続 聖夜の贈り物 - 大陸編 7章_3

先日の事件以来、他人は信用しない事にした。
急ごしらえで作った割には魔法の望遠鏡は絶好調で、塔の最上階のアーサーの部屋から大陸の方へと目を向ければ、ピンポイントで“ねこのみみ亭”が見える。


もちろんカーテンが開いていて窓から見える位置にいないと可愛いアーサーの姿は見えないわけだが、少なくとも宿に出入りする不審者をチェックするくらいの事はできるので無問題だ。

そんなわけで今日も暇を見つけては不審者チェックに勤しんでいたスコットは、(スコット視点では)従者達を連れて楽しげにピクニックへと向かうアーサーの姿を目に止めた。

自宅にいた頃はどこも連れて行ってやれないどころか、遊ぶ時間も取ってやれなかった可愛い弟が、ようやく人並みにイベントを楽しんでいる事は喜ばしいと思う。
ただ…ホントは自分が連れて行ってやりたかったと、少し切ない気分になるのは仕方ない事だ。
小さな弟の手を引いてランチボックスを持って…は、さぞや楽しかっただろう。

まあでもそもそも…自分ですらそんなモノに行った事はないのだから、自分がいても楽しませる事はできなかったかもしれない…と、さらに少し落ち込む。

そんな思いを振り切るように観察を続けると、一行の中に幼児がいるのに気づいた。
ただの幼児ではない…というのは、腐っても魔術師一族の頭領のスコットだ、すぐにわかる。
だがただのマジックドールでもないというのもまたわかる。
あんな精巧なマジックドールなど造れるわけがない。

ということで…アーサーの周りで正体不明なものは即注意…と、スコットは指を鳴らすと、図書室のマジックドールに関する資料を空中に映し出した。

そしてそれらしき資料が見つからないと、今度は大陸に渡ったカークランドの人間の資料を映し出す。
少なくとも子供は魔道を帯びているし、そうだとしたらそこまでの技術を持ったものはカークランドを置いて他にないからだ。

「…ん……これか……」

スコットは300年前、大陸に渡った一人の魔術師の記述に目を止める。

アルテュール・カークランド。
当時の“選ばれし者”として大陸に送られた若い…というよりまだ幼い魔術師だ。
両親が他界後、双子の弟達と暮らしていたが、15歳で大陸に送られ、16歳で水の石を見つけて一度島に戻っている。
が、その時、アルテュールが大陸に渡った後、弟達が流行り病で他界した事を知り、そのまま疾走。結局その後行方知れずとなっていた。

「…水の石の力を得て禁呪を使ったか……」
スコットは眉をしかめた。
魔法は完全なモノではないし、出来る事は限られている。
だが、その出来る事の中でも手を付けてはいけないとされている類の魔法もある。
それが死者の蘇生に関する魔法だ。

しかしアルトゥールはおそらく弟達の遺体を元に身体を再生、水の石の蘇生能力を使って限りなく生存時の弟達に近い存在を造ったのではないだろうか。

もちろん300年も前の事ではあるし、想像の域はでないが、そう考えるとあの限りなく精巧で人に近いマジックドールも納得がいく。

さて…どうするか…。

個人的には300年も昔のことでもあるし、別に禁呪に手をつけたと言っても目くじらをたてるつもりはない。
…というか、むしろ自分の責任の範囲外の時代の事なので一個人として見たら、その心情は大いに理解できるところではある。

ただ問題はドール達の中に水の石が取り込まれていると言う事だ。
それを取りださない事には宝珠は完成しない。
かといってそれを取りだされれば、仮初の魔法は解け、ドールはほどなく動きを止めるだろう。

普通ならいくら実際の人間を元にしたとしても所詮はマジックドールだ。
迷う事はないのだが、アーサーのお気に入りとなると話は別だ。

「…ふむ…」
考え込むスコット。

少なくともアーサーに動きを止めるのを前提であのドールから欠片をと入りだせとは言えない。
秘密裏に……自分がやるか……

できればドールが動きを止めると知らせないまま、ドールを自然な形でアーサーから離せればいいのだが……。


そんな事を考えていると、ふと領内に魔法の気配がした。
スコットが資料を消して望遠鏡で気配の方を覗いてみると、なんとアーサーが従者達(スコット視点)と塔の前に佇んでいる。

なんの用だ?
ウィルはいない、アイルとはそれほど接点がない…そう考えると自分に用なのだろう。
スコットは望遠鏡をしまうと、一階まで魔法で一気に移動する。

…が……いきなり出て行ったら怯えさせるかもしれない。
ここはティーでも用意して部屋で待つべきだろうか……
もう突き放す必要はないのだから、普通に迎え入れても……いや、でも、いきなり待ち構えられたら、それはそれで警戒させるかもしれない……。

結果…ドアの内側でウロウロと声をかけられるのを待ってみる。
そしてため息…。
何をやっているんだ、自分は……。

アーサーが戻ってきたというだけでどれだけ浮かれている、どれだけ弟が好きなんだ>自分…と、我ながら情けない気分になってきて、自室へと足を運びかけた時、外からでかい声で

「アーサーのお兄さ~ん!!こんにちは~~!!!お願いがあってきましたぁ~~!!!」
と呼ばれて思わずピタっと足が止まる。

お願い?自分に?アーサーが?
本人に言われたわけでもないのに面白いほどピタっと止まってしまう足が恨めしい。

でも仕方ないじゃないか。どれだけ愛情を注いで育てたと思っているんだ…と、半ば自分に言い訳して、スコットはクルリとドアを振り向くと一息。

しかめつらしい表情を造ってドアを開けた。

「騒々しい。叫ばないでも聞こえる。」
と言う言葉にビクッと怯えたようにすくみあがる最愛の弟。
ああ…またやってしまった…と思うものの、今更習慣となった態度は変えられない。

「で?そこまで騒いで呼びだした理由はなんだ?」
もう思い切り怯えさせたであろうアーサーに目を向ける事も出来ずに、しかたなしに大嫌いな馬の骨をギロリと睨みつける。

「あ~、実はな~、この子の身体の中に水の石の半分が入ってるらしいねんけど、それを取りだして欲しいねん。素人がいじって壊してもうたらまずいやろ」

意外な申し出にスコットはピクリと片眉を動かす。
一行の様子からすると、それを取りだす意味がわかって言っているとは思えない。
さてどうする……
一瞬迷うスコットに、アントーニョが
「難しいん?」
と聞いてくる。
「難しくはない。」
それに端的に応えると、スコットは、
「ただドールの状態を見ないと良い状態で取りだせん。
これから見てやるから、貴様達は中で待ってろ」
と、ローブを翻して反転すると、一行を中へとうながした。

「茶は勝手に入れろ。わかってるな?」
居間に案内してアーサーにそう言って一行を居間に待たせると、
「こっちだ。」
と、スコットはマシューだけ自室へ招き入れる。

「座れ」
と命じると、マシューは
「はい。」
と答えると行儀よく足を揃えて椅子に座った。

ふっくらした淡いピンクの頬に大きな瞳。
まさに幼児の愛らしさを体現したようなその容姿で、しかし幼児らしい無邪気さも見せずきちんとかしこまっているその様子は、最愛の弟の幼児期をわずかに彷彿させた。

じ~っとスコットの言葉を待つつぶらな瞳。
…言いにくい……自分がこのドールに命じようとしている事は、自分への死刑宣告書にサインしろと言うような事だ。

「僕…死ぬんですね?」
スコットが言いあぐねていると、ドールの方から口を開いた。
「なぜそう思う?」
肯定もしかねて質問で返すスコットに、ドールはなんとなくわかります、と、ふわりと笑みを浮かべた。

「優しいなぁって…。」
「…?」

「僕のマスターはとても優しい人で…僕は生まれた時から優しさに包まれて育てられて…マスターに似たアーサーさんも優しくて…そのお兄さんも人間でもない僕に死を告げるのにも気を使ってくれるくらい優しい人で……僕は人間じゃないけど、たぶん人間よりもずっとずっと優しさを与えられて生きてきて…幸せな一生なんだと思います。」

「俺は優しくなんかないぞ。」
そう、放置すれば生きられる命を一族のために摘もうとしている自分が優しいはずはない。
そんなスコットの心の内を読んだかのように、ドールはまた微笑んだ。

「僕、マスターを亡くした後も長く生き過ぎて…最近自分がなんのために生きてるのか本当にわからなくなってて…死ねない事に疲れちゃってるんです。だから……最後に生を終える意味を下さる事に感謝します。しかも…それが大好きな人のためならなおさら嬉しいです。」

たかがドールを壊すだけだ…と思いつつも苛立つスコット。

「…諦めの良い幼児なんてくそくらえだ!気味が悪い」
思わず言ってしまってから、なんで自分はこういう言い方しかできないのだろうと思うが、ドールの方は気にしてないらしく、すみません、と、フフッと笑った。

「俺は弟を傷つけたくはない。」
いくら話を反らしても結果は変わらない。
スコットがそう始めると、ドールは
「僕もです。」
と、にっこりうなづく。
世の中…嫌でもしなくてはならない事はある。自分はカークランド家の当主だ。
スコットはドールにやるべき事を説明し始めた。



「とりあえず…手術と一緒だ。水の石がなくなれば当たり前に傷はできるし、それが癒えるまでは動かない方がいいのは当然の事だ。」
全員が待つ居間へと足を運んだスコットは、水の石を摘出後、しばらくマシューをカークランドの方で預かる旨を宣言した。
当然不満げな表情を浮かべるロマーノに、マシューが
「僕は研究補佐型ドールなので、こちらで少し学ばせて頂きたいのもあるんです」
と言葉を添える。

「研究…終わったら戻ってくるんだろ?」
とさらに言うロマーノに
「ちょっと長くなりそうですけどね。さすがにカークランド本家は勉強したい事いっぱいで」
と笑顔を向けるマシュー。
本人が勉強したいと言う物をそれ以上無理に引き止める事もできず、ロマーノは不承不承了承した。

「納得したなら手術に入る。一応こいつは生まれてこの方、水の石のせいで痛みと言う物を体感したことがないから、いきなり術後の傷の痛みを体感したら神経に異常をきたす可能性が皆無ではない。だから術後はある程度身体の傷が癒えるまでは魔法で寝かせて置くから、貴様達は石を受け取ったら即行大陸へ戻って、さっさと土の石を探して宝玉を完成させろ。」

淡々と言う魔術師一族の宗家の長の言葉を疑うモノは誰もいない。

こうして再度マシューを伴って消えるスコット。

次に戻ってきた時には水の石の半分を手にしている。

それを受け取ってアルの体内にあった石と合わせると、石は溶け合って綺麗な球体の水晶へと戻って行った。

水晶の中をクルクルと回る水は涙の形…
「マシュー…戻ってくるよな…」
水晶球を両手でそっと胸元に抱きしめて、ロマーノは誰にともなくそう語りかけた。






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