そして翌日の海陽学園高等部3年A組。
色々助けてももらっている、恩もある。
感情的な部分でも本当に姉のような存在でできれば期待に添えたい所だが…無理だ…。
コウはもうじき夏休みに入る学校で、手慰みに携帯をいじりながらため息をついた。
彼女は中等部の頃には学園祭で聖星女学院の開校以来の伝統であるロミオとジュリエットの劇のジュリエットを演じて大絶賛され、伝説のジュリエットとして名高い。
愛らしい容姿、綺麗なハイトーンの透き通る様な声。
ふんわりとした春風のような空気が彼女の周りには常に漂う。
あの見る者全てを惹き付けてやまない天使のような笑顔の持ち主の誰しもに愛されるお姫様が、自分のように勉強と武道しか取り柄のないつまらない男を選んでくれたのは、本当に奇跡のようだと、コウは日々思っている。
モデルなんかを颯爽とこなせるような男だったらこんな不釣り合い感は感じないですむんだろうな…と、一般人から数万メートルはかけ離れていると思われるほどのイケメンで、都内屈指の名門進学校海陽学園でついこの前まで生徒会長を務めていて、東大に一番近い高校と言われる同校で入学以来毎回トップの成績を収めると言う快挙を成し遂げ、スポーツ万能にして柔道剣道空手の有段者、何故か5回も巻き込まれている殺人事件を全て華麗に解決してみせ、学内ではカイザーと敬われ半ば神格化されているという、この高すぎるスペックに対して異様に低い自意識の持ち主であるコウは、教室の自分の席で大きく肩を落とした。
「ウツウツとうっとおしい奴だな。電話くらいかけたきゃかけたらどうだ!」
と、そのコウに隣の席から声がかかる。
出来過ぎ君なため大抵の同級生はコウに対して敬語だったりするので、声だけじゃなく言葉使いでそれが誰だかわかる。
コウは携帯に目を向けたままため息まじりに答えた。
「いや…電話かけたいわけじゃなくて…ちょっと身の程を思い返して鬱ってた」
「はあ?」
不思議な顔をする金森和馬。
今年の6月の始めで任期が切れるまでコウが生徒会長をやっていた時の副会長だ。
そのせいもあって…いや、本人の性格だろう。
他が一歩引いて敬うコウに対しても臆する事なくズケズケときつい言葉を言い放つ。
もちろん…きつい言葉だけじゃなく、そのしゃべりは素晴らしい。
前回校内で起こった学校OBによる学校教師の殺害などという不祥事のマイナスイメージを、その素晴らしい演説で一気にプラスに変換させたという過去を持つ演説の達人。
ああ、こいつだったらモデルくらい簡単にこなしてみせるんだろうな…と、コウはまたため息。
「だからっ!なんなんだ、うっとおしい!!」
イラっと言う和馬に藤から来た依頼の話をする。
どうせまた馬鹿にされるんだろなぁ…と思いつつ話終えると、和馬は意外にも
「そういう事ならこの俺様も行ってやるぞ。感謝しろ」
と、自ら協力を申し出た。
へ?
「礼は出せないぞ。旅費、宿泊料がただなくらいだ、多分」
コウは即言う。
和馬は…運動神経は良いが無意味に足を動かすのは嫌いな男だ。
生徒会役員時代も、常に自ら率先して動くコウと違って、下級生の書記&会計の二人を手足のようにあごで使っていたくらいだ。
当然…何か裏があるのかと思って警戒するコウに、和馬は
「別にそんなもんわかってる。
たまには友人のために一肌脱いでやろうというのだ。他人の好意は素直に受け入れろ」
と言う。
まあ…確かに顔は結構イケメンだ。
何より物腰が自分と違って今風でオシャレと言ってもいい。
普段は毒舌だがその気になれば人当たりを良くもでき、気もきいている。
「…勉強は…いいのか?」
とりあえず…裏があっても無害な範囲だと信じるとして…もう一点気になるあたりを一応きいてみるが、和馬はそれにも
「誰に向かってもの言ってるんだ?海陽の元副会長様だぞ。
夏休みの数日勉強をしなかったくらいで愚民どもに追いつかれる事なんてない」
と断言した。
こうして…コウには、何も企んでいないとすれば心強い同行者が一人加わる事になった。
そしてさらにその夜の近藤家。
「姉貴っ!藤さんから手を回しただろっ!!」
藤からコウとコウの同級生の参加の連絡を受けて機嫌よくドレスに使う素材のチェックをしている遥の部屋に血相を変えて入ってきたのは、ユート、遥の弟だ。
イケメン…というわけではないが、人好きのする顔をしている彼は姉と同じく空気を読む事にも長けている為、友人も多い。
そのユートにとって数多くいる他の友人達とは一線を置いた特別な親友、それがコウだ。
人が好いためやたらと貧乏くじを引かされるコウをフォローし、やたらと利用しようとする輩からガードするのが自分の役目だと思っているユートは、昨年末に続いて今回も自分の見栄を満たすだけのための道具に自分の親友を呼び出そうとしている姉に対して怒りをあらわにした。
相手は受験生だ。
しかも自分とは違ってかなり優秀で、それだけにかなり高いレベル…というか、はっきり言ってしまえば東大しか目指していない。
そんな人間の邪魔をするなんてもってのほかだ。
自分だっていつもはついつい釣られる”彼女のアオイとのお泊まり旅行”の餌をちらつかされても、今回はさすがに断固として断ったのだ。
いつもは事なかれでイエスマン…というか、面倒くさそうに色々を流して諦める弟が心底怒っているのは、遥もさすがにヤバいと思った。
「えと…ね、藤がきいてみてくれるって言ったから…」
「他人のせいにするなっ!」
「あ、そだ。アオイちゃんも誘ってあんたも遊びにくれば?」
「ごまかすなっ!」
ああ…真面目にやばい。本気で怒っている。
そこでタイムリーにも夕食が出来たらしく母親が呼びにくる。
「は~い♪今日のご飯なにかな~」
そそくさと遥は激怒しているユートの横をすり抜けた。
夕食の間もずっと自分をにらみつけているユート。
これはやばい…と、遥は考えをめぐらせた。
なだめてもらえそうな相手は…藤…はユートと直接交渉をするほど親しくなくて、コウ当人には今度は遥の方が直接頼めるほど親しくない。
とすると…だ…もうあとは一人しか…。
「ごちそうさまっ!」
と、もう食事をそこそこに立ち上がって、何か言われる間も作らず猛ダッシュで携帯抱えて外へ。
もうかける場所は一カ所である。
かくして…
「もしもし、アオイちゃん?遥です♪」
困った時の彼女頼み…とばかりにユートの彼女のアオイへ。
事情を話すとちょっと戸惑ったようなアオイ。
「う~ん…ユート怒ったとことかあんまり見た事ないから想像がつかないんですけど…
私そういうの下手だからすごくややこしくなる気しますし、フロウちゃんからコウに言ってもらって、コウから電話かけてもらいますね~。
フロウちゃんの針千本でコウは絶対になんとかしてくれるからっ」
こちらも…後ろ向きなわけだが、まあ一番確実にして堅実な手を提案した。
そして…さらに話はアオイからフロウ、フロウからコウへ。
フロウは”仲良しのお友達”のアオイのお願いを叶えてあげる気満々で…コウがフロウに逆らえるなんてことは天と地がひっくりかえってもありえないわけで…グルリと一周してコウからユートに電話がある。
そして第一声。
『ユート…頼むから遥さんに怒るのやめてくれ。俺が姫から怒られるから…』
(あの…卑怯もの~!)
と思うものの、当の本人からそう言われるともう仕方ない。
というか、余計に迷惑をかけることになる。
「ごめん…ホントにごめん。俺も行く。なるべく迷惑かけさせないようにするから…」
これだからあの女は…と、軽い目眩を感じながらユートは平謝りに謝った。
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