ジュリエット殺人事件クロスオーバー_02

「うっあ~、見事なふりだね」
屋内駐車場に車をいれると、荷物を運び出しながら藤は苦笑した。
外はすごい豪雨だ。

「藤様、いらっしゃいませ」
その藤に深々とお辞儀をする初老の男性。
当たり前に藤の手から荷物を取ろうとするのを藤は制して、チラリと後ろを伺った。

「私はいいから、女性のお客様の荷物を頼む」
「…お預かり致します」
「別荘の管理人の松井だよ。
料理も掃除も身の回りの事は全部やってくれるからなんでも言ってね」
うながされるまま荷物を預けるアオイと遥ににっこりと言う藤。


「ダイニングは1F。食事はそこで。
ダイニングの奥のキッチンからはワイン蔵に行ける。
鍵は開けておくから、飲みたきゃ勝手に取っていいよ。
…といっても高校生3人組以外ね。
君らは部屋の冷蔵庫にジュース各種いれてあるし、ポットとお茶各種のティーバッグも備え付けておいたから。
ジュースの類いは足りなきゃキッチンのでかい冷蔵庫から勝手に取って。
アオイちゃんと悠人君、遥、鱗滝君、別所の私室は2Fね。
私も2Fに自室あるから、何かあったら内線で。
んで、舞達は3F。
階はねぇ…悪いね、舞達は古い知り合いだからここも何回か来てて、舞が3Fのジュリエット部屋がお気に入りだからさ…。
そのかわり2Fには鍵付き露天風呂あるから、良かったら入って」

自分の荷物もカートに放り投げて淡々と説明する藤にアオイが
「ジュリエット部屋?」
と首を傾げた。
それに藤は苦笑しつつうなづく。

「そそ。3Fに1室だけ白いバルコニー付きの部屋があるんよ。
他の部屋は普通の窓なんだけどね。
部屋もちょっとだけ広いかな。
まあほら、舞は浸るの好きだからさ、よくバルコニーに出て月観ながら浸ってたし、まあなんというか…私らの学校では流星祭のあれもあったから、それにちなんで冗談でね、ジュリエット気分かよって事でつけたわけ」
藤の話にユートと別所は爆笑、遥と錆兎は苦笑した。
そのまま落ち着いたベージュの絨毯が敷き詰められた廊下を通って階段で2Fへ。

部屋に落ち着くとユートは荷解きをする。
部屋自体は10畳くらいでクローゼットとベッド、応接セットがある。
緊張する…。
もう何で緊張してるのか、自分でもわからないわけだが…。

旅行のオッケーはもらったが…そもそもアオイがそれ以上の事まで考えているかが謎である。
”していい?”って聞くのも間抜けな気がするし、どう進めればいいのだろうか…。

付き合い始めて間もない自分達と違って、もうつき合って4ヶ月になる錆兎にちょっと聞いてみようかなどという考えもふと頭をよぎったが、さすがに…剣道の試合だけじゃなくて未経験のチェスまでやる事になって今頃猛勉強中の相手にそれを聞けるほど無神経にもなりきれない。
というか、今そんな事で悩んでいていい時期でもないんじゃないだろうか…。

ため息を繰り返してると、夕食を告げる内線がなる。
それにまたため息で答えると、ユートはアオイの部屋によってダイニングへと降りて行った。



(このメンバーで食べんのかよ、ホント…)
ユートがアオイと共にダイニングに入ると、もうみんな席についている。
一つの大きなテーブルにずらりと並ぶ参加者達。

『めちゃくちゃ消化に悪そうな夕食だよね…』
アオイも同じ事を思ったのだろう、コソっとユートに耳打ちする。

「ねえ、一部部外者がいたりするのかしら?高校生?」
舞がニコリと錆兎に…ついで、ユート、アオイに目を向ける。

「ああ、遥の弟君と…その彼女さんと…親友君かな?親友君は今回酔狂で参戦してくれるらしいよ?」
「ふ~ん…」
ジ~っと錆兎を凝視する舞。
視線に気付いた錆兎が逆に視線を向けると、舞はニッコリと微笑む。

「今回はなんだか周りが盛り上がっちゃって…巻き込まれちゃったのかしら。
ごめんなさいねっ」

(こっちも…化けてるし…)
とため息をつくユート。

「お名前伺っていいかしら?私は二宮舞です♪聖星女子大の2年生です」
何も知らなかったら確かに可愛い部類には入るかも知れないが…正体知ってるとそのにこやかさが怖い、と、ユートは思った。

「鱗滝錆兎、海陽高校2年です」
錆兎の言葉に舞がちょっと目を見開く。

「錆兎君て言うんですか。私の事は気軽に舞って呼んで下さいね♪
これからもよろしく~。
すごいんですねっ。今回剣道でいらしたんですよね?
秀才な上に武芸できるなんて素敵ですねぇ♪」
にこやかな舞の賞讃に錆兎は冷ややかな目をむけた。

「大変失礼ですが…親しくする気のない相手に気軽に下の名前を呼ばれるのは好きではないので。
さらに付け加えるなら親しくする気のない相手を気軽に下の名前で呼ぶ習慣もありませんので二宮さんと呼ばせて頂きます」

一瞬シン…とする室内。
次の瞬間、ぷ~っと吹き出す別所と藤。

「…ひ…ひどい…」
と涙ぐむ舞。

「お前舞になんてことをっ!」
と、かけよってきて錆兎の肩に手をかけた舞の側の男子大学生を、錆兎は立ち上がって軽くその場で投げ飛ばした。

「一応…剣道だけじゃなくて空手と柔道も有段者なので…。
敵対行動にはそれなりの対応をさせて頂きます」
そのまま軽くジャケットの襟を正すと、錆兎は静かに言って、そのまま席につく。

『かな~り怒ってるよね?錆兎』
またアオイがコソコソっとつぶやくのに、うんうんとうなづくユート。

「かっけ~な!天才高校生っ!」
シン…とする舞の側とは対照的に明るく言う別所。

「まあ…やめとけ、舞。媚び売るだけ無駄だよっ。
私のジュリエットの現在の彼氏だから」

「え?」

「覚えてるでしょ?私がロミオやった時のジュリエット」
「あ…あの…義勇ちゃん?すっごく可愛い子だったよね。
藤すご~く大事に大事に護衛してた…」
藤の言葉に応えたのは美佳だ。

「うんうん。あの可愛いお姫様の彼氏なんだよ、鱗滝君」
「そうなんだ~」
にこやかな二人と対照的に、舞の表情がちょっと強ばった。

「まさか…鱗滝君は藤が呼んで来た…とかじゃないわよね?」
引きつった笑顔で言う舞に、藤は苦笑した。

「いやいや、私は卒業以来彼女と会ってないからね。本当に偶然だって」
「ホントに?」
「本当だってっ。
たまたま遥の弟の悠人君の親友がお姫様の彼氏だっただけっ。
私も行きの車の中で知ってびっくりしたんだ」

「…まあ…そういう事にしておきましょう…」
まだ疑わしそうな目で、それでも舞は引き下がった。

「それで?食事の後にチェスの試合の予定だったけど…そちらはどうするのかしら?
見たところチェス要員らしき方がいるようには見えないんですけど…。
弟君かその彼女さんなのかしら?」
まだ少し不機嫌な表情で、舞はユートとアオイの顔を交互に見る。

「いえ…俺じゃなくて鱗滝が。
ま、いきなり裏切り者が出た時点で別の人間呼んでも良かったんですけど、この程度の相手なら他の人間呼ぶまでもないかって事で。
車の中で藤さんからチェスのルール教わって鱗滝がやることにしました」

普段は言いなりになってるだけの弟の思わぬ強気発言に当の遥も驚いているが、言われた舞も一瞬唖然とした。

「まさか…今日ルール知った程度の人間で木戸君に勝てるつもりでいるの?
彼…聞いてるかもしれないけど、一応教授も含めた城上大のチェスチャンピオンなんだけど?」
苦笑する舞に、ユートはクスリと笑みを漏らす。

「まあ…色気だけでしか人材かき集められないわけじゃないので、うちは。
その程度のハンデあっての勝負でも余裕ですよ」

「お前、舞に何失礼な事言ってんだよっ!ふざけんなっ!!」
立ち上がりかける舞側の男に、ユートはシレっと
「え?俺は二宮さんの名前なんてひとっことも出してませんけど?
お兄さん達は自分で二宮さんに色気だけでかき集められたって思ってたんですか~。
そうですか」
と返して、相手を黙らせる。

『あんたって…実は黒いのね…』
『姉貴には負けるけど…』
と、これは姉弟間でこっそり交わされた会話。

そして
『錆兎、俺大見栄切っちゃったよ…これで負けたらマジ笑えないからっホント頼むっ!』
『お前なぁ…弱気になるくらいなら最初から言うなよ…』
と、これは同じくコッソリと交わされた親友同士の会話。

「ま、まあ実際やってみればいいさ。木戸は手強いぜ」
我に返って言う男に、錆兎は
「ん~、まず負けませんが、一応…後戻りできないようにしておきます」
と言って、ちょっと失礼、と、携帯を取り出した。
そしてどこかへかける。

「もしもし、俺。うん、今例の場所。
でな、実はチェス勝負もやる事になって…例のやつ頼む。…さんきゅ」
謎の電話を終えて自分を注目する面々に錆兎はきっぱり。
「これでもう死んでも負けられなくなりました」
と、謎の言葉。

「どこにかけたの?」
という遥の問いにも
「今は秘密です。勝負が終わったら教えます」
と言いきる。

「じゃ、まあ時間もあれだし食事にしよう」
と、そこで藤が呼び鈴を鳴らした。

そして運ばれる食事。
全員に給仕し終わると、使用人、松井は何かを藤に耳打ちした。
少し顔色を変える藤。
そして全部話を聞き終えると、あらためて松井を下がらせて、みんなを振り返った。

「えっと食事前にちょっと聞いて欲しい。実は今連絡がはいったんだが、ここに来るまでの道が土砂崩れにあって通れなくなってるらしい。
雨がやめばすぐ修復もさせるし、たぶん明後日帰る頃までには通れるようになると思うから無問題なんだけど、今日、明日はちょっと下に降りれないからそのつもりでね。
まあ…食料や雑貨とか必要な物はここに充分あるから不自由はないけど、頭来てここにいたくないから帰る~とかはできないからね」
藤は最後は少し冗談めかして言う。
それに舞をのぞく全員が苦笑した。

そして食事。
「とりあえず他はサークル内で顔見知りだけど悠人君達は知らないだろうから紹介しておこうか」
と、その合間に藤が言った。

「端から…テニス担当の山岸、で、その隣の舞はわかるね?
その隣のさっき鱗滝君に投げ飛ばされたのが剣道担当川本、で、その隣がチェス担当木戸、で、さらに隣が矢木美佳、これは私達の友人ね。
で、遥の側は別所と遥はいいとして、その隣が佐々木葵ちゃん。
遥の弟の悠人君の彼女さんだから、女子高生可愛いのはわかるが、手出したら殺すよ。
で、遥の弟の悠人君にその親友の鱗滝君。
こっちはテニスが別所でチェスと剣道は鱗滝君。いじょっ」
淡々と説明をすると、藤はまた食事を続ける。

「あの…ね、違ってたらごめんね。
さっき正面だからちょっと聞こえちゃったんだけど…鱗滝君が電話してたのって義勇ちゃん?」

シン…とした重い空気に耐えかねたのか、美佳がオズオズと口を開いた。

どちらも気が強そうな舞と藤に囲まれて、唯一気が弱そうな普通の女の子っぽい美佳に、さすがに錆兎もきつい言葉をかけにくかったらしい。
「ええ。そうです」
と普通に答える。

「ああ、やっぱり。なんだか懐かしい声だった気がしたから」
当たった事が嬉しかったのか答えが返って来た事が嬉しかったのか、美佳は胸の前で両手を重ねて微笑んだ。
本当に…この二人と一緒にいるのが不思議な気がする人材である。

「丁度今の鱗滝君達みたいに高校生だったのね、私達。
高3の1学期の終わり頃にね、藤がロミオに選ばれた時ね、私もジュリエットの乳母の役だったから一緒に顔合わせしたのよ。
ほんわかした雰囲気の可愛い子だったわ義勇ちゃん。
容姿だけじゃなくて声も仕草も雰囲気も性格もまるで天使みたいに可愛かったの。
本当に天使になっちゃった友達にすごく似た雰囲気で…」

「美佳っ!うるさいっ!」

うっとりと視線を宙にさまよわせるように語る美佳の言葉を、普段はあくまで女の子らしい態度を崩さない舞がきつい口調でさえぎった。

「舞?」
不思議そうな目を向ける山岸と川本に気付いて舞はあわてて
「ご、ごめんなさい。お食事中にするお話じゃない気がしたの…」
と、ごまかす。
不思議そうな顔をする二人。

一方美佳は怒鳴りつけられてショボンとうなだれた。

「矢木さん、」
そんな美佳に珍しく錆兎の方から話しかける。

「は、はいっ」
声をかけられた事に驚いたらしい。美佳はびっくりしたように顔をあげた。

「あとで…チェスの試合が終わった後ででもお話を聞かせて下さい。
俺は中学時代とかの彼女の事は全く知らないので」
少し笑みを浮かべる錆兎に、美佳は嬉しそうに
「はいっ!ぜひっ!」
とうなづいた。

そして食後…全員場所をリビングへ移す。
「とりあえず…手を教えたりとかできないように、全員それぞれ自分の側の選手の右側面2mに待機ね。
藤は鱗滝君にチェス教えた関係もあるから遥の側で」
チェス板を挟んで対面のソファに錆兎と木戸が座ると、舞が仕切る。

それに藤は苦笑して
「はいはい。まあ天才に私が教えられるような手はもうないけどね」
と、それでもその指示に従った。
もちろんユートやアオイもそれに従う。

「んで?チェスクロックはどっちに置く?」
木戸が舞にお伺いを立てると、錆兎は即
「そちらの利き手側で結構。俺は両利きなので」
と、答えた。

「んじゃお言葉に甘えて…俺から向かって右側に」
と、木戸が二つの時計を並べて勝負が始まった。


双方最初の十数手は淡々と打って行く。
15手ほど打った所でそれまで淡々と打っていた錆兎の手が止まった。

『なんか…苦戦してるの?』
その様子にアオイがコソコソとユートに尋ねるが、ユートとてわかるはずもない。

『あ~多分だけどね、ある程度自分の考えてる定石に配置し終わって、相手がどう攻めてくるかとか、どう攻めて来たらどう返すかとかを予測しつつ考えてるんだと思うよ。
別に苦戦してるとかじゃなくて、むしろすごく冷静に打ってる』
そのアオイの質問にはそう藤が答えてきた。

そうこうしているうちに錆兎の手が動く。
そこからは木戸も若干ペースが落ちて来たが、その次の手からは錆兎の方はまた淡々と打って行く。

『なんか…相手の方が顔色悪くなってきてない?』
またしばらくしてアオイが話しかけてくる。

『ああ、たぶん鱗滝君が迷いなく淡々と打つんで木戸が自分のペース保てなくなって焦ってるっぽいね』
それにもしごく冷静に藤が答えた。

そしてさらにしばらくして、木戸がナイトを動かした瞬間
「これで3手先でそちらがどう打ってもチェックメイトですね。
最後までやってもいいけどどうします?」
と板を眺めていた錆兎が静かに言って顔をあげた。

「…えっ?!!」
その言葉に真っ青になって板を凝視する木戸。

「説明…必要ならしますが?」
錆兎は組んだ膝の上に肘をついて木戸に目をやる。

無言で青くなる木戸。
錆兎はそれを見て木戸が動かせる限りのパターンを淡々と説明し始めた。

「もう…いい。確かに負けだ…」
掠れた声で言う木戸に
「信念なき勝利はありえません」
とだけ言うと、錆兎は立ち上がった。

「おお~~~!!!!」
歓声を上げる別所とユート。

「かっけ~なっ!マジかっけ~よっ、天才高校生!!」
「錆兎、サンキュ~!助かったよ、マジでっ!!」
錆兎をもみくちゃにする二人に、大きく安堵の息を吐く遥とアオイ。
藤はそんな一同をみながらクスクス笑ってる。

「さすがだねぇ、海陽トップ」
「誰につくか何をするか、迷いで心が揺れてる人間に、進むべき道がはっきり見えている人間が負ける事はまずありませんから。
遥さんと二宮さんの間でフラフラ揺れてる時点で勝てません、彼は」
「言うねぇっ」

錆兎と藤がそんなやりとりをしてると、

「ちょっと待ったっ!」
と、川本が叫んだ。

「さっきチェス覚えたばかりの奴に城上大チャンピオンがあっさり負けるっておかしくないかっ?
なんかしたんだろっ?!」
その言葉に藤が両手の平を上に向けて、軽く肩をすくめた。

「おいおい…みんな舞の指示通りの配置で観戦してたっしょ?
第一…それこそ木戸に勝てる様な策授けられるやつこの中にいるわけ?」

「電話だっ!さっきそいつがしてた電話っ!あれに何か仕掛けあるんだろっ?!」
川本のさらなる言葉に今度は錆兎が大きく息を吐き出した。

「履歴…みればわかりますが…あれは彼女への電話」
と、携帯の通信履歴を出してみせる。
姫…となっている履歴…。

「彼女が…姫…なのか?チェスのプロとかか?」
いぶかしげに言う川本に錆兎はまた小さく息を吐き出した。

「頭脳ゲームの類いは全然ですよ、彼女は。
ただ俺に取っては唯一無二の絶対者なだけです。
さっきの電話は…単に彼女に『勝たなければ針千本』て言ってもらっただけで…」
「……それで負けたら?」
「当然っ飲みますよ?だから絶対に負けられない」
「飲んだら死なないか?」
「当然死にます。命くらい当然かけてます。
俺にとっては彼女が全てで彼女のいう事は絶対だから、彼女に死ねと言われたら死ぬし、彼女に絶対に勝てと言われたら俺は絶対に勝てるんです。
ゆえに勝てないと困る勝負事にはその言葉を言ってもらう事にしてます」

しごく真面目な顔で言いきる錆兎に、天才となんとかは…という言葉が脳裏をクルクル回る一同。

『鱗滝君てさ…もしかして…すっごい変わり者?』
思わずつぶやく遥に
『今頃気付いた?』
とユート。

そんな中でただ一人美佳だけがクスクスと笑いをもらした。
「なんかいいね、そういうの。義勇ちゃん、すごく大事にしてもらってるんだ、良かった」
本当に自分の事のように嬉しそうに言う美佳に錆兎も少し笑みを浮かべる。

「じゃ、とりあえず納得してもらえたようなので…先ほどの続きをお願い出来ますか?」
錆兎の申し出に美佳はにっこりうなづいて、
「じゃ、ダイニングででも話そっか」
と錆兎をダイニングへ促した。

そしてダイニングへ。
二人が座ると松井が紅茶を入れてくれる。
それをすすりつつ、美佳は話し始めた。
「最初ね、中等部の制服着た義勇ちゃん見た時にね、なんだか私タイムスリップしたのかと思っちゃったの。
可愛くて優しくてフワフワしてて天使みたいで…丁度ね、当時の義勇ちゃんと同じ年で亡くなった私が大好きだった親友と雰囲気がすごく似てたのね。
私はこんな風に地味で冴えない子なんだけど、そんなすごく可愛い彼女と親友なのが何より自慢だったの。
だから義勇ちゃん見た時は本当に嬉しくて…最初はちょっと悲しかった乳母の役をやるのがとっても嬉しくなった。
彼女の側にいるとその親友が戻って来たみたいで本当に幸せな気分になれたのよ…」

その後美佳は練習風景やギユウのジュリエット、そして護衛と称して学園祭が終わるまでいつも練習後自宅までギユウを送り届ける藤と一緒に自分もついていった時のことなど、それはそれは楽しそうに語った。

(中学時代の姫かぁ…)
単にユートに対する義理で来た錆兎だったが、そこで思いがけずギユウの中学時代の話をきけて、すごく得をした気分になって、美佳に礼を言うと部屋に戻った。



一方…残されたユート達。
舞達はすごい勢いでもめているので、いったん部屋に戻ろうと2Fへの階段を上がるが、そこで遥が一言
「ね、これから女3人で露天入らない?」
「お~、いいねぇ」
とそれに藤が答えた時点でそれは決定事項となった。

(この女…恩を仇で返すのかよ…)
がっくり肩を落とすユート。

「やあねぇ、そんな露骨にがっかりしないでもお風呂入ったらちゃんとアオイちゃんは返すわよっ」
その弟の様子に遥はケラケラと笑った。
真っ赤になるアオイとユート。

そして女3人それぞれ着替えを持って露天風呂に集合。
ユートは寂しく一人内風呂へ。

「すっごい雨ねぇ…これホントやむのかしら?」
一応露天と言っても雨避け程度の屋根はついている。
女3人風呂につかりながら、おしゃべりに興じていた。

「まあ…この人数でも2週間分くらいはなんとかなる食材はあるから。退屈なだけでさ」
藤は言って大きく伸びをする。

「中学くらいまでは長期滞在も楽しかったんだけどなぁ…よく4人で遊びにきてさ…」
「藤と美佳と舞と…あと一人?」
「うん、中3で死んじゃった子がいてね。
事故死なんだか自殺なんだかいまだわかんないんだ、これが。
うちの学校ってさ屋上に大きなマリア像があるんよ。でさ、その子そのマリア像が好きでねぇ。
よく見に行ったり抱きついたりしてたんだわ。
で、確か台風の日だったかな。学校休みだったんだけど、何故かそのマリア像見になのか学校行っててさ、屋上から落ちて死んじゃったんよ…。
事務員さんとかシスターとかが彼女が一人で屋上行くのはみかけてて…だから他殺とかではないらしくて、台風の強い風でバランス崩して落ちたのか飛び降りたのかは結局わからず終いだった…。
まあそれ以来屋上のフェンスは思い切り高くなったんだけどね」

「え~?でもさ、普通休みにわざわざマリア像見に学校ってあり得なくない?覚悟の自殺じゃないの?」
と、遥はまあしごくもっともな意見を述べるが、藤はそれに対して少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「なんつ~かね…常識で計れないような子だったから…。
理屈じゃなくて感覚で生きてるっていうのかな。
とにかくフワフワしてて…もっとちゃんと捕まえておいてやれば良かったってしばらく後悔したな…」
藤は言って遠くを見つめる。

「美佳なんかも仲良くてさ、もう桜死んだ時は号泣。あ、その子のことね、桜。
しばらく魂抜けたみたいだったなぁ…。天使みたいな子だったから天使になっちゃったんだ、なんてね、よくボ~っと空眺めて過ごしてたよ。美佳。
でさ、桜死んで3年たって、自分ら高3でロミオとジュリエット復活して、配役決定してジュリエットに会いに行ったらさ、そのジュリエットの子ってさ、顔かたちがっていうんじゃなくて、そのやんごとな~いふわふわした雰囲気が桜にそっくりな子だったりしたわけよ。
年もちょうど桜が死んだ中3でさっ」
当時を思い出したのか、少し藤の顔に笑みが戻る。

「あ~、鱗滝君の彼女ね?」
「そそ。冨岡義勇ちゃん。
もう私と美佳は帰り道大騒ぎでさ。それから毎日おっかけ。
まあ…似すぎててなんか人通りが少ない時間に一人にして事故られるのが怖かったって言うのもあったんだけどね。稽古の帰りは必ず二人で送って行ってた。
学祭終わってもさ、美佳はそのまま追いかけたがってたんだけど、上級生二人が囲んじゃったら同学年の友達が近寄って来なくなって可哀想じゃん?
んで、半ば無理矢理引きはがしたわけ。
でもまあ…あんま意味無いっていうか…あのタイプの子って周りが抱え込みたくなるぽいね。
鱗滝君とかもそうっぽいし」
藤の言葉にアオイはちょっと悩んで、それから顔を上げた。

「えと…でもギユウちゃんは全然それが苦じゃないっぽいです。
というか…彼がどういおうと飽くまで我が道行っちゃうから…ふわふわと楽しそうに遊ぶギユウちゃんの後を彼の方が一生懸命ついて行って護衛してる…みたいな感じですね」

「ああ、そうなんだ。いいな、そういうの楽しそうだな」
藤は言ってアオイに笑顔を向ける。

「今度さ、彼女に会ったら藤が会いたいって言ってたって伝えておいてっ。
うちの学校短大は高等部までの敷地内にあるんだけど4大だけ遠いからさ、ぜんっぜん会える機会がなくて」

「はい、伝えておきますっ」
アオイの言葉に礼を言うと、藤は
「んじゃ、そろそろ上がるかっ。悠人君イライラしてるかもだしねっ」
といたずらっぽく笑った。

露天風呂を出ると、アオイはいったん自室に戻る。

(やっぱり…お泊まりという事はそう言う事…だよね…)
自室で一人で悶々とするアオイ。

一応…自分的にはそれなりに可愛いと思う下着を持って来ている。
ということは…まあ自分でもその覚悟があって来ているわけで…。
意を決して着替え、歯を磨き…

(こういう時ってお化粧とかどうするんだろう??)
などと言う事でしばし悩む。

さすがにユートの姉の遥に聞くのは恥ずかしい…が、藤あたりならざっくばらんに教えてくれたかも…と今更のように思った。

というか…そもそもユート自身はどうなんだろう?
そういう気…あるんだろうか?そっちも問題だ。

着替えて準備万端になったものの自分からいきなり何でもないのに部屋に行くのも…と思っていると、以心伝心のように内線がなる。

『あ、アオイ。風呂あがってたんだ。こっちこない?』
ユートの言葉に緊張しつつも
「うん、じゃあお邪魔するねっ」
と言ってアオイは内線を切った。


その頃ユートの部屋では…思いっきり緊張しつつもなんとかアオイを部屋に誘って了承されてそこでヘタッてるユートの姿が…。

風呂には入った。歯も磨いた。ゴムもオッケー。
そして彼女を部屋に誘って…彼女がくるわけで…

「ユート、私。入ってもいい?」
やがてドアがノックされる。
「どうぞ」
緊張が最高潮に達した。ドアが開く。そして現れる愛しの彼女。
「おじゃましま~す」
ソロリと室内に入ってくるアオイ。その場に硬直。顔がひきつってる。

なんだか様子が…

「きゃああああ~~~っっ!!!!!!」

いきなりの悲鳴に呆然とするユート。

な、なんなんだっ??
と思う間もなくかけつけてきた遥が
「悠人何したのよっっ!!!!」
と投げつけてきたスリッパがクリーンヒット。

同じくかけつけた藤に抱きつくアオイ。

「ちょ、俺まだ何もっ!!」
「言い訳っするなぁ~~!!!!」
と、さらに飛んでくる蹴りは、頭にヒットする直前にかろうじて自分をかばってくれる錆兎の腕で止められる。

「先に話を」
という錆兎の言葉でようやく我に返った遥。

そこでようやく自分がパジャマ姿だった事に気付いたらしい。
慌てる遥に錆兎は自分のカーディガンを提供した。

「あ、ありがとっ、ごめんね、鱗滝君」
真っ赤になる遥に、いえ、と、返した後、錆兎は今度はアオイを振り返った。


「で?今の悲鳴はなんなんだ?アオイ」

その声に藤に抱きついていたアオイも平静さを取り戻して、それでも恐る恐る部屋の奥の窓を指差す。
そこで錆兎も窓を振り返るが、変わった様子はない気がする。

「窓が…なんだって?」
「ゆ…幽霊がっ…」
「幽霊?」

錆兎は窓に駆け寄って外を見るが変わった様子はない。
念のためと窓を開けて上下も確認するがこれと言って何もない気がする。

「何も…ないぞ?」
「嘘っ!さっき窓の外に浮いてたんだもん、人みたいなのがっ」

その言葉に錆兎は再度窓の外に目をやる。
幽霊というのはないにしても、泥棒という線もある。
…が、近くに飛び移れるような木もなければ、雨で濡れた土には、特に足跡がついている様子もない。

「やっぱり何もないんだが…」
錆兎の言葉に恐る恐る窓際によるアオイ。
自身の目で確認してようやく納得したらしい。

「まあ…疲れてんのかもね」
と藤が、
「…色々あったしな、ゆっくり休みな」
と別所が
「あんまり強引に迫らないのよ、悠人」
と遥が
「まあまた何かみつかったら今度は内線で呼べ」
と、錆兎がそれぞれ部屋に帰って行く。

そして残される二人。
「…ごめんね、ユート。ホントに見えた気がしたんだけど…スリッパ…痛かった?」
本当に申し訳なさそうにため息をつくアオイ。

「いや、平気。いつものことだし、姉貴が暴力に訴えるのも。
アオイもちょっと疲れてるのかもね。木戸の事で緊張の連続だったし…。
ごめんね、ゴタゴタして」

今…一番きまずいのはアオイだろうし、彼女が滅入りやすいのはユートもよく知ってるため、落ち込まれる前にフォローを入れておく。
備え付けのポットでティーバッグの紅茶をいれて、アオイに渡し、自分はベッドに腰を降ろすとアオイの気持ちをほぐさせようと

「露天でさ、女3人どんな話してたの?姉貴変な事とかいわなかった?」
と、軽い感じで話題をふった。

「あ~それなんだけどねっ」
アオイはあっさりのせられて、藤の話とかを話し始める。

「戻ったらギユウちゃんに電話ででも言ってあげようと思って♪」

なんとか元気になってきたアオイだが、まあ今日は止めておいた方がいいかもしれない。
明日もあることだし、どうせなら明日は二人で露天からでもいいなぁ…などと思いつつ、二人の夜は結局雑談でふけていった。
 



0 件のコメント :

コメントを投稿