聖夜の贈り物 1章_1

東西南北の国があり、東西の国が戦争中。
西英はそれぞれ西東の国の人間という設定です。
国ではないので、人名表記です。



「にゃぁ…。」
小さな小さな鳴き声。
こんな殺伐とした場所にはふさわしくない儚い音に目をこらせば、メラメラとまだ燃え盛る戦場の崩れかけた建物の影で、小さな薄茶の子猫が心細げに泣いていた。

「お前も一人ぼっちなのか…」
そう声をかけて少年が近づくと、子猫は警戒したように鳴きやんで、狭い隙間に身をひそめようとする。
その反応に少年はちょっと困ったように特徴的な太い眉をハの字に寄せると、様々なまじないのかかった数多の宝石のついた見るからに高価そうなローブをあっさり脱ぎ捨て、手に持ったその小柄な体躯に不似合いなほどに大きい杖も離れた場所にソッと置く。
そうして大魔法使い然としたアイテムを取り去って簡素なベストとシャツとズボンだけになると、少年は子猫が身をひそめる隙間の前に膝をついて声をかけた。

「ほら、俺も丸腰だ。お前を傷つけるつもりはない。出てこいよ。壁が崩れてきたら危ないぞ」
すると聡く少年の態度と声音に何かを感じ取ったのか、子猫は一声
「にゃぁ」
と返事をするように鳴き声をあげると、そろそろと隙間から這い出て少年の顔を大きな丸い目で見上げた。

とりあえず子猫が崩れた壁の隙間で圧死する危険性は回避できたところで、少年は建物から離れようか少し迷ったが、結局その場に腰をおろした。
子猫は元々剛毅な性格だったのか人慣れしていたのか、さきほどまでの警戒した様子はどこへやら、ちゃっかりとあぐらをかいた少年の膝の上に飛び乗って丸くなる。
少年は冷えてきた空気が小さな生き物を凍えさせないように、ローブを脱いだあと唯一の防寒具であった薄いベストを膝の上の子猫にソッとかけた。
おかげで冬のさなかシャツ一枚となかなか寒い格好になったが、子猫が乗っている膝の上と…心が少し温かい。

「今日はクリスマスだってのにな…一緒に過ごす家族もいないってお互い寂しい身の上だよなぁ」
ハァ~っと冷えた手に息をふきかけながら少年が語りかけると、まるで彼の言葉を理解して返事でもしているかのように子猫が
「にゃぁ」
とまた短く鳴いた。

「さみぃなぁ…」
日入り後の戦闘は禁じられているため、すでに兵士達は帰路についている。
むしろ今日はクリスマスという事もあって、お互い暗黙の了解のもと、停戦時間は普段より早かったくらいだ。
それでも少年は帰らなかった。
家がないわけではない。
西の国との国境沿いのこの場所から徒歩で帰れる場所に本宅はないが、近くの町に立派な佇まいの別宅がある。
ただそこに待つ相手がいないだけだ。

少年の両親はすでに他界しているが、少年には3人の兄がいる。
4人兄弟の末っ子…と言えばさぞや可愛がられていそうな印象を受けるが、正妻の子である上3人とは腹違いの妾の子、歓迎されざる存在だ。
それなのに名門魔術師一家の中でも飛びぬけて高い能力を生まれながらにして受け継いでしまった。
それがより、実兄達にうとまれる原因になってしまっている。
本来送られるはずのない、こんな僻地の最前線で休みなく戦っているのもそのためだ。

立派な装備、立派な家…どちらも名門の家の者としての体面を保つため付与されているにすぎず、自分自身の自由にできるものではない、と、少年は理解している。
多くの召使にかしづかれ、自分一人が暮らすには広すぎるほど広い部屋をいくつも与えられていても、この小さな客人一人招く自由は与えられていない。
一緒にいたければ少年の方がここにいるしかない。

傾きかけていた日がすっかり落ちる頃には、空からちらほらと白い雪が舞い落ちてきた。
ホワイトクリスマス…。
停戦時間からだいぶ時間がすぎている。
今頃一緒に戦っていた兵達は暖かい自宅で家族とこの雪を眺めているのだろうか…。
子供のいる家ではきっと、こどもが窓の外を見てはしゃいで、兵達は戦場での険しい戦士の顔から一変、優しい親の顔になってその様子に温かいまなざしをむけているだろう。

寒さにだんだんと体の感覚がなくなっていく。
薄れかける意識を引きもどすように、たまに子猫が
「にゃぁ」
と鳴く。
そのたび少年はなんとか意識を保って、その柔らかな小さな頭をなでた。
それが唯一この世に存在する温かさだった。
それを何度繰り返しただろうか…

またうとうとしかけた少年は、膝の上の存在がビクっと緊張で体をこわばらせたのを感じ取って、ハッと目を開けた。
(やばいっ!)
長い時間戦場に身を置いてきて身に付いた感覚が、考えるより早く膝の上のベストごと子猫を抱え込むと丸めた自分の体の下に避難させた。
次の瞬間、背中を襲う衝撃に息が詰まる。

いつのまにか白くなった地面にポツリポツリと赤い雨がふる。
(ああ…最期は一人ぼっちじゃなかったんだな…)
体の下で聞こえる子猫の鳴き声に、少年は微笑んだ。
いつも一人だった自分に最期に看取ってくれる存在を与えてくれたのは、最初で最後の神様からのクリスマスプレゼントだったんだろうか…
もう痛みも寒さも感じない気がした。
ただただ幸せな気分で少年は静かに目を閉じ、意識を手放した。


天国への階段は自分で登らないでも良いらしい…。
温かい何かに抱えられてふわりふわりと揺れる感覚が気持ちよくて思わず顔がほころぶ。
(なんや…気付いてたん?自分名前は?)
遠くで声がする。変なイントネーションだな。天国の住人だからか?と思いつつ、少年は短く答える。
(…アー…サー…)
天国の空気にまだ馴染めてないんだろうか…それだけで喉がつまってひどくせき込んだ。
すると体を抱えている腕がちょっと緊張したようにこわばって、焦ったような声が
(か、堪忍なっ。しんどかったらしゃべらんでええからっ。もうすぐ着くさかい、辛抱してな)
と、降ってくる。
その今まで経験した事のなかったまるで自分を心配しているような声音に、なにか胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、少年…アーサーはポロリと涙をこぼした。




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