「やっと学校に慣れたところなんだ…転校は…勘弁してもらえないだろうか…」
立派な執務室に呼び出されて、思い切り困ったような…悲しそうな…そんな顔をする男子高校生……。
と隣で事務方の手伝いをしていた妹がいつものようなことを言いかけるのを察知して、表面上は穏やかにしかし
「しのぶ。
お姉ちゃん喉かわいちゃったわ。お茶いれてくれる?」
と有無を言わせぬ調子でその場から追い払う姉…胡蝶カナエ。
その人当たりの良さから上層部と現場との連絡係となっている彼女はそんなトラブル回避もお手のものだ。
日本裏教育委員会――それは昨今あまりに増えすぎた非行や虐めを始めとする様々な学校内のトラブルに対応すべく、日本政府が秘密裏に作った組織である。
トラブル対応という、本来望まれる仕事に対応する組織が何故秘密裏に結成されているのか…その原因は、この組織が請け負うトラブルは全て“正攻法”では解決できそうにない問題であること、そして、そのトラブル対応には現役の学生を当たらせていることにある。
そう、この組織は、“解決すべきこと”ではあっても“正攻法では解決できないため”、しばしば“非合法な手段を使っても”解決する、そういう組織なのだ。
そんな裏教育委員長である産屋敷耀哉の所に寄せられた一通の投稿。
それはとある進学校で起こった事件についてである。
私立月陽学園…。
都内では珍しい全寮制で、私立の中では日本有数の進学校だ。
その学校で起こった一つの殺人事件。
それは学園祭の打ち上げでの事だった。
寮の食堂で菓子とジュースを持ち寄って飲み食いしている最中、一人の生徒がいきなり倒れて亡くなった。
死因は毒物死。
犯人と思われる生徒はその後、それを苦に自殺。
事件は後味は悪いものの解決を見たはずだったのだが、その後、自殺した生徒は冤罪を着せられたのだという投書が警察に届き……裏教育委員会にひそかにその調査が依頼されたのだ。
「こんな複雑な事件で俺が出来ることなんてあるのか?」
事件の概要を聞くと、男子高億生、冨岡義勇はきょとんと小首をかしげる。
いや、じゃあ複雑な事件じゃなければ何かできるのか?と聞かれると、残念ながら出来ないと言わざるを得ない。
確かに顔は可愛らしい。
顔だけで食っていけそうと言われ続ける胡蝶姉妹が自分達より可愛い格好が似合いそうと揃って言うくらいには可愛い。
ただ、顔が可愛いだけでは一芸も二芸もあるメンバーの中では出来る仕事はかなり少ない。
例えば…その可愛い顔を生かして…という類の仕事でも、極度のコミュ障なのでうまく立ち回ると言うことができない。
そんな彼が何故ここに居るのかと言えば、結果的に殺人事件に発展したストーカー事件の被害者の女性の弟にして一家の唯一の生き残りで、他に行き場のない彼を事件を未然に防ぐことに失敗した協会が放置出来なかったという事情がある。
それでも事務方の仕事をしていれば問題はないのだが、彼はなまじ事件の被害者なだけに自分のような悲惨な事件の被害者を少しでも減らしたいと、ガンとして現場仕事にこだわった。
…そのわりに出来ることが少ないので、事件が起きそうな状況がないかを見張るため…と言う名目で、実質普通の高校生をやっている。
なので、こんな風に事件に放り込まれる理由は一つしかない。
数日前…今回の事件の人選で冨岡義勇の名が挙げられた時、胡蝶カナエはなるほど、と、納得した顔で
「ああ、今回はエサですね」
と頷いた。
それに産屋敷耀哉は
「エサはダメだよ?誰が聞いているかわからないしね」
と、苦笑する。
それに、ああ、そうですね、言葉が悪すぎでしたね…と、口元を押さえるカナエ。
「…でも…彼を使うんですよね?」
と聞き返したカナエに
「うん。彼に気持ちよく…でも緊張感をもって仕事をしてもらうというのが義勇の今回の役割だよ」
と、産屋敷はにこやかに頷いた。
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