ナターリヤに会ってからずっと意識の隅に追いやられていた記憶があふれ出してくると悲しくて、アルの眼から涙がこぼれてくる。

「男のくせにピーピー泣くな、みっともない。」
と口では辛辣な言葉を吐きながらも、ナターリヤは白いハンカチを差し出してくる。
ありがとう、と、それを受け取って涙を拭くアルに、ナターリヤはきっぱり言った。

「男なら泣いている暇に戦えっ。取られたなら力で奪い返せ。私ならそうする。」
と凛と胸を張るナターリヤは本当にヴァルキリーのように綺麗で勇ましくて…ヒーローと一緒に旅をするヒロインにはぴったりだ、と、アルは泣くのも忘れてその姿に魅入った。

「うん、俺も戦ったんだけどね、相手は変な斧出してきて俺の攻撃全然効かなくて負けちゃったんだぞ。水の石もたぶんその時に飛び出しちゃったんだと思うんだ。」

ナターリヤに戦いもせずに泣いている不甲斐ない男だと思われたくなくて、アルがそう付け加えると、ナターリヤは珍しく少し考え込んで、それからポツリと口を開いた。
「水の石を奪われたのは…その相手にか?」
「ああ、そうだぞ!」
「変な斧と言うのは…炎をまとったような?」
「うん!そうだけど…」
「なるほど…。そいつだ。」
「そいつ?」
ナターリヤの言葉にアルが首をかしげる。
「そいつが炎の石の適応者だ。たぶん…そいつかそいつの周りの奴が水と風も持ってるな」
その言葉に今度はアルが考え込む。
ということは……まさかマスターも?

「ねえナターリヤ、もしさ、欠片を取りこんでいる奴をつかまえたとしてさ、そしたら君の兄さんは何をしようとしてて、宝玉が完成したら取りこんでいた奴はどうなるんだい?」

聡いナターリヤはアルの質問の真意を正確に読みとったらしい。
兄さんが何をしようとしているのかはわからないが…と前置きした上で説明する。

「もしお前のように欠片の力で動いているとかいうわけじゃないなら問題ない。欠片が身体の中からなくなって、ただの人間に戻るだけだ。兄さんもただの人間に興味はもたないと思う。」
「そっか…」
その答えにアルは安堵の息をつく。
あのマスターにくっついていた男はどうでもいいが、マスターは傷つけたくはない。
というか…あの男がいなくなれば自分の事を思い出してくれるかもしれない。






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