「はい、シザンサスです」
ブレイン本部でイヴィルの遺体から取り出した細胞の分析報告に目を通していたシザーは珍しい人物からの電話に少し驚いた。
「ああ、昨日の一件で思ったんやけどね、医務側としては体だけじゃなくて精神面のケアの方もな、ちょい考えていきたいんで、そのあたりのご意見を少しと思うて」
「そうですか。お役に立てるかどうかわかりませんが、とりあえず伺いますね」
言って電話を切る。
「スターチス君、僕でかけるから何かあったら携帯にお願い」
そう言って立ち上がると、スターチスは思い切り渋い顔で
「駄目です。仕事して下さい」
と言う。
「やだなぁ。仕事だよ?
医務から電話でジャスティスのメンタルケアについて話し合いたいって」
シザーが言うと、スターチスは疑ってかかるが
「本当ですか?」
と言う言葉に
「嘘だと思うならレン君にかけて聞いてよ」
とシザーがいうにしたがって本当だと納得したらしい。
「いってらっしゃい」
と小さく手をふった。
堂々と本部をでて鼻歌まじりのシザー。
別に医務室が楽しい訳でもないが、日々座りっぱなしで種子がどうのイヴィルがどうのと暗い報告ばかり受けていると、たまには外にでたくなる。
帰りにはまたフェイロンを誘ってお茶でもして帰ろうか、などと思いつつ4区に向かった。
「こんにちは~」
とシザーが機嫌良く医務のドアをくぐると、レンはついたての中から
「はい、こんにちは」
と出てくる。
「あれ?誰か怪我でもしてるの?昨日の二人はもう治ってるんだよね?」
と、シザーはついたての向こうをちらっとのぞいて、次の瞬間青くなった。
「姫ちゃん...どうしたのっ?!」
ついたてに囲まれたベッドには白く細い腕に点滴をつけたなずなが横たわっている。
「ん~、まあ患者のプライバシーやさかいな。あんまり言わんといてな。
まあでも1週間ほどは安静にさせたいんで、仕事も雑用もふらんといてもらえるとありがたいんやけど...んで、本題のメンタルケアについてなんやけど...」
あえて確信に触れずシザーをついたてから追い出し、レンはテロテロと当たり障りの無い話を始める。
シザーに表面的な話をきき、当たり障りの無いメンタルケア案などを提示したところで、レンは
「ああ、もうこんな時間やね。じゃ、この話はこんな感じで」
と切り上げた。
そしてソワソワと後ろを気にするシザーに
「あ、せや。
シザーはん本部戻るんならちょっとフリーダムよってタカに検査終わったって伝えてもらえる?」
と声をかける。
「ええ、それは構いませんけど...何の検査です?姫ちゃんどこか悪いんですか?!」
シザーが青くなっていうのに、レンは難しい顔で首を振った。
「いや、プライバシーやさかい患者の情報はもらせへんし。
あ、でもメンタル面の事もあるしタカも1週間ほどお休みやってくれへん?
仕事も雑用も人間関係のゴタゴタもノータッチで二人きりですごさせてやりたいねん」
レンの言葉にシザーはますます青くなる。
「はい、わかりました。そうします」
うなづいてシザーが医務室を出て行くと、レンはにやりと笑いを浮かべた。
「ま、嘘はついてへんよ、嘘は」
1週間の絶対安静...二人きりですごさせてやりたいって...一体何があったんだろうか...。
なまじ情報量が多いシザーの頭の中を悪い想像がクルクル回る。
そしてフリーダム本部につくと、それを裏付けるように血の気のない、あきらかに様子のおかしいひのきが落ち着かない様子でフェイロンに引き止められていた。
「ひのき君...姫ちゃんどうしたの?」
思わず聞くシザーに
「医務室行ったのか?!レンは何か言ってたか?!」
とひのきはこれまで見た事もない、何かに怯えたような動揺した様子でシザーに詰め寄ってくる。
「うん...別件でね。
で、帰り際に検査終わったって君に伝えてくれって言われたんだけど...」
シザーの言葉にひのきは物も言わずにフリーダム本部からかけだしていった。
その様子にさらに不安を募らせるシザー。
「フェイロン、姫ちゃん何があったの?点滴とかしたまま寝かされてて、かなり具合悪そうだったけど...」
シザーの言葉にフリーダム部内が悲鳴に近いざわめきに包まれる。
「姫どこか悪いんですかっ?!!」
「具合はどうなんです?!」
「それでひのきがあんなに真っ青だったんすか?!」
「命に関わるとかじゃないっすよね?!!」
あっというまに部員達に囲まれるシザー。
「いや、僕も聞いたんだけど教えてくれなくて...」
と答えると、
「聞いてきますっ!」
ときびすを返しかけるものがでてきて、そこでようやくフェイロンが重い腰をあげた。
「待てっ!大勢で押し掛けたら邪魔になるっ!
俺があとでタカに聞いて報告してやるからとにかく今は仕事しろっ!」
フェイロンの一喝で部内がシンとした。
部員がソロソロとそれぞれ席につく。
「フェイロンも...知らないの?」
シザーが聞くとフェイロンは
「知らん。あんな状態のタカに話を聞けん」
とムスっと答えた。
「レン!どうだった?!!」
一瞬で医務室までたどりつくと、ひのきはそう言って中にかけこんだ。
「ああ、タカぼん、おかえり~」
レンの声がするついたての中に入ったひのきは、ベッドの中で点滴をつけて寝ているなずなを見て硬直する。
「お、おい、平気か?!」
膝から崩れ落ちそうになるひのきをレンは椅子から立ち上がってあわてて支えると、自分が座っていた椅子に座らせた。
「...やっぱり...かなり悪いのか?...命に別状は?死んだりしねえよな?!」
ひどく震えて聞くひのきに苦笑して、レンはポンポンとその肩を叩いた。
「大丈夫、昨日のゴタゴタでちょっと疲れて気弱になっとっただけや。心配いらん」
「ほんとに...か?」
「ああ。ちょっと疲れ気味やったさかいな、休んでもらえるように睡眠導入剤飲ませてブドウ糖点滴しとるだけや」
レンの言葉にひのきは両手で顔を覆って深く深く息をついた。
「そっか......。」
それだけ言うと、それ以上言葉のでないひのきにレンは言う。
「ま、これ見てブレイン本部長殿が勘違いしてくれたさかいな、お前となずなちゃんと二人揃って1週間休暇貰える事になったから。
その間は仕事も雑用も人間関係のゴタゴタも回ってきいひんから二人でまったりするとええわ」
「レン...ホント感謝する」
「ええって、ええって。他の大人はみんなお前らにおんぶにだっこやしな。
俺にだけは安心して頼ってええからな。
医務は他の部署とのしがらみもないしな。なんも遠慮する事あらへんで」
レンはそう言ってもう一つ椅子を引っ張って来てそれに腰掛けた。
「それよりな、少し俺もなずなちゃんと話してみたんやけどな、この子はいままでいっぱい身内無くしとるからな、それがいっちゃん怖いみたいやねん。
今もお前に何かあるのをすごい怖がっとるから。それだけは忘れんといてやってな?
それさえクリアだったら、どんな苦労でも平気な芯の強い子やで。
今時珍しいええ子やからな、大切にしてあげないかんで」
レンが言うとひのきはうなづく。
「俺は...なずながいる限りつぶれねえし死なねえから」
ひのきの言葉に
「ああ。それはちゃんと言っておいたからな」
とレンはニコニコとうなづいた。
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