人魚島殺人事件C12_死の乾杯

斉藤に継いで淡路もいなくなった…。
昨日の夜に空想した事が現実になった事に、水野は喜びよりも恐怖を感じた。

まさか…本当に自分の思いが現実となって人間を殺したとかじゃ…そんなありえない馬鹿馬鹿しい想像が脳裏をしめる。

そこでまた恐ろしくなって成田に目をやった。
別に自分に注意を向けている様子はない。
昨日とはうってかわった穏やかな様子で別所と話をしていた。
彼が糾弾の目で見ていないという事は自分のせいではないのだ、と、水野はホッとする。

緊張の連続でなんだか疲れた…。
淡路のように何も感じなくなってしまえば楽なのでは…と、一瞬思って、すぐゾッとしてそれを打ち消す。

今のところ自分がこうなれば…と考えた様に人がいなくなっている…。
そんな事を考えたら次は自分が……。

「水野さん…」
不意の隣で声がして、水野はビクっと身をすくめた。
「あ…平井…さん」
「大丈夫?真っ青だけど。
まあ…友達がああなって顔色良かったらどうかしてるとは思うけどね」

一応心配して声をかけてくれたのだろうが、はっきりした物言いをする平井はどうも苦手だ。

水野はそれでも
「ええ、ありがとう。大丈夫」
と、曖昧な笑みを浮かべた。

「一人つらければ…風早さんにでもくっついてれば?
とりあえず一番色々な意味で便利そうだし」
平井の言葉に水野は複雑な表情でまた笑みを浮かべる。

「えと…私風早さん怒らせちゃってて」

「なら余計でしょ。飲み物でも持って行けば?
ちょうど他は服の事であっち固まってるし。
金森君ちょっと邪魔かもだけど。
ま、出しゃばるタイプでもなさげだからいいんじゃない?
あなたみたいにおどおどしてられると見ててすごくうっとおしい」

平井の言葉に水野は涙目になった。
確かに自分はおどおどしてるかもしれないが、なんでこの人はわざわざそこまで言いにくるんだろう。

水野はとにかくその場を離れたくて、テーブルの所に置いてあったシードルをひったくるように取ると、そのまま他と離れて話をしている藤と和馬の所に駆け出して行った。


「あ…風早さん…」
一生分くらいの勇気を振り絞って声をかけた水野に、藤は若干固い表情で視線を向けた。
それに苦笑して、和馬が代わりに返事をする。
「どうしました?水野さん」
にこやかに応える和馬に少しホッとしたように水野は俯いたまま
「さっき…義勇ちゃんに全部事情話して謝ってきましたっ。
義勇ちゃん、全然怒ってなくて許してくれて…なんていうか…優しくてっ。
で、風早さんにも謝ろうかと思って」
と、一気に言ってまた言葉に詰まった。

ああ、桜と一緒だなぁ…とそれを聞いて藤は懐かしく思い出した。
彼女達は”悪意”が存在しない別世界で生きている。
”悪意”をもたれた事より”仲直り”が出来た事を喜べる人種なのだ。

「私は…謝られるような事されてないけどね」
と、藤はようやく口を開いた。
見習わなければ…と、微笑もうと務めるが、上手くいったとは言えない。
それでも微妙な微笑みもどきにはなる。

「これ…良かったら」
と差し出されたシードルを藤の側のテーブルの上のグラスに注ぐが、それを藤に渡すと藤がちょっと困った顔をした。リンゴの酒、シードル。

「ごめん。私リンゴアレルギーなんだ。和馬…は未成年だしね。気持ちだけ」
「別に…俺は少しくらい構いませんけど。」
「だめ!法令違反だよ」
こういう所は藤は厳しい。
「固いなあ」
と苦笑しつつ、和馬は
「じゃ、これ俺にも下さい」
と、藤の飲んでいたミネラルウォータのペットボトルを奪い取ってグラスに注ぐ。

「で、乾杯と行きますか。こんな時になんですが」
「和馬…君…ほんっとに上手い…もう高校生にしとくのホント惜しいよ…」
相手に勧められたものを飲めなくてもこういう方法もあったのか…と、本気で感心する藤。

和馬の手からミネラルウォータのペットボトルをまた受けとると、
「じゃ、人間関係の平和的解決に乾杯ということで…」
と言う和馬の言葉で二つのグラスとペットボトルで乾杯をして、そのまま一口口に含む。

しかしゴクリと飲んだ瞬間…赤い液体が水野の小さな唇からこぼれ落ちた。

ほとんど音もなく絨毯の上に崩れ落ちる小さな体。
あちこちで上がる悲鳴。

「動くなっ!みんなそのままでっ!」
錆兎が義勇をユートに預けて手袋を手にはめながら駆け寄ってくる。
「和馬…藤さんは他の人間から離してくれ」
倒れる水野の体を調べながら錆兎が厳しい顔で言った。

「ちょ、どういうことっ?!」
錆兎に詰め寄ろうとする藤を和馬が制する。
「殺人犯が狙ってるのは多分あなただって事ですよ。
誰が犯人かわからない以上、あなたを保護しておくのが一番手っ取り早い」
「なん…で…」
「それがわかってれば多分犯人もわかってて…こんな事になってませんよ」
和馬は言いつつも、椅子を引きずって部屋の端の方へ藤を促した。

「で?錆兎どうだ?そっち」
和馬の声に錆兎が小さく首を振る。
「毒物なのは確かだな。今飲んだ酒か…。
瓶かグラスどっちに入ってたかは調べないとわからん」

「警察に報告1件追加だな。
錆兎、加藤のコネ使っとけば?あいつお前の事お気にだから。
警察来たから安全とは限らんし、ある程度の自由欲しくないか?」
和馬の言葉に錆兎は少し苦い顔をして考え込んだ。

しかし結局
「そうだな。しかたないか」
と、自分の携帯を取り出した。

「夜分遅く申し訳ありません。鱗滝です」
別に電話なのだから姿が見える訳ではないが姿勢を正す錆兎に電話の向こうの相手はいつもの大らかな口調で
『お~!どうした?天才少年。元気か?』
と親しく声をかけてくる。

「はい。俺は元気なのですが…実はまた巻き込まれまして…」
どう切り出していいものかわからずため息まじりにいう錆兎の言葉に
『そいつぁ~すごいなっ!6回目かっ』
と、加藤は心底感心したように言った。

「ね、誰に電話かけてるの?」
不思議そうに聞く遥に、電話中の錆兎の代わりに和馬が答える。
「加藤さんと言う本庁で警視やってるOBです。
錆兎の事が大のお気に入りで警視庁に引っ張りたくて引っ張りたくて仕方ないという人物ですよ」

その言葉に一部青ざめて硬直、一部は
「おお~~~!!!」
と感嘆の声を上げた。

『で?どうした?手でも足りないのか?』
加藤は向こうから切り出してくれる。それに錆兎は、いえ、と口を開いた。

「そこまでは必要ないんですが、一応捜査の邪魔はしないように気をつけますので、捜査にいらした警察の方々に俺の身元の保証とある程度の行動の自由、あと捜査情報の提供をお願い出来ればと…。
もちろん情報漏洩には細心の注意を払いますし、加藤さんにはご迷惑をおかけしないようにします」
錆兎の言葉に電話の向こうで加藤は豪快に笑った。

『何を水臭い事をっ。
東京都内なら俺が言うまでもなく本庁内ではお前有名人だしな。
まあ一応連絡いれておいてやる。任せろ!』
そこで加藤に現場の報告をすると、錆兎はいったん電話を切った。

「とりあえず…淡路さんの時と違って殺人事件確定なので、警察がくるまで現場維持ということで、みなさん部屋の物に手を触れない様に速やかにダイニングへと移動願います」

錆兎が指示をすると、
「なんで…高校生が仕切ってるんだ…」
と古手川が不満げな顔をする。
それに対して藤が青い顔をしながらも言った。

「ここの家主としてね…弟に一任するから。
ま、一応補足しておくと…弟は警視総監の家で育っててね、去年の夏の連続高校生殺人事件の犯人を素手で確保した他、その後私達も一緒だったのも含めて5件の殺人事件を全て解決してみせたという、スーパー高校生なわけで…。
犯人がまだ特定されていない以上、自分が次の犠牲者になる可能性が皆無ではないという現状で、死にたくないなら指示に従っておいた方が賢明だよ」

藤の言葉に
「お~、あの時かっこよかったよなっ!天才高校生!ホレボレしたっ」
と別所がいきなり勢いづく。

「どうせ狙われてるのは風早さんで…犯人は亜美あたりなんだろ、どうせ。そうまで言うなら亜美の居場所みつけろよっ」
それでも少し不満げな古手川に、錆兎は小さくため息をついた。

「もう少し確定できる物が見つかるまで黙っておこうと思いましたが…今回の一連の事件の犯人は斉藤さんではありません。
下手をすると斉藤さんが最初の犠牲者になっている可能性もあります」
錆兎の言葉にその場にいる全員が驚きの声をあげた。

「ちょっと待った…弟、それどういうこと?!どこまで状況掴んでるの?」
藤が目を見開いて聞くと、錆兎は
「まだ推測の域をでないんですけどね」
と苦笑する。

「詳しくはまだ言えませんが、これは最初に拉致した斉藤さんの犯行に見せかけた真犯人の犯行の可能性が非常に高いんです」
「真犯人は…もうわかってるの?」
「まあ…状況的には。ただ状況証拠だけなので物証は警察が来てから協力を求めてということで…」
錆兎は肩をすくめた。

「でも一つだけ重要なポイントを。
斉藤さんが拉致されたタイミングは最初の顔見せをして俺達が部屋に案内された後くらいで…その後水野さんの所に斉藤さんからメールが来てるんですが、これを打ったのはおそらく拉致した斉藤さんから携帯を奪った真犯人。
ということで…その後真犯人は携帯メールを他にも送って撹乱している可能性があります。
もしかしたら淡路さんの不可解な死もそれが原因かもしれないんですが、淡路さんの携帯がみつからないのですでに犯人に処分されている可能性もありますし、警察に通話記録を調べてもらう予定です。
他にも何か送られてる方がいらしたら危険なので申告して下さい。
直接言いに来にくかったらメールか電話でどうぞ」
と、錆兎はその後自分のメルアドと携帯番号を明かす。
もちろん、極々プライベート用のとは別に用意した物だ。

ダイニングに移ってそれぞれテーブルを囲んで座ると、即錆兎の携帯にメールが届いた。
和馬からだ…。

『もしかして揺さぶりかけてたりするか?それとも本当に犯人割れてるのか?』
錆兎はそれにメールで返す。

『俺的に犯人はほぼ確定。
ただ実行するに当たって利用されてる人物がいると思うんでメール待ち。
犯人確定されたら…藤さんへのフォロー頼むな』

『…なんとなく何故犯人なのかはわからんが、犯人はわかった気はするな、その言葉で。
まあ…フォローする心の準備だけはしといてやる』
『さんきゅー』
二人でこそこそメールのやり取りをしている中で、目的の人物からのメールが届いた。
熟読する錆兎。

『確定だ』
とまた和馬にメール。
『了解』
と和馬からメールが返ってくると、錆兎は今度は立ち上がって隣の義勇を後ろから抱え込んだ。
全員がその錆兎に注目する。

ああ、嫌だな…と錆兎は思う。
いつもいつも思うのだが…真実は必ずしも正義とは限らない。
日本国の法を遵守するという意味では正しい事なのかもしれないが、加害者と被害者はいつも紙一重で、被害者は法的には一方的に被害者として扱われるのだが、加害者には加害者の思いもある場合もある。
警察でもない自分がそれを暴いていいものなのか、それが傲慢な自己満足じゃないと言いきれるのか、正直自信がない。
それでも…法を曲げて暴力で解決というのが正しいとは思えない以上、信念に基づいてそれを法にゆだねるべく犯罪を明らかにする、というのが自分にとっての正義ではある。

「さびと、私は信念に基づいて行動するさびとが好きよ?」
感情感知型の彼女はそんな錆兎の迷いを断ち切って後押ししてくれる。
「うん…わかってる。いつもの頼む」
その言葉に義勇は小指をたてた。

「さびと、信念に基づき事件を解明して。できなければ…」
可愛らしいヒロイン役の声優のような声で言って、義勇はそこでいったん言葉を切って錆兎を見上げて…そして天使の微笑み。
「針千本の~ますっ♪」

「よしっ、さんきゅー」
小さく息を吐き出して愛しの彼女にそう小声でささやいて気合いを入れると、錆兎は義勇を見下ろしていた顔を上げた。





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