聖夜の贈り物 5章_1

「ね、兄ちゃん、アントーニョ兄ちゃんどうしてるかな?」
西の国らしからぬ涼しげな風が吹き込む王宮の一室。
(鈍感なようでいて、ときどき鋭いよな、こいつ)
と、内心ため息をつきながら、ロマーノは自分に似た、でも自分よりも柔らかく人懐っこい印象を与える面差しの双子の弟フェリシアーノに視線を向けた。


常に護衛の近衛隊長ルートヴィヒのムキムキな腕にぶら下がるようにしてくっついている弟が珍しく一人でいて、さらに珍しくもわざわざ二人きりで部屋でお茶をしようと自分を誘ってきたのは、何かあると確信していたからだろう。

それにしても…“現在城で自分を悩ませるような事象は起きてない=育ての親のアントーニョに何かあったのだろう=普通に何かトラブルがあったのかと聞いても素直に答える自分じゃないからさりげなく話題をふってみよう”……なんて三段論法が成り立つくらい見抜かれているのは腹が立つ。
だから気付かれている事には気付いているがあえてスルーしてみることにした。

「さあ?相変わらずへらへら笑ってトマト食いながら畑仕事してるんじゃね?
地元帰ってるみたいだしな」
「あ~…え~とね…」
フェリシアーノのいつでも笑っているような表情の顔が笑顔の形をとったまま、固まった。
(ざまあっ!)
と、不機嫌な事もあいまって、心の中で溜飲をさげるロマーノ。
しかしその心の勝利宣言も、次の瞬間には覆される事になる。

「兄ちゃんっ!俺ねっ、兄ちゃんの事大好きだからっ!」
「うぉ?!!」
いきなりガバっと抱きついてくるフェリシアーノの勢いに、危うく手に持ったカップからコーヒーがこぼれかける。
「ちょっ、離せっ!この馬鹿弟がっ!!」
色々な意味で慌てるロマーノだが、フェリシアーノは離れない。
むしろ
「俺、兄ちゃんの事大好きだから、何か悩んでるの見てるの悲しいよっ」
と、ギュッと抱きしめる腕に力を込める。
「ちょっ!!マジ離せっ!苦しいっ!!!」
「やだっ!」
「ざけんなっ!殴るぞっ!!」

「…それで兄ちゃんが何を悩んでるのか話してくれるなら…いいよ、俺…」

と、そこで急に抱きしめる腕の力を抜いて、少し体を離すフェリシアーノ。
それまでは座っているロマーノに上から抱きついていたのだが、そこでストンと膝を床に落とし、両手を胸の前で組むと、今度は下からうるるんとした瞳で見上げてきた。

こいつ…女だったら最強だよな…。
いや、女顔だし男でも惑わされるやつは惑わされるな、どっかのムキムキとかムキムキとかムキムキとか…。

我が弟ながらうまい…うますぎる…と、呆れつつも感心する。
そして思わずロマーノが諦めのため息をつくと、
「話してあげたくなった?」
と、天使の笑みを浮かべて、フェリシアーノはそのまま顔を近づけ、視線を合わせてきた。
お手上げだ。



「あのな、あいつな、ガキひきとったらしいんだ。」

まあ元々フェリシアーノには隠すつもりはなかった。
なにせ去年まではアントーニョとその乳母の老女くらいしか、親しく接する相手がいなかったロマーノだ。
老女はロマーノが城に戻る前に亡くなっているし、残るアントーニョに関しての問題となったら、もう、目の前の弟くらいしか話せる相手がいないのだ。
血のつながりという意味で言うなら国王である祖父もそうだが、なにせ腐っても国王だ。
おおごとになりすぎる。
その点、去年からしばしばロマーノの招きで城に来ていたアントーニョと持ち前の人懐っこさでそれなりに仲良くなっていたフェリシアーノは相談者としては適任だ。

「子供?ちっちゃい子?」
「ん~見た感じは俺よりは下って感じらしい。」
「見た感じ?アントーニョ兄ちゃんは教えてくれないの?それとも本人も知らないの?」
ロマーノの言葉にフェリシアーノは小首をかしげる。
そのフェリシアーノの問いにロマーノは少し眉を寄せて口をとがらせた。
「アントーニョから聞いた話じゃねえから。近所の知り合いに聞いた」

そう、その話を持ってきたのは亡くなった乳母の息子だ。
アントーニョの家の側に住む彼は、アントーニョが不在の時は彼の畑の世話を任されている。
しかしちょうどひと月ほど前、彼はアントーニョが久々に故郷の邸宅に帰った時に、ちょっと事情があるから邸内に近づかないようにと言い渡されていた。
そんな風にアントーニョが他人を…特に亡くなった乳母の息子でロマーノを除くと一番くらいには信頼している彼を遠ざける事は今までになかったが、アントーニョの事だから何か本当に大変な事情があるのだろうと、彼は言いつけどおりアントーニョの邸宅には足を向けないようにしていた。

が、その日はたまたま良い苗が入ったのでぜひ植えてみて欲しくて、一ヶ月ぶりにアントーニョの邸宅に足を運ぶ事にした。
玄関先で苗だけ渡してすぐ辞すれば迷惑にはならないと思ったのだ。

ということで、彼が一カ月ぶりにかつて知ったるトマト畑を通りぬけると、かつて知ったる邸宅が見えてきた。

それは今はもう王位継承権第3位となった王族の住まいにしてはありえないほどささやかな建物で、しかし地位を得ても立派な城をいくつ持っても、アントーニョが“自宅”として戻ってくる場所はそこなのだ。
相変わらずつつましい館に住み畑仕事をするといったつつましやかな生活を続けるのは、本当にアントーニョらしいと、彼は微笑ましく思った。

そんな風に偉くなってもなお変わらなかったアントーニョの事だ。
きっと少し困った顔で
「近づかんでって言うたやん」
と言いつつ、次の瞬間
「でも、おおきに。嬉しいわ」
と立派なトマトの苗に顔をほころばせて受け取ってくれるだろう。
別にそれ以上何もなくても構わないのだ。
あのお日様王子を育てたのが自分の母だと言うのが自分の誇りだし、彼が少しでも喜んでくれればそれで嬉しい。

そう思って進みかけた男は、邸宅に向かって全力疾走するアントーニョの姿を遠目にみかけて、足をとめた。
声をかけようとする間もなく、アントーニョはすごい勢いで家にかけこんでいく。
そのいかにも急いでいるような様子に、今日は忙しいのだろうか?出直した方がいいのだろうか?と男が逡巡していると、しばらくしてまた人影。
しかも当たり前に邸宅にはいっていく。
その慣れた態度は客人と言った感じではない。
遠目だが10代前半くらいの子供のようだ。
それはいい。
問題は……

「もろブロンドだったんだとよ。そのガキが。」
言ってロマーノはクシャクシャっと頭をかいた。
「それってやっぱり…」
「ああ、あいつの当時の行動範囲からすれば北じゃなくて東の人間だろ。で、これはもしかしてあいつの立場的にまずいんじゃねえかって事で、俺のとこにコッソリ話をもってきたってわけだ。そいつは他言するようなやつじゃねえし広まりはしねえだろうからそっちはいいんだが、アントーニョのやつ馬鹿みたいにおひとよしだから、騙されてんじゃねえかと思って。かといって…そう言ってもあいつ馬鹿だから、ガキかばいそうだし…」

「東の…子供ねぇ…」
イライラとするロマーノの横で、フェリシアーノは少しうつむき加減にそう言うと、思慮深げに考え込んだ。
そしてやがて何か思いついたように顔をあげる。

「ねえ、兄ちゃん」
「ああ?」
「ここで色々言っててもしかたないよ。会いに行ってみようよ」
フェリシアーノはにこりと立ちあがるとそう言って、ロマーノに反論する間も与えずに、
「こっそり抜け出す手順整えてくるね、待ってて♪」
と、片眼をつぶってみせる。そして止める間もなく部屋から駆け出して行った。





0 件のコメント :

コメントを投稿