アントーニョ・へルナンデス・カリエド。
現王の孫にして現皇太子の育ての親。
皇太子を守り育てた功績で広大な領地を与えられるも、貧しい農民達に無料貸与。
同じく与えられた城は戦争孤児の孤児院になっている。
権力争いには目もくれず、一人国防のための戦いを転戦。最前線に立ち、兵を鼓舞しながら共に剣を振るっていて、兵の信頼も厚い。
一方で自身の暮らしは質素で庶民的。
ごく特殊な時以外は召使もおかず時間の許す限り畑仕事にいそしむ。
しばしば市場にも顔を出し、気軽に庶民と言葉をかわす明るく裏表もないおおらかな性格で国民からの人気も高く、お日様王子と呼ばれ親しまれている。
「…って……どれだけ善人なんだよ」
アントーニョがいない間にこっそり魔法で集めた情報を整理しながら、アーサーは呆れて息をついた。
初日抱いた、馬鹿みたいにおひとよしだという第一印象は、本当にそのまんまだったらしい。
怪我をしたアーサーが戦場でアントーニョに拾われてからそろそろ1か月がたとうとしていたが、拾われた当日から今までずっとアントーニョのおひとよしっぷり過保護っぷりは変わらない。
アーサーが万が一にでも戦火に巻き込まれたら大変だと初日に運び込まれた国境沿いの家を離れ、怪我のせいで体が弱っているから少しでも環境の良い所をと、アントーニョが生まれ育ったという田舎の屋敷に連れてこられた。
なのにそんな環境の良いはずの平和な場所ですら、アントーニョから『こんなに可愛いんやから、誘拐くらいしたくなるやん、危ないやん』と、わけのわからない理由で屋敷の敷地内を出る事を禁じられているため、アーサーの情報収集はもっぱら魔法頼りだ。
とはいっても、欲しい情報をピンポイントで入手するなんて便利な魔法があるわけはない。
風を操り、遠くから無差別に拾った音から有用そうな情報を整理するという、涙が出そうなくらい地道な作業だ。
もちろん…風向きや風の強さ、アーサー自身の体調なども音の拾える範囲に影響するし、人の声だけを拾うなんて器用な事もできるわけじゃない。
知らない人間が思うほど、魔法は万能なわけではないのだ。
一見簡単そうな、音を拾うとか、飲み水や火種などの小さな用途の成果物を得る事の方がデリケートなコントロールが必要で、実は戦闘などでドッカ~ン!とやるよりもよほど高度な技術が要るのだと言う事を知っているのは、おそらく魔術に深く携わった人間だけだろう。
まあそんな魔法講釈はさておき、戦争とは無関係なところで大怪我をした上、敵国の人間に助けられ保護されたなどという醜態をさらした以上、なにかしらの戦果をあげないと帰れないアーサーは、とりあえず手っ取り早いところでアントーニョの弱みでも握ろうと、こんな涙ぐましい手間暇をかけて情報収集中なわけだが、アントーニョには本当にあきれるほど薄暗いところがなかった。
「お前ってさ…何かないのか?ここ突かれると嫌だなぁとか、そんな弱みとか大切な何かとか?」
あまりに裏表のないあけっぴろげさに、いっそ本人に聞いたら答えてくれるんじゃないだろうか、と、アーサーはこれまたアントーニョ自身が作った昼食を食べながら聞いてみた。
「急に何なん?」
さすがに唐突だったのか、首をかしげるアントーニョ。
それでもその脳裏からはアーサーが実は現在敵対中の東の国の人間だなんて事実はすっぽり抜け落ちてるらしく、警戒する様子は全くない。
それを良い事にアーサーは話を続ける。
「いや、だってな、戦時中に得体のしれない他国の人間と二人きりで暮らすなんて王族、身の危険的な面からも体面的な面からもありえねえだろ。でもお前全然気にしてないみたいだし、なくすの怖いものとかねえのかなぁってさ…」
そう言いつつ、アーサーは昨日のシチューの残りを具にしたエンパナーダにかじりついた。
油で揚げたもっちりした生地に思い切り歯をたてると、中からとろりとトマトをベースにしたシチューが口いっぱいに広がる。
普通にシチューとして食べるのも美味いが、こうして食べるとまた違う美味さがあり、一度のシチューで二度美味しい。思わず顔がほころぶ。
決して豪華ではないが、というか、むしろ質素な食事なのかもしれないが、アントーニョの作る食事は、本人の性格を反映しているかのように、温かく素朴で優しい味がした。
「大切なものなぁ…」
少し大きめのエンパナーダを両手でしっかり抱えて、ほおぶくろに食べ物をつめこむリスよろしくもっきゅもっきゅ頬張るアーサーを嬉しそうに目を細めて見ていたアントーニョは、少し考え込んで、結局
「今はアーサー、自分やなぁ…」
と、その頬についた食べカスをとってやりながら言った。
その答えにがっくり肩を落とすアーサー。
「俺かよ。お前って……本当に大切なものないんだな」
どこの世界に一ヶ月前に偶然助けただけの得体のしれない他国の人間しか大事な物がない人間がいるのだろうか…。
まあこの呆れるほど自分自身の事を顧みず、他人の事ばかり思いやっている人のよい男のことだ。助けたからにはちゃんと最後まで面倒を見るのが責任=大切と思っているのかもしれないが。
「あるやん。聞いてへんかったん?」
「いや、だから俺しかないとかありえないだろ」
「ありえんくないわ。アーサーは俺の大事な家族やし、家族より大切なもんなんてないで?」
心の底からそう思っているらしいアントーニョの言葉に、頬に熱が集まってくるのを感じたアーサーは、ついつい
「馬鹿かっ。」
と悪態をついて、またガブリとエンパナーダにかじりつく。
アントーニョはそれさえも可愛いというように笑って
「美味い?ほら、これも食べ」
と、自分の皿のエンパナーダも差し出した。
テーブルに並ぶ料理はどれもアントーニョの手作りで、どれも文句なしに美味しかったが、その中でもこのエンパナーダは絶品で、食べたいのはやまやまで…
「でも…お前これ全然食ってないじゃん。」
そう、アントーニョと自分の皿にそれぞれ一つずつのっていたそれを、当然アントーニョは全く口にしていなかった。
実家ではただ一人妾の子と蔑まされてきて、誰かがこんな風に自分の分をくれるなんて経験があるはずもなく、ましてやそれが美味しい物だったりした場合、どう対応していいかわからない。
おずおずとテーブルの上で指を動かしているアーサーを見てクスっと笑うと、アントーニョは
「他にも食うもんはあるんやし、アーサーが美味しく食べてくれる方が嬉しいわ。子供は甘えるのが仕事やで?遠慮せんと食べ」
と、自分の皿からエンパナーダをアーサーの皿に移してくれた。
(子供じゃねえんだけどな…)
と言う言葉は、記憶をなくしていると言っている都合上、胸の中にしまっておく。
というか…子供の頃から甘やかされた記憶がないので、帰還するまでの短い期間ではあるが、この際一生分ここで甘やかされておくのも悪くないかもしれない。
もちろん例によって
(べつに甘えたいとかじゃなくて、他の奴らが与えられたものを自分だけもらえなかったのが不公平だから、いまのうちに分捕っておくだけだからなっ!)
と、心の中で言い訳をつぶやいておくのは忘れない。
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