──義勇君、無事回収したよ。危機一髪だったみたいだけど…
と、村田からメッセが届いて錆兎はホッとした。
これで安心して情報収集に集中できる。
「失礼しました。ちょっと急ぎの別件の報告で。では話を続けましょう」
と、正面に座る自分よりはいくらか若いであろう青年に対して笑みを向けた。
相手は冨岡勇也…冨岡本家…つまり義勇の父方の兄弟の長子、勇一朗の長子である。
本当はどうせならまず当主に話をと思ったが、本人の強い希望により、勇也と話すことになった。
表向きは宇髄財閥を介して進めた事業提携の話。
だが、それがメインでないことはおそらくお互いにわかっている。
というか、相手方はもう初っ端に本題をぶちまけることにしたらしい。
「うちの社のというより、私個人の心の準備のために、申し訳ないが先に一点だけ確認させていただいていいだろうか?」
と、なかなか真剣な顔で言われて、
「もちろん。互いが互いを知ることはビジネスにおいてもマイナスにはならないと思います」
と、錆兎は了承する。
まあ相手が一番何を求めているかのヒントになるであろう話はこちら側にとっても利があることだ。
そこで先をうながすと、開口一番言われたのは、
「渡辺さんはどちらかと言えば蔦子ちゃんではなく義勇君の代理人的立場…という認識でいいんでしょうか?」
ということだった。
これは…どういう意味だろう?と思いつつも、まあ隠すことでもないと判断して
「ええ。彼はまだ未成年の弱い立場ですし、保護するためにうちの社でバイトをするという形も取らせて頂いてます」
と答える。
弁護士も紹介していて、ついていると言う事はあるいは知っているかもしれないし、知らなくても予想くらいはしているかもしれないが、そこはまだ伏せておく。
自衛のための情報を明かすのは相手が確実に敵ではないと判明してからだ。
とりあえず錆兎が話したこちら側の情報は、彼…勇也にとっては最重要のものだったらしい。
はあ…と大きく安堵のため息をついた。
しかしまだ全て安心というわけではないようだった。
そこでさらに厳しい顔で
「大変失礼で踏み込みすぎた質問だということは重々承知していますが、渡辺さん個人としては蔦子ちゃんに対する認識は…」
と言う意味をなんだか察してしまって、錆兎はさっさと終わらせるべく
「とても仲の良い美人姉妹の幼馴染の姉の方の親友です。
俺はどうもその姉妹に対してはずっと弱くて突き放せなくて、特に可愛がっている妹の方から姉が親友の事で暴走しかけてて困っていると泣きつかれまして…」
と、彼が安心するように幼馴染の美人姉妹を強調しておく。
そこで彼も初めて少しほっとしたように笑って
「本当に…申し訳ありません。
これは一族の考えでも会社の諸々でもなく私情からの質問でした。
渡辺さんはなんというか…モテそうなので」
と言う。
錆兎はそれに
「そんなことありませんよ。
色々忙しいのもあって、仕事と家と時折大学の往復の日々ですし」
と笑顔で返した上で、
「蔦子さんとは2度ほど本当に短時間顔を合わせてはいますがそれきりですし、俺の方も連絡を取るのは義勇の保護者に対しての質問や許可だけなので、実はあまり知りません。
ただ彼女に何かあると義勇の方に大きく影響があるので健やかな状況でいてくれればとは思っています」
と話を戻した。
冨岡側の親族が蔦子の身の安全だけでも引き受けてくれれば儲けものだし、勇也個人としてはその気もありそうなので、ここでそういう風に動くように誘導したい。
錆兎の言葉は嘘ではない。
なので真実味があると判断してもらえたのか、勇也は少し身を乗り出して言った。
「蔦子ちゃんだけなら俺個人で全力で守ります。
義勇君あたりからお聞きになったかもしれませんが、蔦子ちゃん達姉弟は蔦子ちゃんの母方のお祖父さんが亡くなるくらいまではうちの実家にも遊びに来ていたんです。
お恥ずかしい話ですが…俺の初恋は蔦子ちゃんで…。
彼女は可愛いだけじゃなく、優しくて、なのにすごくしっかりしていて、だからこそ守ってあげたくなるような、本当に愛らしい子だったんです。
でもお祖父さんが亡くなって、あちらの家に行かないのにうちの方にだけ来ると色々揉めるからということで来れなくなってしまいました。
来れなくなってもしばらくは俺だけこっそり蔦子ちゃんに会いに行ってたりしたんですが、蔦子ちゃんのお母さんに、こっそり会うなんて!とすごい激怒をされまして…それ以来、会ってもらえなくなって今に至ります。
でも今でも彼女のことが好きなんです。
もし彼女が俺を選んでくれるなら、どんなことでもできます」
「ふむ…例えば…例えばですね、蔦子さんと冨岡家、その双方の利害がぶつかったなら、どうします?」
「家の方を捨てます!そのためにいくつかの仕事に役立つ資格も取ってますからっ!
弟もいるので家は弟に任せて俺は普通に勤め人になります。
実は兄弟仲は悪くないので、弟にはその可能性も伝えていますし、弟もそれなら協力するとも言ってくれています」
どこまで協力を得られるかと思って口にした問いに即答されて、錆兎はその勢いに目を丸くした。
しかしそこまで準備するということは、揉める何かがあるのだろうか…?
そう思って
「実はそうなりそうな何かがあったりするんですか?」
と聞いてみたが、それには勇也は首を横に振った。
「いえ、全く。
冨岡の家の方は義一叔父さん…あ、蔦子ちゃんのお父さんです、義一さん、の家庭を助ける気満々なので。
実は義一さんだけ少し年の離れた末っ子で、兄弟姉妹皆めちゃくちゃ可愛がっていたんですよ。
だから今回亡くなって父も叔父叔母も皆号泣です。
で、出来れば義一叔父さんの忘れ形見を冨岡家で保護したいということで、出来れば蔦子ちゃんが誰かの嫁になってくれれば全力で保護できるかなと。
ずっと蔦子ちゃんを好きだった上に本家の跡取りの俺が一番の候補ですけど、蔦子ちゃんの好みもあるということで、従兄弟総出で蔦子ちゃんが一番良い相手をと電話をかけまくったんですけど、引かれてしまって…。
最悪、どの従兄弟も嫌だというなら、父か叔父叔母、誰かと養子縁組でもと言う話になっています」
なるほど。
そういう事情だったか…と、末っ子ということで想像していなくはなかったが、思ったよりずっと前のめりな親族に錆兎は内心苦笑した。
そうとなれば一つだけ確認をしなければなるまい。
「一応…私が聞いたところによると、冨岡夫妻の葬式の際に冨岡家側の親族が冨岡義一氏が父の相続の時に受け取った遺産が適切ではなかったという話をしていた録音を聞いたということだったんですが…そういう発言があったのは事実ですか?」
錆兎の問いに勇也は
「事実です。でもその前後は切り取られている感じですか?」
と頷いた上で質問を返してくる。
「そうですね。彼女が聞かされたのはその部分だけだと聞いています。
私は失礼ながら冨岡家の会社の業績や資産を少し調べさせて頂いた結果、冨岡本家が義一氏の資産をどうこうする意味はないと判断しましたし、義勇の方にはそれは伝えています。
蔦子さんに伝えるのはほぼ完全に他人なのでその発言の真意がわかったうえでの方が良いかと思ったので、伝えていませんが…」
錆兎のその言葉に、勇也ははあああぁぁ~~と大きく息を吐きだした。
「うん、伝えてください。
もし、万が一にでも蔦子ちゃんが俺を選んでくれるなら、遺産をすべて放棄して義勇君に譲って身一つで来てくれても絶対に不自由な思いはさせません。
冨岡本家を継いでも継がなくても、俺は死ぬ気で働いて蔦子ちゃんを世界一幸せな奥さんにする気は満々です。
そばにいてくれるだけでいいです。
本当に本当に大切にします」
そんな勇也に
「本当に好きなんですね」
と、錆兎は小さく吹き出した。
「そりゃあ好きですよ。
片思い歴17年。
蔦子ちゃんがもしかしてまかり間違って俺を選んでくれるかもしれないから、一瞬だって油断できませんからねっ。
この年まで彼女を作ったことはありません。
蔦子ちゃんが生きている限り他の彼女ももちろん妻も作らないので、俺が蔦子ちゃんと結婚できないなら次の跡取りは宜しくと弟に頼んであります」
エリート然とした、結構イケメンでモテそうな青年なのに、そこまで一途なのがすごいと思う。
「で?言葉の真意…お聞きしても?
その言葉で冨岡側からの害意がないと確定するなら、お伝えすることはできますが?」
放っておくと延々と蔦子への愛を語られそうなので、錆兎はまたいったん話を元に戻した。
すると彼も
「そうでした。話を進めなくてはっ」
とハッとしたように頭を掻く。
「えっとですね、ご存じかと思うのですが、うちは戦前からずっと事業を営んでおります。
で、わりあいと大規模なものではあるのですが、株式の9割を親族で所有しているんですね。
祖父が亡くなった時に事業を実際に継ぐ父とその補佐をする叔父二人が株式を相続したんですが、末の叔父の義一だけは外に出るから不要だというので、相応の現金を相続したんです。
でもそこで会社の株も渡して置けば、こうして叔父が亡くなった時に会社の株主ということでその遺児にも関わりやすいし保護しやすかったのではということで、本人の希望とは言え株を相続させずに現金のみという相続の仕方が、最終的に適切ではなかったんじゃないかと言う話になったんです」
「あ~…やっぱり。そんなところでしょうね」
と事情を聞いて錆兎は納得した。
そして確信。
録音を蔦子に聞かせた人物は冨岡姉弟を父方の親族に保護させたくなかったのだろうと。
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