聖夜の贈り物 9章_5

「あ~、もう気にせんといて。今回は色々世話になったのはこっちの方やし」
フェリシアーノにうながされてダイニングへ降りて行ったアントーニョを出迎えたのは、ルートヴィヒだった。
泣いてるフェリシアーノをなぐさめようと肩を抱いていたら誤解されたらしく、いきなりすごい勢いで殴り飛ばされたアントーニョだったが、誤解はすぐとけたらしい。
申し訳ないとダイニングで顔を合わせた瞬間平謝りされた。


「すまん!どうか俺も殴ってくれ!」
生真面目な青年は深々と頭を下げるが、アントーニョはひらひらと掌をふって笑う。
「いやいや、自分ええガタイしてるし、殴るだけ手痛いわ。別にもうかまへんから。」
そう言ってもそれでは申し訳ないといって聞かないルートヴィヒにだんだん面倒になってくるアントーニョ。
それなら、と、
「じゃ、もう2~3日畑の世話お願いできひん?アーサーに少しついててやりたいねん。それでホンマにお互い貸し借りなしって事で。フェリちゃんも一人で戻るの危ないから、一緒で。客間一つしかあらへんけど、部屋も台所も好きに使ってもろてかまへんから。」
と提案する。

まあ…小さな家だが自分はもちろんアーサーについているつもりだから、フェリシアーノ達は他の目も全くない状態で二人きりなわけで…。
アーサーを看てやる時間を増やしたいと言うのもあるし、ルートヴィヒがどういう意味でなのかはわからないが、一応王位継承権第三位の自分を殴る程度にはフェリシアーノに好意を抱いているようだし、これでどうにかなるならなってしまえという気遣いも含まれた一石二鳥の提案である。


「な、自分も一緒に食わへん?一人で食うのも味気ないし。」
ついでに少しばかりおせっかいをしてやるかという気になって誘ってみると、向こうも関係改善をしたいのか
「うむ。ではそうさせてもらおう」
と、相変わらず堅苦しい態度ではあるが、アントーニョの正面に腰をおろした。

こうして食事をしつつしばらくはアントーニョが一方的に世間話に興じると言う形だったが、その間中、ルートヴィヒが何か言いたげにチラチラと様子を伺っている。

「なあ、自分、言いたい事あるんやったら言うた方がええで?」
しばらくはいつ切り出してくるのかと待っていたが、どうもタイミングがつかめないらしくいつまでたっても言ってこないルートヴィヒにいい加減焦れて、アントーニョは自分の方から切り出した。
「え?」
「え?やないって。さっきからそわそわと、なんか言いたいんやったら気になるさかい、言ったって?」

アントーニョにしたら気付かない方がおかしい…というか、気付かないふりもできないくらいの落ち着きのなさだったわけだが、本人は気付かれているとは思ってもみなかったらしい。
思い切り動揺された。
そしてしばらくそのまま視線を泳がせていたが、やがて意を決したように身を乗り出す。
「あ~、あなたに少しばかり教えて欲しい事があるのだが…」

………なんやちょっと前にも同じ事言われた気ぃするわ…
アントーニョはやれやれと思う。
もう毒食らわば皿まで…

「なん?なんでもきいたって?」
と、相談モードにはいるため、アントーニョはコーヒーを一杯注ぎ足した。



「実は…だな…あ~…その…聞きにくいのだが……」
直球ストレートだったフェリシアーノとは対照的に、こちらは普段のきびきびとした態度とはうってかわって、たら~りたら~りと額に汗をかきながら、いつまでたっても本題に入らない。

相談に乗るつもりではあったものの、このまま無意味に時間を浪費する気はさすがにないアントーニョは、焦れて半分やけくそで言った。

「好きな男がおって、アプローチされてる気ぃはするものの、ほんまに本気かわからへんし、本気やったらどう応えてええかもわからん。さらに言うなら男同士のセック○のやり方もわからんのやけど、そんなもん書いとる資料もなければ聞ける相手もおらんて質問でええか?」

ブ~っ!っとコーヒーを吹きだしたのは、今度は相談者の方だった。
ゲホゲホっとしばらく咳き込んでいたが、やがて涙目で
「何故わかったんだ?あなたは魔法使いか?」
と図星である事を認めるルートヴィヒ。

それに対しては、さすがにフェリシアーノから相談を受けたとは言えないので、アントーニョは
「そりゃまあ…大人やし?」
と返しておく。

もう思い切り答えになってないわけだが、動揺しているためかルートヴィヒは気付かないようで、
「そうか…やはり大人の男にはかなわないのだな…」
と、肩を落とした。
なんだか可哀想なくらい落ち込んでいるので、少し立ち入りすぎだとは思うものの、
「フェリちゃんのことやんな?」
と先をうながしてやる。

「ああ、そこまでわかってるのか…。やはりあなたのような大人の方が本当はいいんだろうな…。」
とさらにうなだれるルートヴィヒに、アントーニョは小さくため息をついた。
「あんなぁ…俺とフェリちゃんはなぁんもないで?俺には可愛ええ可愛ええアーサーがおるしな。フェリちゃんとどうのなんて考えたこともあらへん。」
「でもフェリシアーノはおそらくあなたのような大人の男が好きなんだと思う。…あいつは元々は俺の兄が好きだったんだ。」
「でも今は一番側でフェリちゃん守っとるんは自分やん?頼りにしとると思うで?自分の兄さん亡くなっていっちゃんつらい時に側におってくれたって言うとったし」
「いや、あの時は…」
ルートヴィヒはつらそうに眉間にしわを寄せた。
「一番傷ついていたのはフェリシアーノなのに、笑わせる事ができなくて悩んでいた俺に気を使わせて…つらいなか無理に笑わさせてしまった…」

ああ…そこからすれ違っとるんか~と、アントーニョはおせっかいを続ける事にした。

「ああ、その話フェリちゃんから聞いた事あるんやけどな、それちゃうねん。」
ポンポンとルートヴィヒの肩を叩いてそう言うと、フェリシアーノに聞いた話をしてやる。

「…ちゅうわけでな、あの子にとってはたぶんその時から特別なんやと思うで?」
無理に笑ったわけではなく、泣いている自分を拒絶しないでくれた事が嬉しかったらしい事を話してやると、ルートヴィヒは両手に顔を埋めた。
短髪からのぞく耳が真っ赤になっている。
照れているのか…

普段は体格もいいしいつも難しく厳しい顔をしているので年のわりに随分と大人に見えるが、こうして年相応の顔をのぞかせるのが初々しくて微笑ましいとアントーニョは少し笑みをこぼした。

「まあ、あれや。ここにおる間はだぁれも邪魔せぇへんから、色々二人で話し合ってみ。」
「うむ。礼を言う。俺はどうやらあなたを誤解していたようだ。すまなかった。」
顔を覆っていた手をどけて、生真面目な顔で礼を言ってくるルートヴィヒにニコニコと対応するアントーニョ。

まあ客室が一つしかないこの家ではどうやっても二人同室になるだろうし、想い合う若者が一つの部屋で…というと、まあなるようになるのだろう。
そう思ったアントーニョはおせっかいついでに言っておく。
「ああ、もし香油とか要るんやったらそこの棚にあるから使ってな?」
「香油?」
不思議そうに首をかしげるルートヴィヒに、
(ああ、全く知識ないんか…)
と、フェリシアーノにしたのと全く同じ説明をしてやる。

「おなごはんと違うて、自然には濡れへんし、そのまま突っ込んだら怪我するさかいな。あ自分らそれでなくても体格差あるんやから、くれぐれも無理せんようにな。」
と、〆たアントーニョだが、目の前では真っ赤な顔で俯いたムキムキが震えている。

「どないしたん?」
今度はアントーニョが首をかしげる番だ。
「…あなたは……」
「うん?」
「大人だな…」
「まあ自分よりはな。5~6年は年くっとるんちゃう?」
言われている意味がわからないので、とりあえず当たり障りなく返しておく。
すると
「単純な年齢だけではない。」
と返されてますますわからず首をひねった。

「あなたは…俺の兄に似てる。」
反応に困って黙っていると、これまた唐突に始められた。
「兄て…ギルちゃんの方?」
二人のうちどちらかわからず聞いてみると、ルートヴィヒはうなづいた。

「色々かんばしくない噂のある兄と似ていると言われてもあなたは不本意かもしれないが…」
「いや、そんなことあらへんよ。ホントに噂通りの馬鹿なら、こんなエリートコースに乗れる弟育てられへんもん。ホンマは優秀なやつやんな?」
アントーニョの言葉にルートヴィヒは一瞬驚いたように目を丸くしてアントーニョをみつめ、それから少し笑みを浮かべてうなづいた。

「兄さんの事、気付いている人間がいるとは思わなかった。そうなんだ、兄さんは本当は俺など足元にも及ばないくらい優秀な人なんだ。」
「ルートはギルちゃんの事好きなんやね?」
アントーニョは基本的に家族愛を持つ人間には好意的だ。
温かい気分でそうきくと、ルートヴィヒはうなづいた。

「ああ、尊敬している。兄さんは全ての負の部分を自分が引き受けて、なんでもない顔をして他者を押し上げてくれている人なんだ。教会を破門になった事だって…兄さん自身のためじゃない。」
「へ~、そうなん?」
「あなたは…小鳥を覚えているだろう?」
「ああ、さすがに忘れへんよ。ほんまあれは感謝してもしきれへんわ。」
「兄さんはサラっと流していたが、覚えているだろうか?小鳥が普段は兄さんの生気を吸って力を蓄えているといった言葉を。」

そういえば…と今更のように思う。
あの時はアーサーが助かるか助からないかに気がいってて全く気にとめなかったが…

「ああ、そうやね、そんな事言うてはったな。」

「小鳥さんというのは、ようは憑依させた人間の命を削って奇跡をおこすという、どちらかというと呪術に近いものなのだ。
だから憑依させたものは、当然自らの寿命を縮めることになる。
あれは元々は生まれたばかりのフェリシアーノに憑依させる事になっていたのを、兄さんが自分に憑依させたんだ。
それで王家の意向に背いたということで教会を破門。今に至る。
本当は今の俺の地位は全て兄さんのものだったはずなのに、半ば隠居状態に追い込まれて、それでも周りに心配をかけまいと、今の状況などなんでもないかのように飄々とふるまっている。
好き勝手にしてるようでいて、実は自分のことよりまず他人のことを思いやる人なんだ。
俺にはとても真似はできない。
同じようにまず他人の事を気遣っていてもそれを評価されているあなたと兄の不遇を比べて、俺はまずあなたに対してマイナスの感情を持っていたように思う。
だから今回ずっとあなたに失礼な態度を取り続けてきた。
なのにあなたはそんな俺に対して親身になってくれていて……本当に自分が恥ずかしい。」

「いやいや、そんなたいしたもんちゃうで、俺は」
「いや、そんなことはない。あなた達に比べて俺はあまりに未熟者だ。どうか今までの非礼を許してほしい。そして出来る事なら…色々指導してくれると嬉しい」
真面目な顔で詰め寄るルートヴィヒに少し困った顔で笑みを浮かべるアントーニョ。

「うん…まあそう堅苦しゅう考えんと、なにかあればたまにこうやって雑談しにおいでや。とりあえず悪いねんけど、ちょいアーサー心配やから見てくるわ。」
と、切り上げる。
「ああ、長話をしてすまなかった。じゃあ俺は畑をみてこよう」
「お~、おおきに。助かるわ」
こうしてお互い立ちあがると、それぞれ目的の場所へと足をむけた。




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