結局病院で診察を受けた結果、市販品ではないため義勇の実家の製薬会社で作られたのであろう、皮膚から摂取する系の睡眠薬を使用されているらしいと診断される。
そして、後遺症などはないと思うが念の為と、意識が戻るまではそのまま病院で過ごすことになった。
ああ…可愛い…
こんなときなのに、そんなことを思う。
兄がこの婚姻を持ってきて…でも取り返そうとするということは父親は知らなかったんだな…可愛いからな、こいつこんなに可愛いからな…
そう考えてみれば、手段はとにかくとして取り返そうとする父親の行動は間違ってはいないのかもしれない…。
宇髄に聞いた話だと義勇は4人兄弟の中で唯一の愛人が生んだ子らしいので、どこかにやりたい兄と母vs手元に置きたい実父という流れになっていてもおかしくはない。
しかも…単なる就職やお預かりではなく、同性の自分との婚姻という形だ。
そもそも義勇自身はどう思っているんだろう。
いつでも自分と一緒に居たがっているように見えたが、それは兄たちから戻らないようにと言われているからとかではないのだろうか…。
父親が兄たちがいる実家とは別の居場所を用意してやったら、そちらに戻りたいと思うのだろうか…。
もしそうなら返してやるべきだ。
義勇はまだ16歳の子どもなのだから…
そう思いつつも、当たり前だが気乗りしない。
自分のエゴだとわかっているのだが、手放したくない。
はぁ…と両手に顔をうずめて、錆兎は大きく息を吐き出した。
やるべきこととやりたいこと…それがここまで乖離していることは初めてで、自分自身の心だというのにうまく調整できない。
「…義勇…おまえにとって一番幸せな道を選んでやりたいとは思っているんだけどな……」
と、聞こえていないのは承知でそう小さく愚痴ると、子猫のような手触りの漆黒の髪をふわりと撫でる。
それだけで手のひらから幸せな柔らかさが伝わってくるというのに、これをいまさら自ら手放せるのか……
そんなふうにずっと鬱々としていて、ふと時計に目をやると、気づけば4時間経っていた。
その時、本当に突然ぱっちりと義勇が目を開ける。
そして何か不安げないろをたたえていた瞳が錆兎の姿をみとめて、一気に安堵したような様子を見せた。
それに、どうやら記憶障害とかはなさそうだな…と思いつつ
「義勇…俺のこと、わかるか?」
と、聞いた瞬間、義勇のまるい大きな目からぶわっと涙が溢れ出て
「錆兎…錆兎っ!!!」
と、自分の名を呼びながら、すがるように手を伸ばしてきた。
そんな嫁が可愛くて愛おしくて、錆兎も胸がつまる。
「良かった…。
義勇が無事で本当に良かった…」
と、伸ばされた手を片手で握り、もう片方の手で頭を撫でてやった。
少なくとも今じぶんは義勇に必要とされている。
求められている。
もうこのままでいいじゃないか。
父親のことなんて言わなければいい。
あれは単なる不埒な誘拐犯ということにしておけば幸せな生活は保たれる…
そのとき心の中で悪魔がそうささやいた。
だが、義勇がくすん、くすんと泣きながら、自分を撫でる錆兎の手に本当に信頼しきった様子ですり寄ってくるのを見て、胸の痛みを感じつつも思う。
ダメだ…信頼を裏切るべきじゃない。
どうしても手元に置きたいなら、全て…自分に不利かもしれないことも全部話した上で交渉すべきだ。
一過性のどうでもいい関係じゃなく、これからずっと守って慈しんで生きていくということはそういうことだ…
不安で心臓がどきどきする。
それでも言わないという選択はしてはならない。
そう決断して、錆兎は
「あのな…聞かせてほしいことがあるんだが…」
と、口をひらいた。
そして、
錆兎が戻ったら義勇が拉致されていたこと。
なんとか見つけて取り戻したが、誘拐犯たちは義勇の実父の依頼だとくちにしていたことを告げると、義勇はなぜか青ざめた。
…これは…どういう意味で青くなっているんだ?
自分が不安を見せると義勇も不安に思うだろうとあくまで表にはださなかったが、錆兎の方もその反応に不安が広がる。
だがすぐに判明した。
義勇は力なく肩を落として、
せっかく楽しかったのに…
映画館もショッピングも、すごく楽しみにしていた。
楽しい一日になるはずだった……
せめてこの一日だけでも楽しい時間を過ごしたかった。
どうせ捨てられるんでも、楽しく幸せな思い出くらいほしかった。
とポロポロと溢れる涙をごしごしと手の甲でぬぐいながら、子どものようなたどたどしい口調で言った。
これは…帰りたいと思ってないってことだよな?!
と、そんな悲しさに泣く義勇を見て、錆兎は逆に浮上する。
もちろん可愛い可愛い小さな嫁を悲しい気持ちのまま放置なんてさせるつもりは毛頭ないので、錆兎はこれからたくさんあるであろう記念日をずっと義勇と過ごしていくつもりで、そのために義勇を守りたいことを告げた。
それを聞いたときの義勇と来たら、本当にびっくりした様子で、ソーダキャンディのようなまんまるのブルーアイがさらにまんまるに見開かれる。
本当になぜ錆兎がこんなに可愛い嫁を手放したいと考えているなんて思うのだろう。
とりあえず義勇にしては災難だったのかもしれないが、錆兎にしてみれば、嫁と楽しい生活を送るための当面の敵が明らかになり、そして、嫁自身がすべての事情を知っている上で自分と一緒にいたいと思ってくれているとわかっただけで、初デートはかなりの成果があったと思う。
まあこんなにいっぱい悲しい思いをしてこんなにいっぱい泣いたお嫁さまは可哀想なので、嫌な思い出だけの日にしないようにと、錆兎は宇髄に電話をかけた。
目的は美味しい料理と可愛いデザート満載で大人気の、なかなか予約が取れないビュッフェ。
そこは宇髄の会社が経営するホテルのものなので、社長権限で一発予約だ。
普段はなるべくそういうコネは使わないようにしているが、今日は特別だ。
こうして義勇が幸せそうな顔で可愛らしいデザートを満喫するのを堪能して、すっかり浮上したお嫁さまと帰宅。
さすがに疲れたのか、隣ですぐ、クゥ~クゥ~と寝息をたてている義勇を横目に、せっせと根回しに勤しみ、あとは返事待ちということで明日の自分になげることにして、錆兎も嫁をかかえこんで、眠りについた。
明日からはきっと戦争だ…。
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