「お待たせやで~!」
ノックもなしに開いたドアの向こうから、ワゴンを押した男が顔をのぞかせた。
戦場で怪我をして倒れていたどこの者ともわからないどころか敵国の人間の自分を連れ帰ったお人よし男が押すワゴンの上には所狭しとご馳走が並べられている。
ああ、そうだ、今日はクリスマスだ。
きっと男も自分を拾って看病していなければ、これらのご馳走を一緒に食べるはずだった家族がいるに違いない。
そう考え付くと、何故だか鼻の奥がツンと痛んだが、無理にそれに気付かないふりをして、アーサーは男に声をかけた。
「俺…一人で大丈夫だから、お前はもう行けよ。」
悲しい気がするのは気のせいだ。
こう言ったのは一人になって居座る理由を考えないといけないからであって、他意はない。
そう心の中で言いわけをして涙をこらえていたのに、男はアーサーからしたら斜め上の返答を寄越してくれた。
「なん?しんどいん?お腹減ってへん?」
そう言いながら男は少し離れた所にワゴンを止めると、ベッドわきに膝をついてアーサーの顔を覗き込んだ。
「ガラス片で切っただけやなくて、頭とか打っとるのかもしれんなぁ。気持ち悪いん?具合悪くなったら遠慮せんといいや?今日はついててやるさかいな。」
…会話が微妙に成り立っていない気がする……
「……なんでそういう話になるんだ?」
もしかして東と西では言葉の意味が違うんだろうか?
それともこの男が人の話を全く聞かない男なのだろうか?
めまいを感じたのは怪我のせいではない…と思う。
内心そんな事を思いつつ聞くアーサーに、男は自信満々に言い放った。
「大丈夫!親分、病気や怪我の子供の世話はなれとるんやっ。一人よりは絶対にええで。気ぃ使わんでええから、なんでも言い?しんどい時はしんどい言える相手がいた方が気がまぎれるで。」
一生懸命言われた言葉の真意を考えて見る…。
考えて考えて……結論。
気分が悪くて寝るから一人にしろと言う意味にとられたのか?
うん、わからないけど、きっとそう。
というか…何を言っても斜め上な反応を返されるなら、考えるだけ無駄だ。
そう思うものの、楽観的な人生を送った経験のないアーサーは、相手の誤解を少しでも解こうとせずにはいられない。
「そうじゃねぇよ…」
ため息まじりにさらに言葉を追加する。
「クリスマスにこんなご馳走用意してんだから、一緒に祝う予定の相手いるんだろ?見ず知らずのガキなんて構ってないで、一緒に飯食ってこいよ。俺はすぐ死にそうとかそんな感じしないし、一日くらい放置したって大丈夫だから。」
今度こそ自分を置いて出て行くだろうか…いや、馬鹿みたいにお人よしだから、それでも放っておけないと残るかもしれない…。
一気に早口で言ったあと、また何故だか自分の言葉に悲しい気持ちが押し寄せてきて泣きそうになるのをこらえていたアーサーに男が返したのは、もうなんなんだ?この男?と言いたくなるような言葉だった。
「おらへんよ?」
「は?」
「この家には俺と自分の他は召使くらいしかおらへんし、誰も来る予定はあらへんよ。」
思わず聞き返したアーサーに、男はさらにそう追加した。
「………。」
どこをどう突っ込んだらいいのだろうか……。
そもそも突っ込んでいいんだろうか?
仮定1…男は実は魔術師で、魔法で一瞬で料理を出した。
…これならすごい。
魔法と言えば皆なんでもできると勘違いしているが、そうではない。
元々存在する物質を組み替えて炎や水を作って、それをそのまま火種や飲み水に使ったり攻撃に使ったりしているだけで、こんな複雑な事をできるなんて聞いた事はない。
そんな事が可能なら、ぜひやり方を教えて欲しいくらいだ。
が…おそらく東西南北で唯一魔術師を有する東の国でも屈指の魔術師一家の自分の家でも聞いた事がない以上、その可能性はほぼないだろう。
仮定2…自分が意識を失っている間に自分と食べるために用意してた。
まだ夜があけてない事を考えると意識失っていた時間はせいぜい数時間。
この数々の凝った料理にかかる時間を考えれば、これもない。
仮定3…男はなんらかの理由で食べきれないご馳走を並べて一人で寂しく過ごす予定だった。
これは…絶対に突っ込んじゃいけないっ!
同じ若い男としてこれだけは突っ込めない!
以上!次っ!
仮定4…アーサーが気を使うと思って一緒に過ごす相手はいないと嘘をついている。
と、これが一番可能性高いだろうな…と、アーサーは人のよい男を見上げた。
泣きそうな気分なのは、生まれて初めてここまで自分に親切にしてくれる人間に会った嬉しさなのか、結局一人きりなのは自分だけだと実感した悲しさなのか、自分でもわからない。
ただわかるのは、大切な人達と過ごすはずのクリスマスに、この男を自分が拘束していいわけはないという事だけだ。
いや…単に一人じゃないと落ち着いて居座る理由が考えられないからだけどなっ!と、アーサーは頭の中でまたおさだまりのセリフを繰り返して、慌ててその考えを打ち消す。
そしてともすれば泣き出しそうな自分を叱咤しつつ
「お前こそ…気を使う必要はないぞ。別に俺は一人でも平気だしっ」
と早口で言うと、泣きだす前にグッと口をつぐんだ。
…が、視界がぼやけているところをみると、手遅れらしい。
ポロっとこぼれて頬を伝った涙を男は困ったような笑みを浮かべて指でぬぐうと、
「気ぃ使ってへんよ。誰もおらんのはホントの事やし、俺自身の我儘通してええんやったら、自分の事心配やし離れてたら気になるからここにおりたいんやけど…いてもええ?」
と、また子供にするようにソッとアーサーの頭をなでた。
単に空気を読まないマイペースな人間なのか、お人よしな大人なのかよくわからない。
それでも男は飽くまでアーサーの自尊心を傷つける事なく、して欲しい事をしてくれようとする。
それが心地よいものの、そんな人間に会うのは初めてでどう反応していいのかわからないアーサーに出来たのはただ、ぷぃっとそっぽを向きながら
「どうしてもいたいならいてもいい」
と可愛げのない子供じみた返事をする事だけだった。
そんな態度に気を悪くするでもなく、男はやはり子供を見る目でクスリと笑みをこぼすと、
「おおきに」
とまた頭をなでてきた。
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