「あら、アントーニョちゃん、お散歩?」
みんなで遅めの朝食を食べた後、アーサー達4人は連れだって朝にアントーニョが寄った市に来ている。
たった1度訪れただけだというのに、すっかり市場に馴染んだアントーニョに、朝の物売りのおばちゃん達がまたワラワラっと集まってきた。
「アントーニョ兄ちゃん、すごいねっ。もうこんなに知り合いできたんだ~」
とニコニコ笑顔を振りまくフェリシアーノもあっという間にその集団に馴染む。
そして
「あれは…一種の才能だな…」
と、憂鬱さを隠しきれないルートヴィヒと、
「なんていうか…入れないよな」
と、その活気に若干怯え気味のアーサーの人見知りコンビは、それを遠巻きにみていた。
「こういう時ってさ…屈託なくて可愛いよな、フェリ」
「フェリシアーノはいつでも可愛いぞ。」
「まあそうだけど…」
二人並んだ状態で、お互い愛想良し組から目を離さず寂しく続く会話。
ニコニコ笑顔でおばちゃん達の好意を勝ち取ったフェリシアーノが仲良さげにアントーニョに話しかけ、それに対してアントーニョは珍しく照れたような笑顔を浮かべた。
まるで二人がお似合いのカップルのように見える。
というか…“見える”ではなく、明るく人当たりが良く誰にでも好かれる者同士で本当にお似合いだ。
そんなウツウツとした気分をひきずりながら、それでもまだそちらに目を向けていると、アントーニョがおばちゃん達と2,3言交わし、ちらりとこちらに目を向け、おばちゃん達の視線が自分に注がれるのを感じる。
その視線はフェリシアーノに向けられていたような笑みを含んだものではなく、ちょっと驚いたような…そんな感じのもので……もしかしてアントーニョの恋人と教えられて、あまりの不似合いさに引かれたのでは…と、アーサーは居た堪れない気分になった。
そして思わず隣に立つルートヴィヒに
「ルート、すまないがちょっと気分が悪くて…あちらのベンチにいるから、話が終わったら迎えにきてくれ」
と言うと、返事も聞かずに白いローブを翻してその場を逃げ出した。
(逃げてどうなるものでもないよな……)
アントーニョ達のいる市場から丁度影になる場所にあるベンチに座って、アーサーは両手に顔をうずめた。
明るく可愛いフェリシアーノ。
天真爛漫で…みんなを楽しい気分にさせてくれる王子。
みんなにとって大事な存在で…それなのに、自分のような嫌われ者にも優しくしてくれる。
従兄というには育った環境も血筋も違うわけだが、そのお日様のような明るくおおらかな優しさは、アントーニョにも共通している。
たぶん二人とも優しいのだ。
優しいからアーサーのように他から嫌われて疎まれている人間が可哀想でとくに放っておけないのだろう。
おかげでアーサーは今、他者から疎外されている感を味あわないですんでいるのだが、本当にこれでいいのだろうか…。
自分は一方的に彼らから幸せを搾取しているだけな気がする。
「大丈夫…ですか?」
そんな事を考えていたら、ふと照りつけていた陽射しが遮られた。
「これ…よろしければどうぞ」
そう言いつつ、アーサーの反応を待たずに白いハンカチがそっと目元にあてられる。
そこでアーサーは初めて自分が泣いていた事に気付いた。
「ありがとう…」
そう言って顔をあげた先には、サラサラの黒髪に黒い瞳の少年。
さきほどかけられた声の低さがなければ、少女と言ってもうなづけるような優しげな風貌をしている。
「私…本田菊と申します。お名前、伺ってもよろしいですか?」
にこりと柔らかい微笑み。
「アーサー。アーサー、カ、いや、ヴァルガス。」
あまりに自然に聞かれて、思わず本名を名乗りそうになったアーサーだったが、かろうじてそう答える。
こちらではあまり好かれていないらしい実家の名前は隠すように言われていたのをわすれるところだった。
「アーサーさん…」
少年、菊は一度口の中でそう反復すると、またアーサーに視線を戻して
「お顔の色が良くありませんし、ここは暑いので場所を変えてお話させて頂いてかまいませんか?私…家出中で暇なので」
と、笑顔でとんでもない言葉を口にした。
「私、こんなところまで来たの初めてです。今回は家出の最大距離記録達成です。」
アーサーもそう街に詳しいわけでもないので菊に手を引かれるままついたのは、街外れの丘の上の木陰。
ここに良く来るのか?と聞いたら返ってきた答えがそれだった。
「そんなにしょっちゅう家出してるのか?」
驚いてきくアーサーに菊はあっけらかんと答える
「え~っと…最初の家出が7歳の時で…といってもその時は館から数十メートルくらいの距離で家出と言うには微妙ですけどね。その後数カ月に一度くらいはしてますねぇ」
「…ってことは…年に数回?」
「はい。」
ニコニコ答える菊。
「家の人…心配しないのか?」
自分のように嫌われていたら、自主的に家出なんて怖くてできない、と思ってアーサーが聞くと、菊はちょっと困ったように
「親と保護者が違うので…。保護者の方は毎回連れ戻しにきますよ。でも保護者の元には他にも子供がいっぱいいて、私一人いなくなったところでかまわないと思うんですけどね」
と言う。
「かまわなくないから迎えに来るんだろ」
それは違う、とアーサーが思って言うと、菊はちょっと悲しげな顔で首を横に振った。
「あの人は優しいだけなんですよ。私は実親に捨てられてるので可哀想だと思うんでしょうね。」
「そ、それ!」
まさに今自分が同じような事を思っていたため、思わず身を乗り出すアーサーに、
「え?何かっ?」
と菊は目を丸くする。
「俺もそうなんだっ」
アーサーは言って、具体的な名称は省いて自分の状況を話し出した。
「なんか…私達ってもしかして似た者同士なんですねぇ…」
話終わると菊は少し嬉しそうにフフっと笑った。
「最初はね、綺麗な子だなぁって思って声をおかけしたんです。真黒な私と違って金色の髪もグリーンの瞳も本当に物語のお姫様みたいで…。」
「お姫様って…俺、男だぞ。」
アーサーが少し赤くなって口をとがらせると、菊は笑みを浮かべたまま
「すみません」
と謝罪を口にしたあと、続けた。
「ローブ着てフードを深く被ってらしたので。長いローブってドレスみたいじゃないですか。で、私なんかいない方が良いんじゃないかなぁと少し滅入りつつ歩いてた所にアーサーさんがいらしたので…お話したくなっちゃいました。
綺麗な人とお話すると楽しいかなと。
私の周りは本当にみんな目も髪も黒いので、ある種コンプレックス…ですかね。」
菊はそう言うと、そっと手を伸ばしてアーサーのフードを脱がせた。
「きっと今頃必死で探していらっしゃいますよ、アーサーさんのお連れさん。こんなに綺麗な方ですもの。」
優しい声で菊が言うのに、アーサーは首を横に振ってうつむいた。
「お前と一緒だ…。アントーニョは馬鹿みたいに優しくて人が良い奴だから…家族に嫌われて行く所もなかった俺が可哀想で放っておけないだけだ。
俺がいなくなったら少し悲しんで…でもまた俺よりちょっとマシな性格した可哀想な奴みつけて面倒みるんだと思う。」
自分で言っててとても悲しい気分になってきて、涙があふれてくる。
「…アーサーさん…」
菊がまたそっと涙をふいてくれた。
「たぶんそろそろ私の迎えがくると思うんですけど…一緒にきて頂けませんか?」
「…迷惑じゃ…ないか?」
もう誰かに迷惑をかけながらいるのは嫌だった。
アーサーがおそるおそる顔をあげると、菊は
「いいえ。私、同じような境遇のアーサーさんがいて下さったら、もう家を出てさすらわないでいられる気がするんです」
と柔らかな笑みを浮かべてくれる。
菊はフェリシアーノのように天真爛漫でも輝くような明るさがあるわけでもなかったが、その静かなおっとりとした物腰は悲しい心をとてもいやしてくれる気がした。
「菊が迷惑じゃないなら…」
少し迷った末そう答えたアーサーに、菊は
「もちろんです。嬉しいです」
と静かな笑みを浮かべて答えてくれた。
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