聖夜の贈り物 9章_2

「アントーニョ兄ちゃん、いい?」
意外な事に今日は自分達以外に人がいるようだ。
柔らかい…どこかひとを安心させるような声と共にドアがノックされる。
そして返答をする前にかちゃりとドアが開いた。


「あ、ごめんね。お邪魔だった?」
声と同じく優しい顔をした少年は、しかし悪いとも思ってない笑顔で手にしたトレイを小テーブルに置く。
「ホンマに邪魔しとるとかおもってへんやろ。」
「ふふ、そうだね」
とアントーニョと軽口を聞きあうくらいには、親しい仲らしい。

「ダイニングにご飯できてるから、アントーニョ兄ちゃん食べてきて?その間に俺、アーサーの具合診たいし。彼の食事も持ってきたから」
「あ~…でも…」
そこで初めて異を唱えかけるアントーニョに、少年は少し笑みを抑えて言う。
「アントーニョ兄ちゃん、昨日から何も食べてないでしょ。ダメだよ?看病は体力が基本だからね。大丈夫。俺ちゃんと優しくするよ。アントーニョ兄ちゃんの宝物を取ったり傷つけたりしない。わかるよね?」
優しく…でも有無を言わさぬ調子で、まるで子供に諭すようなその口調に、アントーニョはため息をついて、アーサーを抱きしめていた腕の拘束を解いた。
「じゃ、頼むわ。」
離れていく体温にアーサーは心細さを感じるが、引きとめるすべもない。
「すぐ戻るさかい、絶対に無茶したらあかんよ」
チュっと子供にするように額にキスをして、アントーニョは部屋から出て行った。

そして部屋に残されるアーサー。
もともと魔法の勉強か戦争ばかりで他人と接する機会は少なかったが、アントーニョに拾われて一ヶ月強、少ないどころかアントーニョ以外の人間と口を聞いていない。
どうしよう?どう接すればいい?
そもそもこれは誰だ?
色々がグルグル回ってベッドの上で半身起こしたまま硬直している。
少年のほうはというと、そんなアーサーの緊張に気付いてか気付かないでか極々普通に今までアントーニョが座っていたベッド脇の椅子に腰をかけて
「おはよう。気分はどう?」
と視線を合わせてきた。

ロマーノ、もしかしてロマーノかっ。
半ばパニックになりながら思わず目をそらし、知っている情報を整理して現状を分析しようとしていたアーサーは、一年前までアントーニョと一緒に暮らしていた少年がいたことを思い出した。

茶色の髪にクルンと一筋はねた癖っ毛。
特徴からして間違いないっ。

「あ、お前、ロマーノかっ」
何を言っていいかわからなくて黙っている緊張に耐えきれなくて口にした言葉だが、
「ううん。ごめん、俺は君の事もう聞いてたから忘れてた。俺の自己紹介まだだったよね。
俺、フェリシアーノだよ。」
という言葉にあえなく撃沈。
今度こそどうしていいかわからず俯いていると、いきなりふわっと抱きしめられた。

「大丈夫、ロマーノは俺の双子の兄ちゃんだから。全然無関係な人間じゃないよ」
温かく力強い太陽と土の匂いのするアントーニョと違い、フェリシアーノはほんわり花の香りがして、春風にふかれてでもいるようだ。
アントーニョとは違う意味で安心する。
なごむというのが正しいのか。

「ね、俺は君の味方だからね。君を傷つけたりしない。安心して?」
抱きしめられたままささやかれる柔らかな声がとても心地よい。
ほわんと力が抜けて行く。
ああ、可愛いと言うのはこういうのを言うのか…。
大きな声では言えないが、アーサーは可愛い物が大好きだ。
いっそ少女趣味といっても良いレベルで。

「お前…可愛いなぁ」
もうほとんど無意識のつぶやきは、しっかりフェリシアーノの耳に入っていたらしい。
ふわりと再び体を少し離したフェリシアーノはアーサーに視線を合わせ、
「え~?アーサーの方が可愛いよぉ」
と、花がほころぶような笑みを浮かべた。

何を言ってるのだ、この可愛い少年は、と、アーサーは憤慨に近い感情を覚える。
自分がこの少年のように可愛ければこんなに自分は嫌われてはこなかった。
自分みたいな可愛くない人間を可愛いなんて言うのは本当に可愛いものに対する冒涜だ!

「俺は可愛くなんてない!可愛いのはお前だ、ばかぁ!」
それでもこんな可愛い相手に本気でなんか怒れるわけがない。
ぷすっとふくれると、フェリシアーノは一瞬びっくりしたように目を見開いて
「あはは。アーサー可愛すぎ~!」
と、きゃらきゃら笑ってまたアーサーに抱きついた。

「もう俺アーサーの事ほんと好きになっちゃいそうだよ」
クスクス笑い声をもらしながら耳元で聞こえる柔らかい声に、アーサーは耳まで真っ赤になる。

「俺ね、可愛いものだ~い好き♪」
楽しげに言うフェリシアーノに、アーサーも
「俺も可愛いもの好きだぞ」
とついつい本音を暴露する。
「じゃ、一緒だね♪友達になろうっ」
「友達……」
言葉としては知っているが、自分には縁がない…と考える事すらしなかったくらい縁がなかった言葉。
温かく優しい響き。

「俺ね、今まで友達っていなかったんだ。だからね、とっても欲しかった。」
「お前こんなに可愛いのに?みんな友達になりたがるだろ?」
ふわふわと可愛いフェリシアーノの友達。絶対みんなこぞってなりたがるはずだ。
「えっとね、みんなにとって俺は王子様だったから。家来にはなってくれても友達にはなってくれなかったんだよ。」
しょぼんと肩を落としてうつむくフェリシアーノ。
しかしすぐまたぱっと顔をあげて、両手でアーサーの手を握った。

「だからね…ダメ?俺、最初の友達がアーサーだったら嬉しいよ。」
ダメなはずがない。嬉しくないはずがない。でも…
「俺…敵国の人間だぞ」
アントーニョとの間でさえ常にそれがひっかかっていた。
「アーサーは…西の国の人間の俺の事嫌い?友達になりたくない?」
顔を覗き込んでくるフェリシアーノ。
その手の温かさに泣きそうになってアーサーは黙って首を横に振る。

「じゃ、友達になろう。アーサーが何か困ってたら俺、全力でアーサーを助けるよ。それで俺がピンチの時はアーサーが俺を助けてよ。楽しい時は一緒に笑おう。それだけじゃなくて悲しい時は一緒に泣いて、苦しい時は助け合おう?」
差し出される手を振り払えるわけがない。
「…お前がどうしてもなりたいって言うなら…」
アーサーの精一杯の肯定の意を汲みとって
「どうしてもだよっ」
とフェリシアーノは嬉しそうにうなづいた。






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