彼女が彼に恋した時_13_幕間2

例のハンカチの話以来、冨岡義勇には微妙に距離を取られてしまっている。
冨岡義勇が貞子と話すのが辛くなってきたか、貞子を嫌い始めたか…。

鱗滝先輩の方はこれまでと変わらず、相談があるといえば聞いてくれるので、そのどちらだとしても冨岡義勇は鱗滝先輩に言いつけたり訴えたりはしていないようだ。

まあ長兄の小学校6年間にも渡る暴力暴言にも黙って甘んじて来たのだから、押しが弱くて多少の事をされても恐らくは自分が耐えるだけで終わるタイプなのだろう。

グイグイ行けば拒絶できないだろうし、危害を加えてくる兄と違って傷ついた小学生女子が懐いているだけと思えば、周りだって止めにくい。

自分が下手に止めてそれでショックを与えてまた車の前に飛び込まれたりしたら…と思うと、怖くて関われないというのが本当のところかもしれない。

結局みな、どれだけ仲が良いように見えても、自分が一番可愛いのだ。

まあでもとりあえずはまた、冨岡義勇とのお茶の習慣を再開しなければならない。
彼女の方から別れを切り出させるには、彼女に鱗滝先輩とは別れた方が良いと思わせないとならないのだから…。


貞子はその日、朝早く起きてカップケーキを焼いた。

制作に焼き時間を含めて30分。
そこから涼しい場所で粗熱をとって10分。
アイシングをするには乾燥時間が足りないので、イチゴチョコレートで花を描き、乾燥させるため放置。

カップケーキは弟妹が絶対に欲しがるので、花模様をいれたもの以外は好きに食べるように言いおいて、いつものように7人兄弟+両親の9人分の朝食づくりに忙しい母を手伝うため一緒にキッチンに立つ。

不死川兄弟7人は、長男次男は家事に忙しい母の代わりに下の3人の世話──と言っても3男はそろそろ世話をされる対象から外れかけてきたが…──長女の貞子は母の手伝いで、世話をしないされない唯一が次女の寿美。

朝食時もそれは当たり前で、外では問題児で通っている長兄次兄は言葉は乱暴ながらもちゃんと、まだ幼い弟妹が食べこぼしたり口元を汚すのを拭いたり片したりしながら、器用に自分達の食事を摂っている。

そんな中で自分だけちゃっちゃと食べ終わった寿美が
──ご馳走様っ!
と、自分の食器だけは流しに運びながら、ふと、台所の片隅に積んであるカップケーキに視線を向けた。

──あ…寿美の分はあとにとっとく?

次女はおしゃれで学校に行くのにいつも自分で綺麗に髪をゆったり、日焼け止めやリップを塗ったりと身支度に時間をかけるので、食べている暇はないだろうと声をかけると、寿美は

──ん~ん。今ダイエット中だからことと弘で半分こしていいよ
と、首を横に振りつつ言う。

それに大喜びの下二人の弟妹にちらりと視線をむけて、それから寿美は貞子の隣に来て耳元で

──貞姉は兄ちゃん達みたいにならないでね。やっちゃダメな事をやっちゃダメだよ。

と、まるで貞子の心の内を見透かしたようなことを言うと、驚いた貞子がその真意を聞き返す間もなく、自室へと駆け出して行った。



(…まさか…気づいてる?)

まあ家族の中で貞子がやろうとしていることに気づくとしたら、寿美だとは思う。

年も近いし部屋も一緒だし、何より彼女は中間子で、やらなければいけないことを親から言われて育った上3人とも、保護を与えてもらえるからやることを考えなくても良かった下3人とも違い、自分の行動は常に自分で考えて決めていた。
そのため判断をする必要があったので、周りをよく見る習慣が身についている。

だから全てを見越して、その上でストップをかけて来た可能性は十分あった。
それでも…貞子には自分の計画を中止するという選択肢はない。

弟妹は可愛い。
幸せであって欲しい。

でも弟妹を幸せにするにはまず、自分自身が幸せになる必要があるのだ。







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