ファントム殺人事件クロスオーバー_06

一応…ミスコンはさすがに中止になった。
開校以来続く伝統イベントを自分の代で途切れさせるのは気がひけなくはないが、仕方ない。

「ミスコン…中止になったのはいいが、毎年その年のミスコン優勝者がやる表彰とかはどうすんだろうな…やっぱり会長か?」

毎年やはり恒例の兄弟校生徒も参加しての剣道、弓道、馬術の試合の各優勝者には、最終日にその年のミス海陽から表彰状とメダルの授与があるのだ。

それがこの男ばかりの世界に少しばかり華を添えたりしていたのだが…。
生徒会長とはいえ、男にもらっても嬉しさ半減だろうなぁと錆兎はまたため息をついた。

「あ~、それは和馬さんが考えてるみたいですよ、色々」
相田はそう言うと、また呼び出されてどこかへ消えて行った。


そして当日…ユートが例によって鬼のような数の女子高生を連れて来たが…そのほとんどがつくなりワ~っとどこかへ消えて行く。

「なんなんだ?」
驚く錆兎にユートはニカっと笑った。

「いやいや、あの日さ、かなりの子が海陽の彼氏をげつしてきたらしいよ。女強いよなw」
「そう…なのか」
まあ…良い思いをしてくれた生徒もいるらしい。
悪い事ばかりじゃなかったのかと錆兎はホッとした。

「ミスコンは…中止になったんだって?」
錆兎と並んで歩きながら聞いてくるユートに錆兎は少し俯き加減に少し沈んだ笑みをもらした。
「開校以来の伝統だったんだが…ま、しかたないだろ。
あんな事があった中で海陽祭中止にならなかっただけでも快挙だ」
「ん~まあねぇ。でもさ、俺ら…っつ~か、アオイか。悪運強くね?」
少し沈みかける錆兎にユートがサラっと話題を変えた。

「考えてみれば今まで5回もの殺人事件に巻き込まれてさ、実は一回置きに誘拐されてんだよな、アオイって。
それで今まで無傷って…マジすごい!」

言われてみれば…
「それすごいなっ!」
錆兎も驚いたように顔をあげた。

確かに…毎回何か重要な場面に居合わせるアオイだが、3回誘拐もすごければ3回とも無傷はもっとすごい。実は義勇以上に幸運娘なんじゃないだろうか…。


「その理屈でいうと…次は誘拐なしか」
二人の後ろから声がする。
「和馬~またお前そういう不穏な発言を…。
次とか言うな次とかっ。もう殺人事件はごめんだっ!」
クルリと錆兎は和馬を振り返ってピシっと指をさして叫ぶ。

そんな錆兎に和馬はニヤリと笑って
「5度ある事は6度目もあるぞ、きっと」
と言うと、
「まあ…せいぜい何かあった時の協力者増やして来い!
剣道の試合でお前呼ばれてるぞ。
相田が発案で”優勝者”vs会長様の特別イベントだそうだ」
と、体育館を指差した。

今年は…まあ少しでも意識して盛り上げないとなので仕方ない。
錆兎は諦めてユート達と分かれると体育館に向かった。

「おお~カイザーだっ!」
入るなりいきなり沸き立つ生徒。
道場中央にいるのは兄弟校の生徒なので、今年は優勝は持って行かれたらしい。

「みなさん、お待たせしました!
今年は優勝は海陽日吉に持って行かれましたが、海陽の代表にして帝王、生徒会長の鱗滝を連れて参りましたので、ここで雪辱をかけて一戦交えたいと思います。
非公式イベントなので最初に一本取った方の勝利ということで行います」

マイクを持ってかけよる相田。
その間にもワラワラと生徒が来て防具やら竹刀やらを用意して行く。


「錆兎さん、すみません。とりあえず今年はミスコン中止になった分、盛り上げて行かないとなので」
と、それはマイクをオフにして相田は錆兎にささやいた。

群を抜いた美形の生徒会長の登場に、海陽の生徒のみならず、会場の女性達が歓声をあげる。
その盛り上がりは錆兎が綺麗な面を決めた時点でまた大きくなった。
カリスマ生徒会長の面目躍如である。

そこで盛り上がる会場に軽く手を振ると、また今度は別のイベントへのゲストで呼ばれて行く錆兎。
どうやら和馬もそんな感じであちこちを回っているらしい。
「愚民共のお守りも楽じゃないな…」
と、すれ違い様に錆兎につぶやくが、それでもきちんとイベントの盛り上げに貢献している。

本当に一所にジッとしている時間がほぼなく、相手をきちんとできないのは目に見えているので義勇やアオイを呼ばないで良かったなと錆兎は思った。


そして一日目終了。
生徒会室へと戻った役員達はド~っと椅子へと倒れ込む。

「あ~疲れた~。人気者はつらいな」
和馬が椅子に逆向きに座って背もたれを抱え込みながら大きく息を吐き出した。

「まあ…うち(海陽)は他の学校よりかなり生徒会を神格化してるところありますからね~」
同じ様に走り回って疲れているはずの相田は意外に元気で、そんな和馬の前にコーヒーを置く。
それをすすりつつ、和馬は錆兎をふりかえった。

「明日はラストで表彰式な。
一応…俺が先に今回毎年恒例のミスコン流れた事情とか説明するからその後に衣装着て颯爽と登場しやがれ」
和馬と同じく相田がいれてくれたコーヒーを飲んでいた錆兎は、その言葉に思わず口に含んだコーヒーを吐き出しかけた。

「衣装って…」
青ざめる錆兎。
その反応に満足げにうなづく和馬。
「覚悟しとけ。明日渡してやる」

「そんなん…着ないとだめなのか?」
おそるおそるお伺いをたてる錆兎に和馬はきっぱりと言い放った。
「いくらカリスマ生徒会長様といえど、ただの制服着た野郎に表彰されても面白くなかろう?」

まあ…それはそうなんだが…。
がっくりと机につっぷす錆兎に、和馬は楽しげな笑い声をあげた。


翌日も一日が忙しくすぎていった。
そして夕方、錆兎が重い足取りで生徒会室のドアをくぐると、おおはしゃぎの相田と佐藤の声が聞こえる。
一体何を着させられるんだ…と、それでも諦めの境地で前方に目をやると、相田が軍の礼服のような衣装を手にかけよってきた。

「大正10年開校当時の生徒会長の儀礼服のレプリカだ。
当時は良家の子弟のみ入学を許されていて、さらにその頂点にたつ生徒会長ともなるとものすごいステータスだったらしいぞ。
で、当時は通常時に着る学生服とは別に特別な時に着る儀礼服があったんだ。
俺が着ているのは同じく副会長の儀礼服のレプリカ。相田と佐藤のは一般生徒のな」

黒地に金の飾りがついた会長用とデザインはほぼ同じだが、金の部分が銀の飾りの仰々しい服を身につけた和馬が、そう説明をする。

「今年は伝統の行事ができないということだから、むしろ初心に返って伝統を作ると言う意味で開校当初の出で立ちを用意してみた。
”伝統を守れなかった生徒会”なんて汚名はまっぴらごめんだ。
むしろそれなら”伝統を作った生徒会”として歴史に名を残してやる。
だからお前もちゃっちゃと着替えろ」

なるほど…一応ただの仮装ではなく、深い意味があったのか…。
和馬の知識と発想に感服する錆兎。
もちろん即着替えをすませた。

いつも思うのだが…みんな自分をすごいと讃え、自分には敵わないというのだが、こんな発想がでてくる和馬の方がよほどすごいのではないだろうか。

錆兎が着替え終わると、生徒会役員全員で表彰を行う体育館に向かう。
すでに広い体育館には生徒はもちろん、OBや兄弟校の学生なども来ていて満員御礼だ。
錆兎はため息をついた。
生徒会長になった時点で仕方なく何度かはやってみたものの、人前での演説に近い挨拶は苦手だ。

「まあ…苦手なものは得意な者に任せるのが一番だ。
お前はしゃべらんでも他がどんなに努力しても得られんカリスマ性、華がある。
しゃべりは俺に任せて堂々と振る舞え」
ポンと錆兎の肩を叩いて和馬が壇上へと向かった。

割れるような拍手。
それに軽く頭を下げると、和馬は前を見据えてよく通る声で話し始めた。

「生徒諸君!OBの方々!まずは残念な報告があります。
今年は海陽祭準備期間中、当校の物理学教師黒河達治先生、そして開校以来の伝統行事ミス海陽コンテストに出場して下さるはずだった前野美沙さん両名が殺害されるという大惨事に見舞われました。
ここでお二人の冥福を祈り、全員による黙祷を捧げたいと思いますので、全員ご起立をお願いします」
その言葉に全員が起立をすると、和馬の
「黙祷!」
の号令で全員目をつむり、黙祷をささげた。

そしてしばらくのち
「ありがとうございました。着席願います」
と、和馬が指示し、全員また着席をする。

その後和馬は某財務省職員のOBの私的なトラブルで前野美沙を殺害、そしてたまたま状況的に巻き込まれた黒河に罪をきせて殺害した旨を説明した。

「今回の事は当校OBによる不祥事です。許されざる罪悪!消しようのない汚点です。
ではそのような不届き者一人のために海陽は地に堕ちたのか?!否!!
実は今回の卑劣にして難解な事件を解決したのもまた、我が校の誇る偉大な先輩である警視庁の加藤大悟警視と、他ならぬ現生徒会会長鱗滝錆兎なのです!

俺は生徒会副会長としてではなく、海陽学園の一生徒として二人を誇りに思います!!
不届きな犯罪者によって破壊された海陽の誇りはいま、二人の海陽の意志を強く継いだ英雄によって新たに築かれたのです!!」

サッと右手を横に振り払うような動作と共に強い口調でそう言いきった後、和馬がそこでいったん言葉を切ると、会場内は誰からともなく立ち上がり、割れるような拍手で包まれた。

「すごいな…和馬。本当に海陽の歴史に残りそうな演説だ…」
錆兎は隣に控える佐藤にコソコソとささやき、佐藤はキラキラと目を輝かせてウンウンとうなづいた。
その拍手もなりやまない中で、和馬は再び声をはりあげた。

「今年は長年に渡り先輩諸兄が培われてきた誇りが壊され、そして現在の在校生一同により新たに作り出される年になりましたっ!
生徒会役員一同、本日は初心に戻り新たな海陽に相応しい誇りと伝統を作ろうとその思いを胸に、こうして開校当初の生徒会役員の儀礼服を身につけ、皆様の前に立たせて頂いております!」

そこでまた
「おお~」
という歓声があがる。

「そういう事情により、毎年行われて来たミス海陽コンテストは本年度よりいったん廃止させて頂く事になりました。楽しみにしていて頂いた皆様には大変申し分けない!
ただし…ミス海陽による表彰はさせて頂きます」
ニコリと言う和馬に会場はざわめいた。

「どういうことだ?」
錆兎もわけがわからず隣の佐藤に聞くが、佐藤もフルフルと首を横に振る。

「みなさん…そもそも”ミス海陽”とはなんでしょうか?」
ざわめく会場に構わず和馬が話を進める。

「”容姿のみ”しか知らない他校の女生徒を集めて人気投票で選出する…それが果たして海陽を代表する女性と言えるのでしょうか?
”ミス海陽”と対になる”ミスター海陽”、それはまぎれもなく学力、身体的能力、人格に優れた人物として全校生徒に選出をされた生徒会長であると、私は考えます。
その全てにおいて優れた人物である生徒会長が己のパートナーとして選んだ女性、それが”ミス海陽”に相応しいのではないだろうかと、私の独断と偏見で、今年は会長である鱗滝のパートナーに”ミス海陽”としての役割を担ってもらおうと、招待いたしました」

ええ???
驚く錆兎。
そんな事は一言も聞いていない。
隣の佐藤を振り返るが、佐藤もブンブンと首を横に振った。
しかしそこへ、いつのまにやら消えていた相田が義勇をエスコートして連れてくる。

「錆兎さん…姫様をエスコートして壇上へ」
小声で言う相田。

レースをふんだんに使ったふわりとした青いワンピース。
それは普通に義勇の私服なんだろうが、お姫様然とした義勇をさらにお姫様っぽく見せている。

本気で寝耳に水。何も聞いてなくて戸惑う錆兎だが、そこで逃げたら大騒ぎだ。
仕方なしに義勇をエスコートして壇上へ。
後ろにはスクリーンが出て、その二人の様子を映し出した。

「現海陽生徒会長、鱗滝錆兎と、私立聖星女学園3年の冨岡義勇さんです。盛大な拍手を!」
和馬が片手をあげて叫ぶと、会場から歓声と共に割れる様な拍手がおこる。
まあ…二人ともスクリーンから飛び出してきたようなありえない美形なので、これ以上なく華はある。
ため息とも歓声とも取れる声が会場内にこだました。

「冨岡さんはミス聖星にして中等部時代は学園祭でジュリエットを演じた事もある、鱗滝が日々学校の通学時など大事に大事に護衛している鱗滝の交際中の女性です。

鱗滝は頭脳明晰スポーツ万能なだけでなく、そんな風に一人の女性を大切にしている一面もある人間なので、出来る人間ではあっても今回の勉学だけに特出しているような歪んだ人間には決してなりません。

勉学もスポーツも、そして人間性も、どれも同等に磨いて行く、これを新しい海陽のスタイルとして生徒会役員一同、今後より一層の努力を重ね、生徒の模範となるよう精進を積み重ねて行きたいと思いますので、皆様にもこれまでに変わらぬ支援をよろしくお願い致します」

その後和馬は今回の事件解決の立役者として加藤を紹介。
壇上に上がってもらい、言葉をもらう。
また割れる様な拍手と歓声。

「海陽!海陽!」
というコール。
異様な盛り上がりを見せる場内。

OBによる殺人事件と言う不祥事のマイナスイメージは、また別のOBと現生徒会長が見事事件を解決したことで完全に払拭され、今回の事件は海陽の歴史の中のさらに輝かしい1ページとして残りそうだ。
その汚点を見事に誇らしい歴史に変えた真の立役者は実はこの優秀なプロデューサー、生徒会副会長であることは、祭り上げられている当人、生徒会長の錆兎以外は気付かない。

そして表彰式。
和馬が渡す賞状を生徒会長の錆兎が読み上げ授与、義勇がメダルを入賞者の首にかけていく。
それが終わると生徒会長の挨拶。そしてラストに学園長の挨拶で〆。
こうして波乱に満ちた海陽祭が終わった。


「あ~全部が終わったな…」
事後処理を終え、生徒会室に帰ると和馬が椅子の上で伸びをした。

「これで…生徒会の仕事もほぼ終わりか…。
この部屋ともあと半月ほどで別れる事になるな」
「寂しい…ですか?」
和馬らしくない少しセンチメンタルな言葉に、相田は少し微笑んで言う。

それに対して和馬は一瞬嫌な顔をして、しかしすぐ
「いや、せいせいする。生徒会なんてやってるのは内申のためだしな」
と、いつものポーカーフェイスに戻った。

内申のためだけにしては随分と裏方に徹して活躍したものだ…と、その素直じゃない和馬に対して相田は思ったが、そんな事を口に出したら蹴りが飛んで来るのは目に見えているので黙っておく。


「俺も…女作っとくかなぁ…」
そして突然のつぶやき。
「唐突…ですね」
目を丸くする相田に、和馬は机に足をのっけて頭の後ろに手をやった。

「一人作っておけば便利じゃないか?
下手にフリーでいて変な女にひっかかって殺人なんて事態も避けられるし。
それなりの女作って”大事にしてるふり”しとけば、愚民共は親しみ感じてよく言う事きくようになるからな」

「もう…誰の事言ってるんですか」
相田の脳裏には言うまでもなく自分達のボスの顔が浮かんでいるわけだが…それもあえて言わずに苦笑するにとどめる。

そこで唐突にガラっとドアが開いた。

「お邪魔するね~。ちょっと聞いて良いかな?」
入って来たのは少しの癖もない長い黒髪をたなびかせた美女。

「あ、はい。何かお困りですか?」
一応まだ校内に残っている来訪者もいるので、相田は仕事に戻って言う。
「うん…ちょっと人探してて…」
誰かに似ているその美女は、そう言ってふと和馬に目を留めた。

「そこの青少年!机に足を乗せない!だらしない!」
ツカツカと歩み寄ると、美女は有無を言わさず和馬の足を机から払いのける。
ぽか~んと惚けて美女を見上げる和馬。

誰かに…そう、この妙な潔癖さは誰かに似ている…。


「錆兎?」
なんとなく口をついて出た和馬の言葉に、美女はきょとんとした目を和馬にむけた。

「あ~、そう。どこにいるか知らない?青少年。
後片付けで遅くなるからって姫を預かる約束してるんだけど…」
「鱗滝の…お姉さんかなにかで?」
「ん。まあそんなもん」
うなづく美女に、和馬は立ち上がった。

「たぶんまだ体育館でOB連中に捕まってると思うので、案内します」
「お~、ありがと~」
そして美女と共に消えて行く和馬。


「錆兎会長って…一人っ子じゃなかったっけ?」
それを不思議そうに見送って言う佐藤に相田はうなづいた。
「まあ…それもそうなんだけど…。
”あの”和馬さんが俺らいても自ら足動かすって方が謎かも…」
「ああ、そりゃそうだな。
錆兎会長は何でも自ら動く人だけど、和馬さんは人使い荒いもんな」

和馬に日頃から使いっぱ1号、2号と言われている2年生コンビはそんな話をしながら、珍しく上二人がいない生徒会室で、久々にゆっくり茶飲み話にいそしんだ。


「こんなところにいたか、弟よっ!」
体育館にて。
ようやくOBを振り切った錆兎の背中を後ろから叩く人影。

「あ~、藤さん、丁度いいところに。」
錆兎は振り返ってその人物を認めると、微笑んで言った。

風早藤。聖星女子大の3年生。義勇の先輩、ユートの姉遥の友人だ。
風早財閥の一人娘にして跡取りで、錆兎達が遭遇した2番目の事件で、錆兎と一緒に事件解決に奔走した人物でもある。

藤は女性ながらも幼い頃から財閥の跡取りとして日夜学問と護身術を叩き込まれて来たというのが、理由の違いはあるものの錆兎と一緒で、その高すぎるスペックゆえ同年代の人間が近づきにくいために人間関係に慣れてなくて不器用と言うところまで、まるで姉弟のように錆兎とそっくりなのだ。

そんな二人は事件後も他人に馴染みにくい二人にしては珍しいまさに姉弟のように気楽な間柄として連絡を取り合っていた。


「今ようやく接客終わってこれから生徒会に戻りなんで、ぎゆう預けていいです?」
義勇が中等部時代ジュリエットを演じた時のロミオ役で、義勇とも旧知の仲で、しかも多少の不逞な輩が出てもはり倒せる程度の強さも兼ね備えているので、義勇をいきなり呼び出されたために送る手段を考えていなかった錆兎は迷わず藤に連絡を取ったのだ。

ユートでも良かったのだが、おそらくユートは自分が連れて来た女性陣を自宅に送り届けるので忙しいだろうと思い、そうすることにした。


「藤さん♪お久しぶりです~」
錆兎の側を離れて藤に抱きつく義勇。
「姫、相変わらず可愛いね~」
と、それを抱きとめる藤。

「錆兎…お前、姉貴なんていたんだな」
そんな二人を遠目にみながら、和馬は一歩錆兎に歩み寄った。
そこで錆兎はようやく和馬に気付く。

「ああ、和馬が案内してきてくれたんだな、悪かった。相田とかいなかったのか?」
相田はいたのだが自分が…というのはあえて口にせず、和馬はただ
「いや、まあ暇だったからいい。それより…そっくりだな、姉弟」
とだけ言った。

そっくり…なんだろうか…。
二人とも凛とした感じで似た系統の端正な顔立ちではあるが、そっくりとまではいかない気がする…と錆兎は思う。

まあ…性格が似ているから雰囲気も似て来るのだろうと
「そうか?」
とだけ返しておく。
肝心な所を修正するのをすっかり忘れているのが、今回疲れきっている証拠か。

とりあえず疲労で色々頭が回らない錆兎だが、それでも
「じゃあそういうことで…姫お願いします、藤さん」
と、キチンと背筋を正して藤に向かって頭を下げた時、藤は
「あ、そうだ、例の事わかったよ」
と、ふと思い出して口を開いた。
「ホントにわかったんですか?」
半分期待せずに頼んでみた訳だが…と錆兎は驚きの声をあげる。

「ふっふっふ。聖星内の人脈の広さに置いては他の追随を許さないと自認してるよ」
得意げに言う藤。
「さすがです…」
もう感心するしかない。
聞いた事は…もう20年近く昔の出来事だ。本当にわかるとは…。

「有名人だからね、蔦子さん。シスターも記憶してたし。
うちの生徒の親も聖星多いから、同級生や下級生の親関係からも情報あってね。
”ファントム”の正体ははっきりわからないものの、どんな人物かとか何があったかは調べがついたよ。なんと…当時の新聞部がこっそり激写した写真とかもある」

「それは…すごい。今持ってます?見せて頂けますか?」
「ほらっ。これ」
藤はピっとジャケットのポケットから人差し指と中指で一枚の写真を取り出して錆兎の前に差し出す。

錆兎はその写真を受けとると
「…これは…」
と硬直した。

「どうした?錆兎」
と、駆け寄って写真を覗き込んだ和馬も硬直する。

「…この人は…”ファントム”は一体何をしたんですか?」
写真を覗き込んでいた顔を上げて、錆兎は藤に聞いた。

「ん~、単なる1ファン?
たださ、数回に渡って届けられたサギソウの花に必ず添えられていたカードの内容が
”私のクリスティーヌへ、夢でもあなたを想うファントムより”
でね、ちょっと話題を呼んだらしいよ。

当のクリスティーヌの蔦子姫は普通に綺麗だからってそれを飾ってたらしいけど、周りが気味悪がってね。彼女を一人にしないようにすごい物々しい警戒体勢取ったらいつのまにか届けられなくなったんだって。」


「なんだか…悲しい話だな。
”ファントム”は別に危害を加えようとかいうわけじゃなくて…見返りすら求めてなくて…単に好きになった相手に花を贈りたかっただけかもしれないのにな…」

錆兎は少しうつむいた。
相手に想われないなら、ソッと花を贈るのすら許されないんだろうか…。

「あのさ、ぎゆう、ちょっと待っててくれ」
錆兎は言って体育館の壇上へかけあがった。
そこでは閉会式の飾りを片付ける学祭の実行委員達が立ち働いている。

「あ、三鷹、悪いんだけどさ、この花少しだけもらっちゃだめか?」
丁度同級生で実行委員長の三鷹の姿をみつけて、錆兎は声をかけた。

「ああ、鱗滝さん、姫様にプレゼントですか?
どうせあとは処分しちゃうだけですから、お好きなだけどうぞ」
にこやかに了承する三鷹に礼を言うと、錆兎はその中から水芭蕉を1本抜き取って義勇達の元へ戻った。

「これ…持ってくれ」
差し出された花を不思議そうに受けとる義勇。
「ミズバショウ…ですね。花言葉は…”美しい思い出”」
「…うん。」
錆兎はそのまま先に立って歩き出す。

体育館を出て校庭を横切り、一本のイチョウの木の下。

「ここは…亡くなった先生が発見された場所?」
やっぱり不思議そうに首をかしげる義勇に錆兎は
「花…そなえてあげてくれ…」
と言う。
その言葉に義勇は黙って一歩踏み出すと、木の根元にそっと水芭蕉を置いて、小さな手を合わせた。


「あれ…黒河先生…だよな?」
義勇と藤が帰った後、生徒会室へ戻る道々和馬が聞いて来た。
藤の写真に写っていたのは中年の男。
少し悲しげな…でもその感情とは対極であるはずだが、少し幸せそうな表情で、物陰にソッと立って何かを…おそらく高校生時代の蔦子をみつめている。

「いや…あれは”ファントム”。それ以上は追求しないのが思いやりってものだろ…」
錆兎の言葉に、普段は皮肉で返してくる和馬が珍しく
「そうだな…」
と同意した。

20年ごしの悲しい男の思いが本人の意志に反してこれだけの波紋を呼んだわけだ…。
”ファントム”…それはたまたま想い人が非常に幸運にも自分に微笑みかけてくれた少数の男以外が誰しもなる可能性のある、悲しい男の姿である。
せめて最後に身代わりとは言えクリスティーヌに一輪の花を贈られて、成仏できただろうか…。

錆兎は現在の自分の幸運と幸せをかみしめつつも、何かもの悲しい思いで、廊下の窓からイチョウの木の下に添えられた水芭蕉の花に目をやって、おおきなため息をついたのだった。







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