俺だけのだもん 聖夜の贈り物 -番外3-

「坊ちゃん、おいし?」
大陸へ向かう船の中。出航した翌朝の事である。
何故かいる髭男。
確か…北の国の貴族だったか…。
それがさらに不思議な事にアントーニョ達の食事は調理人に作らせているのに、アーサーの食事だけ自分で用意していた。


「ん。不味くはない」
と、言いつつ料理を頬張っているアーサーの顔はほわわっと幸せそうだ。
それがめちゃくちゃ面白くないアントーニョがいる。

「なあ、自分なんでおるん?」
本当は何故アーサーの食事だけそいつが作っているのかを小一時間問い詰めたい気分なわけだが、それはさすがに余裕がなさすぎな気がする。

「え~?これお兄さんの船だもん。お兄さんいても良くない?」
フェリシアーノやルートヴィヒが引くくらいわかりやすく機嫌の悪いアントーニョに気付かないわけはない。
なのにヘラっと笑って男、フランシスは答えた。

「自分貴族やろ?それやったら、こんなとこおったらあかんのちゃう?そもそもなんで食事なんて作っとるん?」
もう帰れ!今すぐ帰れ!泳いで帰れ!という念を込めて言うが、フランシスはこれもスルー。

「えっとね、暇だったから?一緒に行っちゃおうかな~なんて。食事に関してはお兄さん趣味なのよ。」
「じゃ、なんでわざわざアーサーの分だけ作るん?」
「え?王子様もお兄さんの料理食べたかった?」
「王子さん言う名前ちゃうわっ。」
イライライライラ…

「アントーニョ…ほら、食えよ」
そこでアーサーが自分が食べていたポトフのスプーンをアントーニョの口に運んだ。
別に料理が食べたかったわけではないのだが……
「美味いか?」
と心配そうに聞いてくるアーサーに思わず顔がほころんだ。
「もっと食べさせたって」
あ~んと口を開けると、またひと匙。

「アントーニョだっけ?食べたいならいれてくるよ?」
たぶんイライラしている理由はわかっているだろうに、わざわざ聞いてくるフランシスにさらにイラっとくる。

「いらんわっ!」
と吐き捨てるように言うアントーニョに匙を運びかけてビクっと硬直するアーサー。

「やっぱり…何か俺したのか?」
と泣きそうになるのがめちゃ可愛いと、アントーニョは思う。
可愛すぎて
(これ放置できたら男やないやろ)
と、アーサーを抱きしめた。

「アーサーはなんも悪い事してへんで~。悪いなんて言う髭男いたら、親分しばいたるからな~」
と不穏当な発言つきで…。

「ちょ、なんでお兄さん?!ギルちゃんといい、西の国の人間は愛が足りないよっ!もっとお兄さんを愛してよっ!」
と、わざとらしく泣き真似をするフランシスに、
「自分が泣き真似したかてきっしょいわぁ」
と、とどめをさす。

そこで
「ダメだよ、アントーニョ兄ちゃん」
と口を開いたのはフェリシアーノだった。
「フェリちゃん」
と、そこでフランシスが期待の目を向けるも、天使の笑みと共に続く言葉は…
「一応船の持ち主なんだし、陸地に着くまでは我慢しなきゃ。今はまだ抹殺しちゃだめだよ?アーサーに変なちょっかいかけたら、俺も考えるけどさっ。」
「いやぁぁ~~」
アントーニョより黒い天使の発言に、フランシスは頭を抱えた。


そんな食事が終わり、アントーニョが他からしまい込むようにアーサーを部屋へと連れ帰ったあと、フェリシアーノは甲板に出て海を眺めていた。

いつか旅立とうとは思っていたものの、それがこんなに早く急になるとは思ってもみなかった。

(みんな…俺がいなくなって、少しは寂しがってくれてるかなぁ…)
自分はいつも身代りだと思っていた。
本当の跡取りであるロマーノが戻るまでのお飾りの王子。
口にして肯定されてしまってはとても立ち直れそうにないので、口にした事はないけれど…。

好かれている自信はあっても、愛されている自信がない。
それがフェリシアーノの本心だった。
100人に好かれるよりも、1人に深く愛されたい。
「“愛されるなら一番に。二番三番は死んでも嫌。そのくらいならいっそ殺したいほど憎まれたい”かぁ…。
…まあ…俺はその100人にも嫌われてたらそれはそれでショックなんだけどね…」
というつぶやきは波間に消えて行く。

愛が欲しい…という自分の欲望はなかなか満たされる事を知らない。
自分は貪欲なのだ、と、フェリシアーノは思う。

恋人の愛…は当然として、友愛ですら一番じゃないと嫌だ。
そういう意味では、まだ他者をあまり知らないアーサーは理想的な友人だった。
世間知らずで無知で…フェリシアーノを頼りとしている。
それでいて、可愛いモノが好きなフェリシアーノのめがねにかなうくらい可愛い。

恋情はいいのだ。恋情は許せる。
恋情の相手なら友愛の一番にはならないからだ。
だから、アーサーがそういう意味で意識しているのかはわからないが、アントーニョに対してはぜひ恋情を持って欲しい。
あのお日様王子と一番の親友の座を争うのはちょっと厳しそうだ。

ルートは…友人にはなれても親友にはならないだろう。
少女のようにウェットなアーサーの趣味趣向をルートヴィヒが理解し共感するとは思えない。

問題は…あの髭の男だ。
情緒的なものを汲みとる能力にたけていて、何故か必要以上にアーサーにちょっかいかけている気がする。
とても不快だ。

「アーサーの友達は俺だけがいいよ」
ぷく~っと一人で膨れて見せる。

アーサーの方もそう思ってくれればいいのだが、育った環境が不遇だったせいか、彼はあまり他人に何かを望む事をしない。
そのくせアントーニョに会うまで他人に好意を向けられる事がなかったため、好意を向けられるのに弱く、あっさりと受け入れてしまう。

フランシスが料理上手だというのもまた嫌だ。
アーサーに可愛いお菓子を作ってあげるのも自分だけで良い。

大陸に着くまでの我慢…と言ったのは自分だが、自分の方が先に癇癪をおこしてしまいそうだ。


王子としての全てを捨ててきた。
もちろんそれは自分が望んだ事だけど…でも一応こんなに早く出発する事になった直接の原因はやはりアーサーにあるわけだから…

「ちゃんと俺を一番にしてくれなきゃずるいよ。…ばかっ。」
王子時代に築いたものと違って、頑張って自分で築いた関係なのだ。
誰かからのもらいモノではない、自分が頑張って勝ち取った親友。
だからちゃんと身代わりじゃなくて自分が唯一、自分が一番になってもいいはずだ。
なんであんな髭と仲良くするんだろう…。

ひっくひっくとしゃくりを上げながら泣いていると、フェリシアーノに吹き付ける潮風がピタリとやんだ。

「お前は全く…一人で泣くなと何度言ったらわかるんだ」
突然できた壁に後ろを振り向くとルートヴィヒが立っていた。

「ルート…どうしてここへ?」
ゴシゴシと涙をぬぐおうとするフェリシアーノの手をルートヴィヒが止める。

「お前がいないから…泣いているのかと思った。」
そう言って、視線をフェリシアーノに合わせるため、少しかがむ。

「笑う時はいい。笑っているお前と一緒にいる相手はたくさんいるだろうからな。
でも泣く時はお前は一人でいようとするから…一人で泣くくらいなら俺を呼べ。
俺は面白みのない男だからいつだってお前を笑わせる事など出来ないが…お前が泣きたい時に、側にいれば安心して泣ける唯一の人間になれればとても嬉しい。」
薄いブルーの瞳が優しい光を持ってフェリシアーノをとらえる。

「もう…ルートって…」
かぁぁ~っと頬が赤くなるフェリシアーノ。
いつもいつもいつも…普段は不器用で全然甘くなんてなくて、なのになんでこういう時だけそんな殺し文句を吐くんだろう…。

「そんなんだから俺、特別になりたくてベッドに忍び込んじゃうんだからねっ!俺のせいじゃないんだよっ。ルートが悪いっ」
「今の話ががいつそんな話になったんだ??」
突然のフェリシアーノの言葉に、心底意味がわからず困ったように眉を寄せるルートヴィヒ。
それでも笑顔に戻るフェリシアーノに、まあ、いいか、とため息をつく。

アーサーに対するフランシスの接近はやっぱり気になるけど…
可愛こぶりっこ泣き落とし、姑息な手まわしに単なる脅し、全てを駆使して親友の座は全力で死守させてもらうけど…

笑顔の元はやっぱりお前(ルート)♪


抜けるような青空の下、晴れやかな笑顔がフェリシアーノに戻る。
(大陸までの我慢だもん。)
そう思い直すフェリシアーノの目論見は大きく外れるのだが、フェリシアーノもルートヴィヒも…もちろんアントーニョもアーサーも、今はまだその事実を知らない。




「お兄さんさ、思い切り信用されてない?」
それぞれが出て行った後のダイニング。
誰もいないところで独り言かと思いきや、話し相手がいたらしい。

「よく気付いたね。さすがフラン。」
トントンと外からノックされるのに応じて、フランシスが開けた窓からス~っと音もなく飛んできたのは空飛ぶ絨毯。
当然その上にいるのはアーサーの実家、カークランド家の三男ウィリアムだ。

「そりゃあね…お兄さん伊達に子供時代にウィルと一緒に鍛えられてないよ?気配消してもウィルが側にいればわかる。」
「うぁ~~、うっざぁ~~」
「え?ええ??何?何今の?お兄さんの言葉、愛にあふれてなかった?」
「髭男が愛とか………キモっ」
ストンと絨毯から飛び降りて、ウィリアムはテーブルの上のポットから勝手に自分で紅茶を淹れる。

「キモイって……幼馴染にそれ言っちゃう?お兄さん一応、別れを惜しむ麗しいレディ達を振り切ってカークランド家の無理聞いてあげちゃってるんですけど?」
「ねぇ、これどこの茶葉?北のにしては飲めるんじゃない?帰りに持って帰るから用意しておいてね」
「ちょ、スルー?!スルーなの?!!もう坊っちゃんに全部ばらしちゃうよ?」
それまでフランシスの言う事を完全にシャットしていたウィリアムだが、その一言でに~っこりと口元に笑みを浮かべた。
もちろん…目は笑ってないのは言うまでもない。

「死ぬのはフランだよ?」
と一言。
「こ…怖いんですけど?ウィリアムさん??」
思わず引くフランシス。

「楽に死ねるといいねぇ…」
「ね、それ脅し?脅しだよね?どんだけ偉そうなの、カークランド一族!」

「いや、未来に起こるであろう幼馴染の悲劇について語ってるだけだけど?スコット兄さんのチビちゃんへの執着はもう一歩間違えると危ないから。あの人なんていうか…愛情が重いっていうか…ドロドロに深いっていうか…」

「ね、その表現超怖いんですけど?!怨念じみてるよね?!ていうか…あの魔術師集団の長の怨念って怖すぎるんですけど?!」
「うん。だから僕も今回のチビちゃんのお目付け役は丁重に辞退して、フランを推薦しといたんだよ」
「ちょっとぉぉぉ!!!なんてことしてくれんの?!この男はっ!!!」
シラっと言うウィリアムにフランシスは思わず叫んだ。

「まあ…ね、別にずっとくっついてろっていうんじゃなくて、チビちゃん達と連絡取れる範囲にいて、困ってそうだったら物品や情報提供してあげるくらいしてくれればいいから。」
「普段は街にいればいいのね?」
「うん、そうだね。間違っても手を出したりしたらダメだよ?フラン節操ないから。
あの子はスコット兄さんにとっては永遠のチビちゃんだからね。いつまでもいつまでも無垢な子供にしておきたくて、そういう大人な知識の類から遠ざけて一切教えずに育ててるくらいだし、下手に手を出したら呪い殺されるかもよ?」

そしてとどめ
「もしくはお兄さんがお姉さんになったりしてね♪」
「うああぁぁぁ」
にこやかなウィリアムを前に耳をふさいでしゃがみ込むフランシス。

「もう、だからカークランドに関わるの嫌なのよ、お兄さんっ。お前達怖すぎっ!」

北の国でもたまたま東の国境近くに城があって…たまたまカークランド家の近くにいて…ついでに親も魔法の名門に弟子入りでもできたなら…などと思ってしまった事が、全ての間違いだったのだ…。

『カークランドにだけは関わりたくない!』
先日ギルベルトに言った事を心の中でお題目のように唱えながら、フランシスは自分の船でのほほんとティータイムを楽しむ幼馴染のために、焼き菓子を焼きにキッチンへと向かうのだった。


※よだ~ん
文中の『愛されるなら一番に…(ry』は知っている人なら知っている枕草子の一説です。私が読んだのは意訳だったのかなぁ。たいていは『憎まれて冷たくされてる方がマシ』くらいな訳なんですが、『殺したいほど憎まれたい』の方がなんとなく雰囲気あって好きなので、こっち使ってみました。 



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