優しく睦みあった翌日…いつものように目を覚ますと、隣からぬくもりが消えていた。
いつか来ると覚悟はしていたはずのその瞬間、意外に自分が覚悟が出来ていなかった事をアーサーは知った。
ずるい…と思った。
せめて……言わせろよ……。
しゃくりをあげながらつぶやくその声を聞くモノはなく、流れる涙をぬぐうモノもいなかった。
…さ……アーサー……
パチっと目をあけると、自分のモノより少し濃い緑の瞳が心配そうに自分の顔をのぞきこんでいた。
「どないしたん?どこか痛いん?」
大きな温かい手が涙がこぼれおちる目元をぬぐってくれる。
その温かさにホッとしてまた涙があふれてきた。
「ちゃんと…おはようって言わせろよ…ばかぁ。」
ひっくひっくとしゃくりを上げ始めるアーサーに、困ったように眉を寄せるアントーニョ。
コツンとなだめるように額に額を押し当てて、
「ほんま…どないしたん?」
と、声をかける。
それには答えずアーサーはむずかるようにぐりぐりとアントーニョの胸に頭を擦り付けた。
「……なんでおはようも言わせずに行っちゃったんだよ、ばかぁ。いると思って『おはよう』って言ったら横に誰もいなかった時、俺がどんな気持ちになったかわかってんのかっ」
胸に顔をうずめたまま言うアーサー。
一方的に責められているわけだが…何を言われているのかわからず、頭に思い切りはてなマークを浮かべるアントーニョ。
「うん…まあなんや知らんけど、悪かったわ。泣かんといて。」
そう言いつつ頭をなでるアントーニョに、胸元でくぐもった声で
「許さねえ」
と言うアーサー。
理由もわからずどうしろというのだ…と、アントーニョはため息をつくが、続くアーサーの
「……夢見た…」
という小さな声にピンときた。
「あの日の?」
と聞くとアーサーはうなづく。
ああ、それでか…と、アントーニョは遠い昔に思いをはせた。
当時は小国はいつ取り込まれても、いつ消えてもおかしくはない時代だった。
イングランドとて例外ではない。
国の化身であっても施政者ではないアントーニョがいくら反対したところで、上司がそうと決めたらアントーニョにはもうどうする事もできなかった。
敵か味方か、使えるか使えないか、ただそれだけで手を組んだりつぶしたりが当たり前で…そういう関係から遠ざけるにはイングランドはスペインに近すぎた。
自国にとって有益に動ける間は手を組むが、敵対したり役に立たなくなれば叩きつぶす、あるいは、切り捨てる、そういう酷薄な部分が当時の自国にはあったのだと思う。
ロマーノのようにキリスト教の総本山であるローマ教皇を抱え込んでいたりしてほぼ永劫的に消えない価値を持っていた国と違って、イングランドはそんな感じにちょっとした匙加減で自国の上司につぶされかねない位置にいた。
どうしてもそれを避けたかったアントーニョが取れたたった一つの手段、そして実際に取った手段は、自国の力を秘密裏にイングランドにそぎ落とさせる事だった。
当時アントーニョは、まだ若いイングランドの女王、エリザベスに知恵をつけ、自国の情報を流し、海賊という治外法権な力を持って自国の船を襲わせる事で、自国の力をそぎ、イングランドの力をつけさせた。
それはもちろん自らの身を削る行動で…最終的には自らを滅ぼす事にもなる選択だった。
それをわかっていてなお、当時のアントーニョはその選択肢を選択せずにはいられなかった。
アーサーが見た夢と言うのは、恐らく最後の逢瀬の日。
騙され続けていた自国側もいい加減イングランドと海賊の関係に気付き始め、おそらく近々大きな戦争が起こるであろうと言う事が予測される最後の滞在日。
前夜いつものように…いや、これが最後になるであろうと予測していたアントーニョはいつもにもまして情熱的に激しく情交を交わし、朝、疲れきって眠っているアーサーを起こさず、ソッと心の中でのみ別れを告げると、そのまま帰国したのだ。
当時は本当にその後の海戦で自身が消えるモノだと信じていたのだ。
実際は初戦は敗退したものの、意外に体力のあった自国は追い打ちをかけてきたイングランド軍を返り討ちにして大事には至らなかったのだが……。
どちらにしても300年以上も恋い焦がれたベリドットの瞳に涙を浮かべられたりした日には、絶対に旅立てないと思ったのだ。
今でもアーサーに泣かれると、心臓がズキズキと痛んでくる。
「…っ…おはよって…言ったんだぞっ…ばかぁっ…なのにっ隣に誰もいなくてっ…」
ヒックヒック泣きながら訴える様子は、本当に変わらない。
アーサーは昔からよく泣いていた。
「堪忍な~。あの時はホンマ俺死ぬもんやって思っとったし…。こんな風に泣かれたらつらいやん」
「…っ…最期になるならっ余計にだろぉ…」
「うん…堪忍な」
アントーニョはアーサーの顔をのぞきこむとチュッと軽く口づけた。
そしてニコリと笑いかけると、アーサーは涙目のまま口をとがらせて言う。
「ごまかされないぞ…俺はもう二度とお前が朝ベッド抜け出しても気づかないくらい深くは眠らない。」
あ~、そこにつながるんかいな……。
アントーニョは額に手を当てて天井を仰いだ。
深く寝ない>>疲れない>>1度しかしないの図式はさすがに思いつかなかった。
しかしこれから長くなる…そう、もう永遠とも思える長い生を生きて行く間決して放したりしないと決めている途方もなく長い時間を、一晩に一度なんて制約をかけられるのはつらい。つらすぎる。
もうこの際夜だけと言わず朝でも昼でも襲ったろか…と、考えた瞬間、思いついた。
「アーサー、おはようさん」
突然にっこりと笑顔で言うアントーニョに、アーサーはちょっと戸惑う。
「ほら、アーサーからは?」
とうながすと、アーサーはきょとんとしたまま
「おはよう、トーニョ」
と答える。
アントーニョはそれに満足げにうなづくと、
「これでええやんな?」
とアーサーに覆いかぶさって、口づけた。
そして文句を言おうと開いたアーサーの口の中に舌を差し込んで、濃厚に口づけを続ける。
「ん~っ、ん!!」
ドンドンとアーサーが押しのけようとするが、アントーニョは力で押さえこんで、抵抗が完全にやんでぐったりと力がぬけると、ようやく唇を離した。
「…いきなり…なんなんだよ……」
呆然と見あげるアーサーにアントーニョはこれ以上ない良い笑顔を向ける。
「おはよう言えんのが嫌で夜一度しかできひんて言うなら、朝おはよう言うた後に続きやったらええんやんな?名案やんっ。親分賢いわぁ~」
「ちょ、そういう問題じゃ…」
「じゃ、そういう事で時間はたっぷりあるし、もう3,4戦させてもらおかぁ~」
「3,4て…ふざけんなぁぁ~~~」
ラテンの情熱恐るべし。
それからは確かに日中に疲れきるため夜熟睡、朝はきっちり起きておはようの挨拶は交わせるようにはなったが、何かが違う…と、思わないでもないアーサーだった。
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