12月半ば、少しの時間でもと学校帰りに待ち合わせてマックでお茶をするアオイとユート。
お互い受験生なので珍しく単語帳片手だったりする。
街中を彩るイルミネーションを横目で見ながらつぶやくユートの言葉に、アオイの単語帳をめくる手が止まった。
「うそっ!」
「うそって…だってさ、俺ら受験生よ?さすがに…あと2ヶ月で試験て時に遊べないっしょ」
「え~、だってクリスマスだよ?!」
クリスマス…それは恋人達にとっては年に一度の重要イベントだ。
特に…女の子にとっては”遊び”じゃない!真剣に気合いを入れる行事なのだっ!
「一日くらい良いじゃない?!」
いつもなら何でもユート次第のアオイが珍しく諦めず抗議を申し入れるが、同じくいつもならアオイの言う事は大抵聞いてくれるユートもまた
「だ~め。大学落ちたら絶対あの時に勉強しておけばって後悔するよ?クリスマスなんてさ、毎年くるんだから今年くらい我慢しなさいって」
と、頑なに拒否る。
「これからさ…80歳まで生きるとして、あと62回しかないんだよ?」
もうアオイの理屈も必死すぎて意味不明だ。
ユートは苦笑する。
「61回も祝えばいいでしょ?」
「でも”今年の”クリスマスは一回キリなんだよ?!」
「それで受験失敗したら一生もんだよ?」
「…ユートの…ユートの馬鹿ぁ!!!」
いきなりアオイが疾走した。
あわてて追いかけようとするユートは、おきっぱなしのトレイをみて嘆息する。
これ…片付けないと…。
まあああいう状態のアオイが駆け込む先は一つしかない。
片付けるもの片付けて、自宅に落ち着いてから電話でもするか…と、ユートはゆっくりと立ち上がると、トレイを片付けて店を出た。
「どう考えても…無理だよなぁ…。」
マックを出ると街はクリスマスムード一色だ。
一緒にクリスマスを…というアオイの気持ちもわからなくはないのだが、クリスマスにデートとなると一日潰すだけでは済まない。
プレゼントに食事など諸々にかかる費用のためのバイト、そんな時間があろうはずもなかった。
それでなくともユートは実は志望校を変えている。
今年の5月…コウの学祭で感じた、このままじゃいけない。
そこで…ユートにしてはありえないガリ勉。
もちろん今から全教科など無理なので国立はあきらめているが、私立でもそこそこの学校を…と、今まで考えていた大学を滑り止めに高いランクの大学を目指している。
最初は反対していた教師も、意外にメキメキ上がる成績に次第に乗り気に。
いまでは実は頑張ればいけるのでは…というところまできていた。
ここで気は抜けない。
イルミネーションがキラキラする街を歩いていたユートは、見覚えのある人影がビジネスビルから出て来るのを見かけて、声をかけた。
「金森…こんな所で何してるん?」
そこで初めてユートに気付いたらしい金森和馬はイヤホンを外し、少し意外そうに眉を寄せる。
「それはこっちの台詞だ。女子高生ならさっき一人で挙動不審な様子で街中プラプラしてたから藤さんが送っていったぞ」
「アオイが?」
あ~やっぱり追いかけるべきだったか~と思いつつ、藤がついていてくれるならと、少し安心したユートは、改めて和馬に目をやった。
「まさかさ…こんな時期にデート中だったり?」
こいつも受験生なはずだが…と思いつつ聞くと、和馬は軽く肩をすくめる。
「貴様と一緒にするな、貴様と。俺は単にマンションの下見を終えて購入の本契約のため親戚の不動産屋によってきただけだ」
「マンション?!!」
確かに…一緒ではない。全然一緒ではないっ!
「ん。大学入ったら今の家出ようと思ってな。まあ大学4年間プラス社会人になってもしばらく住める様な物件をと…」
「ちょ、ちょっと待って!高校生の分際で簡単にマンション購入ってなにもんよっ!!一般のサラリーマン舐めてるっ?!」
確かにお坊っちゃま学校なわけだが…こいつも実はすごい金持ちなのかっ!!と詰めよるユート。
「貴様に教えてやる義理はないが…、まあいい。教えてやろう。簡単にではない。親の家売った金だ。あ~、もちろん風早家とか碓井家とかのレベルの家を想像するなよ?極々普通の小市民的な4LDKの一軒家な」
「親…家売ったらどこに住むんだよ…」
「ん…?ああ、とっくに墓ん中だから無問題だ。小学生時代に一気にすっきり俺以外全員な。
で、まあ和樹の補佐でもさせようと凡人の中では一流の俺様を引き取ったのが母方の叔母夫婦なんだが…当の和樹が勝手に死にやがったせいで、家にいる意味なくなってな。
俺もいい加減愚民と暮らすのも疲れて来たし、良い機会だから高校卒業と共に家を出ようと思ってたんだが…どうせなら新しいマンションでクリスマス過ごさせろとか我が儘いう女がいてな。しかたないんで一足先に決めて来たという訳だ」
ユートはがっくり肩を落とした。
同情していいやら羨んでいいやらよくわからない。
「ま、そういうわけでな、なら予算の範囲で勝手に選べとついて来させて決めてきたんだが…不動産屋の車で戻って契約済ませて出て来たら、嫌がらせの様に俺達の目につく所で泣いてる女子高生がいて…だ、しかたなしに藤さんに送って行かせた。
俺はバイトの締め切り迫ってるしな、そんな事にかかずらわってる暇はない」
「ちょ、バイトって言いました?受験生のくせにっ」
まさか…いきなりクリスマスのためにバイトまでしてるのか、と思いきや、そんなユートに和馬は冷ややかな視線を送る。
「受験生のくせに…か。親の金で食わせてもらえるガキが考えそうな事だな」
「生活費…取られる訳?親戚の家っしょ?今」
「今はな。だが大学入ってその家を出たらその後は自前だ。
学費は国立なら親の遺産でなんとかなるが、生活費は稼がんとならんし…必要になって即仕事なんか見つかる訳でもなかろうから高2から知り合いのツテでシステム関連のバイトをしてる。
コンスタントに続けて行く事で安定した仕事量を回してもらえるしな」
「…その上で東大…なのか…」
もしかしてこいつコウより実はすごいのでは…とユートは素直に感心した。
その考えを読んだかのように和樹がクスリと笑みをもらす。
「俺はな…すごいぞ。カリスマではなく凡人だからな。ま、俺の言葉では愚民は動かないしカリスマを担ぎ上げる必要があるから、物理的な能力はカリスマを超えるくらいでないと凡人のトップは勤まらん。能力が同じならわざわざ凡人がカリスマと並んで居る意味がないからな。
カリスマと競おうなどと無駄な事はせず、カリスマにとっての絶対者となってカリスマ以上の価値の人間になる、それが俺的凡人の美学だ」
なんとなく自分も同じような事を考えていた気はするが…レベルが違う。
正直、ここまで徹底した信念を持ってやっていたら脇役もカッコいいとユートは本気で思った。
「まあ…ユートのいう事ももっともだな…」
アオイが迷う事なく向かったのは一条邸。
もちろん訪ねて行ったのはフロウではなく、コウだ。
「やっぱり将来考えるとな…大学受験は失敗できんし。なんのかんのいって女は最悪学歴なくても専業主婦って手があるが、男は家族養わないとだからなぁ…」
夕食の支度で母優香と共にキッチンにこもるフロウの自宅に何故かそのまま上がり込んだ藤と共に、疑いの眼差しをコウに向けるアオイ。
その…疑いの眼差しを向けられているコウの手には何故か編み針。
話しながらも手だけは動いて、きっちり綺麗に毛糸のマフラーが編み上がって行く。
「コウ…そう言いつつ何やってんの?」
勉強机の前の椅子に座るコウを見上げてアオイがそのコウの手元を指差すと、コウはため息。
「俺だってな…やりたくてやってるわけじゃない…。藤さんが姫にその手編のセーター自慢するから…」
「藤さんの…セーター?」
アオイはいわれてあらためて藤を振り返る。
藤は注目を浴びて嬉しそうに見やすい様に手を広げてみせた。
「うっあ~、まさかこれ手編だったんですか?!」
綺麗な編み込み模様のセーター。
「ふふっ、いいでしょ♪」
「うんうん!すっごく素敵っ!藤さん、手先も器用なんですねぇ」
盛り上がるアオイにコウは大きく息を吐き出した。
「アオイ…違う。それ編んだのは藤さんじゃなくて和馬…」
「ええぇっっ??!!!!」
アオイの驚きの悲鳴。
それを肯定するようにうんうんとにこやかにうなづく藤。
「私のね、誕生日プレゼント♪私さ両親いなかったし、手作りのプレゼントなんてもらったの初めてだよ♪もうさ、すっごぃ感動したっ」
「それ以前に…すっごいオシャレで…しかも上手い」
目が点のアオイ。
「それを…ながらでできるのがすごいよな…。」
コウはやっぱり手を動かしつつうなづく。
「ながら?」
「ああ、俺もこれ姫にねだられて仕方ないから音声テープ聞いて受験勉強しながら編んでるんだが…そこまで複雑な模様になると多分無理だ。」
いや…自分だったら今コウが編んでるマフラーですら無理…とアオイは思う。
「まあ…確かに私もこれは店に出せるんじゃない?とかいうくらい上手いと思うけど、やっぱりさ…手作りっていうのがね…嬉しいかなぁ…」
「あ~それありますね…俺達は特に作ってもらえる親いなかったから…」
藤の言葉にコウが同意した。
「コウも…もらったことあるの?」
「ああ、俺は誕生日夏だったから姫が浴衣をな、縫ってくれた。夏は自宅で結構着てたな。」
「うっあ~、フロウちゃんそんなん縫えるんだ、すごいね~~」
「ああ、姫は家事全般すごいぞ。」
「弟は…クリスマスはやっぱりセーターかね?」
「いや…たぶんカーディガンぽいですね、なんか編んでるっぽいけど。」
そうだ…クリスマス……。
アオイはその言葉にズ~ンと落ち込んだ。
さすがにそれに気付いて慌てる二人。
「でもさ、ほら、ユート君も将来に向けて勉強頑張ってるわけだしさっ。受験生なんだから…」
「…コウもフロウちゃんも金森さんも…全員受験生ですよね…」
「いや、その…そう!姫はもう推薦で短大決まってるからっ。和馬がセーター贈ったのはクリスマスじゃなくて誕生日だしなっ」
「でも…クリスマスはそれぞれ楽しく過ごすんでしょ?」
思いっきり沈み込むアオイに困った様に顔を見合わせる藤とコウ。
「弟は?」
と、まずコウに振る藤。
それに対してコウはそこで振ってくるか~と思いつつもしかたなしに答える。
「あ~当日は姫父はビジネス絡みのクリスマスパーティーで優香さんも同伴なんで。姫一人にするわけにもいかないから例によって泊まりで留守番なわけで…。
でもまあ姫が多少ご馳走くらいは作るみたいだけど、せいぜいそれ食ってケーキ食ってプレゼント渡して終わり。特別どこかへ行くとか何かするとかはないと…」
「あ、私達もだよっ。」
そのコウの言葉に藤も慌てて言った。
「和馬のマンションで私が材料買って行って和馬が料理して…」
「調理…和馬なんですか…」
「うん…私もできなくはないけど…和馬のが上手い。てか、なんでもできるよ、和馬」
そんな二人の会話にアオイはなんだか泣きたくなってきた。
二人とも何のかんのいって、クリスマスは恋人同士で楽しくすごすのだ…。
自分はその時間何をしているんだろう…自宅で寂しく親が駅前で買って来たケーキでもつついてるんだろうか…。
「まあ…彼と過ごしたいってアオイちゃんの気持ちもわからないではないけどね…」
ポロポロ泣き始めるアオイの頭を藤が少し困った顔で笑みを浮かべてなでる。
「俺も藤さんも…姫や和馬いなかったらクリスマスに限らず一人で食卓向かってるからな…。
俺なんて姫と会うまでって自分でさ自分の分だけの食事作ってそれ自分で食卓に並べてニュース見ながら食ってたし。自分の誕生日だろうとクリスマスだろうともう容赦無しに一人だぞ。」
そうだった…。
そのコウの言葉にアオイの嗚咽が一瞬止まる。
「あ~私も同じようなもんだったな。食事はまあ作らないでも出て来たけどさ、クリスマスツリーとか鬼の様に大きなの飾ってあってその下に山とプレゼント積まれてたりするんだけど…ドアの所に控えてるメイドと二人なのね。シン…ってしててさ、テレビとかでたまにやってる、お父さんがさ、駅前でサンタの格好した売り子とかからケーキ買ってそれ抱えて帰って来て、それを家族が待ちかねててて…とかすごく憧れたな…。」
思い出した様に懐かしそうに笑みを浮かべる藤。
「あ~それわかります。俺も甘い物嫌いだったけど、あの父親が駅前で買って帰って自宅で家族でシャンメリーとかで乾杯しつつ食ってるとかいうのは、すごく美味しそうに見えた。」
コウも同意。
そして
「「そういう家族のクリスマスやってみたかったなぁ」」
と、二人で口を揃える。
そうなのか…と、アオイは素直に思った。
確かに子供の頃はすごくそれが楽しみだった。
誕生日とクリスマスくらいしか買って来ない丸のままのケーキ。
サンタの人形とツリーが乗ってて…よくどちらのケーキにそれを乗せるかで弟と本気で喧嘩をした。
いつからかそれがあまり嬉しくなくなってきて、彼氏とすごすという友達のクリスマスに憧れるようになって…そして去年、念願の彼とのクリスマスデート。
『今日ご飯要らないからねっ』
朝食の時機嫌良く言う自分と対照的に、父は寂しそうな顔してたっけ。
翌日…朝食の時に出された4分の1のクリスマスケーキ。
『そんなん要らないよ~、朝っぱらからケーキなんて無理!』
と言った自分に母はもったいないから食べなさいって言って…そのもったいないって言葉が妙に貧乏くさくて嫌だと思ってそれでも渋々食べる自分を、父がさらに悲しそうな目で見ていた気がする。
あるのが当たり前だったクリスマスケーキ…。
いるのが当たり前の家族。
当たり前すぎる光景が当たり前じゃない人間もいたのだ…。
シン…とした家のテーブルで一人で食事をする小さな男の子と女の子。
クリスマスのにぎわいはそんな子供達の目にはどう映ったんだろうか…。
「「早く家庭作りたいな…」」
これも示し合わせたようにようにつぶやく藤とコウ。
アオイはさきほどとは違う意味で涙がこぼれた。
「うち…帰る。」
アオイは立ち上がって言う。
「あ、じゃあ送ってく。」
「大丈夫ですよ~」
「ん~、でも私もそろそろ家戻るし。じゃね、弟」
藤が言ってコウに手を振った。
12月にもなると外ももう薄暗い。
そんな道を二人で歩きながら藤はアオイを見下ろして
「ね、なんなら都内のマンションでも貸したげようか?クリスマス」
と申し出た。
「ケーキくらいなら差し入れさせてあげるよ?」
普段何か強く主張しないアオイがそこまで泣くという事はよっぽどの事なのだろうと思ったのだが、アオイは
「ありがとうございます…」
と言ったあと、それでも
「でも…今年は自宅ですごします」
とちょっと笑みを浮かべた。
「お父さん…たぶん今年もケーキ買って来ちゃうし…。夜いないと朝とかにね、食べさせられちゃうからっ」
「あ~、そうなんだ。」
藤も笑う。
「そういうのいいね、家族っぽくてさ。うちなんて前日食べなかった物容赦なく捨てられちゃうから、うかつに残せない。エコ時代とか舐めてるよ、ホント」
「うちは…もうお母さんがなんでももったいない、もったいないだから」
「あ~でもさ、その方がいいよ。私は和馬に言わせれば非常時に絶対に生き残れない舐めた生活してるらしいから。家じゃ直そうにも直させてもらえないしね」
「金森さんは…違うんですか?」
「あ~、和馬はね、小学生時代に事故で家族なくして親戚の家だから、今。大学になったらその家出て自活するって言うのを目標に頑張ってきた子だからさ…なんか違うよ、その辺の意識が」
「あ、じゃあさっき言ってた金森さんのマンションて…新居です?」
「そそ。今日正式に契約してきてさ、1週間後かな、引っ越し」
そう言って藤は少し俯き加減に笑った。
「ホントはさ、弟と姫とか見てたから、どうせ引っ越すなら部屋もいっぱいあるしうちに来ない?って誘ってみたんだけど、拒否られちゃってさ」
「あ~、プライド高そうですもんね、金森さん」
「いや、そういうのじゃないらしいよ。和馬いわく…自分で自分の身を養う手段がないうちに誰かに頼ろうと思ったらその相手の意向に背いた行動はできなくなるから、自分が自分の足で立ってなかったら私が被扶養者の意向に逆らいたくなった時に転がり込めなくなるでしょって…実に和馬らしい上から目線でっ」
あははっと藤が頭に手をやった。
「私さ、できるお子さんだったから、そんな上から目線で思い切り自分が子供みたいな態度取られたの初めてだよ」
俯き加減だったのは…沈んでいたからじゃなくて照れていたのか…と、アオイはちょっと微笑ましくなる。
そう言えば…とアオイは思った。
コウも他には思い切り冷静で大人なのだが、フロウにはよく子供の様に甘えている時がある。
「やっぱり…コウと藤さんて…似てますよね」
アオイはそんな事を考えながらクスっと笑いをもらした。
そしてユートと和馬。
「貴様は…別れた方が良くないか?つか、別れざるを得なくなるまでそう遠くないだろ?」
駅に向かう道々、一応手間暇をかけた事だし、とユートが事情を説明すると和馬は容赦ない言葉をユートになげつけた。
「あのさぁ…なんで人生の中でもう最後になる受験前のクリスマス一度一緒に過ごせないだけでそこまで言われなきゃいかんのよ?」
ユートの言葉に和馬はチラリとユートを振り向き、次の瞬間ハ~っとわざとらしく呆れた息を吐き出して両手を上にむけて肩をすくめた。
「ようは…金だろ?金で心つかもうなんて考えたらキリないぞ?お前が1万出せたとしても2万出せる奴が現れたら別れるのか?」
「いや、そんなの極論じゃん?実際さ、クリスマスっていったらやっぱり多少は要るでしょ?」
「千円二千円単位の金が出せんのか?実家いて」
「それじゃどう考えても足りんでしょ」
「この愚民がっ」
和馬は黙って自分の携帯を操作して一枚の写真を出すと、ユートに突きつけた。
嬉しそうに笑う綺麗な女性…。
「はあ…相変わらず美人だね、藤さん。愚民じゃなければこのランクの女性がげつできると、そう自慢したいと?」
もうどう反応して良いかわからず返すユートに和馬は
「確かにそれもそうだが、そこじゃない、この愚民が」
と苦々しく返して来た。
おい、それを肯定するのか、とため息をつくユートに構わず和馬が続ける。
「これはな…藤さんが姫に送った写メをコウがわざわざ俺に送りつけてきたわけだ」
「…はあ…で?」
「その写真で着てるセーター…それをな、姫に自慢したくて藤さんが送ったらしい」
「はあ…まあ藤さんらしいセンス良いセーターだね。で?」
もうユートは本気でわからない。
「まだわからんかっ!それは俺が誕生日に贈ってやった物だっ」
「あ~そうですかっ!自慢か?自慢ですかっ?!」
ユートは本気で和馬の真意がわからず思わず叫ぶ。
それに対して和馬は淡々と
「まあそうだな。自慢だ」
と、言い切る。
「お前のさ…親切心なんて期待した俺が馬鹿だったよ…ようは貯金くらいしておけって事?」
がっくり肩を落とすユートを和馬は上から楽しそうに笑う。
「まあ…それは基本だが、自慢というのは金じゃなくて俺様の多彩さだ。言っただろうが、千円二千円単位の金と」
「はあ?なに?それ元手に稼げ?」
「貴様は…どこまで頭が悪いんだ。貴様のような凡人にそこまで要求するほど俺は馬鹿じゃないぞ。ようは、そのセーターは俺が安い毛糸で編んだ物だと言っている」
「はあ…????」
言ってないでしょ、これまで全然…と心の中で突っ込みをいれながら、ユートはもう一度その写真を凝視した。
「今はな…100円均一とかいう便利な物があるんだぞ、知ってたか?愚民」
「いや…そういう問題じゃなくて…なにこれ?趣味手芸?ありえんっしょ。うますぎ…」
「編み物は初めてだな。まあでも俺ほどになると本見りゃできる。本は…図書館な」
お前東大行ってる場合か、他の職ついた方が良くないか?…とひそかに思うユート。
だが…
「わかった。手先器用ならなんとでもなるのはわかった。でも俺にはどうやっても無理。
つか、時間ない」
「時間なんてあるないじゃない。作るか作らないかだ。俺はテープで歴史流しながら編んでたぞ」
「ああ、はいはい。でも実際今受験生じゃなくてもここまで編めないから」
「ま、貴様じゃそうだろうな。」
「わかってんなら言うなよっ!何かあるのかと思って不覚にも期待しただろうがっ!」
もう泣きそうだ。
こいつはなんなんだ?自慢したいのか?いたぶりたいのか?
ユートが思い切り脱力していると、和馬は
「ついてこい」
と先に立って歩き始める。
ここまでつきあったのだからと、もうやけくそでユートもそれについて行った。
和馬が足を運んだのは本屋。
女性誌の並ぶ中から一冊の本を手に取る。
「ビーズ…雑誌?」
「高い素材を使えばキリがないが、安いビーズでも代用できるし、デザイン選べば見栄えもいい。
実際デバートの1Fとかで素材はたいした事ないようなのでデザイン凝った感じのとかも売ってるしな。編み物と違ってながらじゃできんから短期集中になるが、まあよほどの物じゃなければ数時間で出来るし、素材は大きな100均行けばたいてい売ってる。ラッピング用品まで同じ場所で買えるからな、一石二鳥だ」
本気で…発想がすごいとユートは思った。
「ま、選択の一つだがな。
一つ言えるのは…一部の”つき合う事に意義があってつきあっている”女じゃなくて、あの女子高生のようにお前と言う個人とつき合う事に意義がある女なら、何をもらうかじゃなくてお前からもらう事、もっと言えば、物をもらうより時間を一緒にすごす事が重要なんだと思うぞ」
全く持ってその通りと、ユートは本気で感心する。
アオイは損得勘定とかそういう物が著しくない子で…本気で単に一緒に過ごしたかったんだろう。
何かしてやれないと…と思うのは単に自分の方の見栄で…エゴだとユートは思った。
「ありがとう、金森。意外にお前良い奴だったんだな」
思い切り心からユートは礼を言ったのだが、返ってきた答えは…
「やめろ、気味悪いっ!
俺は単にお前が女子高生放置だと絶対にいつものおせっかいで藤さんが女子高生連れてどこか行くとか言い出して、お前らに関わると絶対に何か事件が起こるから藤さん放置するわけにもいかなくて俺も行く羽目になって、一銭にもならんのにバイトと勉強で忙しい時間を無駄に割いた挙げ句に殺人事件に巻き込まれてなんて事になるのが目に浮かぶから、仕方なくそれよりは短い時間ですむ手段を選択しただけだっ!そんな事態はまっぴらごめんだからなっ!」
ありえすぎて目眩がした。
「いいから、さっさと消えてしまえっ!俺は急いでるんだっ!」
ピシっと言い切ると和馬はユートをその場に残して人ごみへと消えて行った。
「あれ…絶対に良い事なんてして不覚…とか思ってるよな…」
それを見送って、ユートは一人つぶやく。
そしてユートはとりあえず手頃な本を一冊買って100均へと急いだ。
クリスマス…この日だけはいつも父親は早く帰ってきていた。
それは今年も変わらない。
変わるのは…早く帰るであろう父親を駅で娘が待っていた事で…。
「お父さんっ」
父親が改札をでたところで声をかけるアオイ。
父は子供の頃以来、出迎えなんて事をした事のない娘を少し驚いた顔で見た。
「アオイ、どうしたんだ?どこか行くのか?」
娘に彼氏ができたのは知っている。
去年はその彼氏とすごすのだと楽しげに出かけて行った。
だからてっきり今日もこれからでかけるのかと思ったが…
「ううん。お父さん待ってたんだよっ。ケーキ買ってくれるんでしょ?」
言ってアオイは父親の腕を取る。
不覚にも…父は泣きそうになった。
子供達が大きくなっていけば親離れもする。
それは当たり前の事で、受け入れざるを得ないと思っていて…去年アオイが初めて家族とクリスマスを過ごさなくなった事で、アオイに関してはその時が来たと思っていたが…。
「どうしたんだ?いきなり。まさか彼氏に振られたのか?」
嬉しい反面やっぱりそれで娘が落ち込むのは心配で…自分から振るタイプではないというのは親の目から見ても明らかなので聞いてみると、
「振られてないよ~。失礼な」
と、アオイはぷ~っと頬を膨らませた。
それからちょっと笑う。
「今年さ、受験だからクリスマスでかけられないね~なんて話になって、別の友達とか大学生の先輩とかに愚痴りにいったらさ、二人ともね、小さい頃に親御さん亡くしてるからお父さんがね、クリスマスケーキとか買ってきてくれるのとかすごく憧れてたし、羨ましいとか言われちゃってさ。急にお父さんが買ってくれたケーキ食べたくなった」
「そうか…」
理由がわかるとやっぱり嬉しい。
「んじゃ、おっきいの買うかっ」
「食べきれないよぉ」
「次の日食べればいいだろ」
そんな会話を交わしながら二人で結局可愛いサンタとトナカイの乗った大きいケーキを選んだ。
久々の父と娘の時間…。
そんな親子の時間はマンション前で待っている人影を発見した時に終わりを告げた。
「あ~、ユートっ、どうしたのっ?」
あっさりと父親の腕から離れて男にかけよる娘。
急に寒くなる腕。
どうせ…やっぱり一緒にでかけようとかいう話になるのだろう…。
嬉しそうな娘の姿と大きなクリスマスケーキを見比べてため息をつく父。
「自分からクリスマスなしとか言っておいてごめんね」
と男の台詞。
「ううん。全然♪どこか行く?」
という娘。
ああ、決定か…と思ったら、男からは意外な台詞。
「いや、今日はさ、これ渡したかっただけ」
可愛くラッピングされた小さな包みを渡すユート。
「わぁ♪なに?開けて良い?」
「どうぞ。そのために持って来た訳だしさ」
「なんだろ~♪」
わくわくしてアオイがその包みを開けると出て来たのは可愛いブレスレット。
「うっわ~、可愛い♪」
さっそくつけてはしゃぐアオイに、ホッとするユート。
「頑張って手作ってみた」
ユートの言葉に
「うっそ~」
とアオイは目を丸くした。
本当にお店に売っているように綺麗だと思う。
「ユートって…すっごぃ器用だったんだね…」
思わず言うと、
「アオイのためならね」
とユートは微笑んだ。
「んじゃ、そういうわけで…」
そこは空気を読む男、ユートだ。
そこで立ち尽くしている男性がアオイの父親だというのはすぐわかる。
少し歩を進めて
「こんばんは。近藤悠人と言います。お時間取らせてすみませんでした、帰ります」
とお辞儀をする。
それに父も
「こんばんは、いつもアオイがお世話になってます」
と頭をさげると、アオイが慌ててかけよってくる。
「え~、もう帰っちゃうの?これからちょっとだけでもどこか行こうよ」
と、アオイがユートの腕を取った。
そこで大きなケーキの箱を手にしている父の表情が曇ったのを当然見逃すユートではない。
「だ~め。せっかく大きなケーキ買ってもらったんでしょ。ちゃんと食べなきゃね。買ってくれたお父さんに悪いでしょ」
と、やんわりとなだめた。
父…心証うなぎ上りにアップ。
「近藤君も…良かったら食べて行かないか?アオイもそれならいいだろう?」
の言葉を引き出すのにナチュラルに成功していた。
つきあって1年…。
母と弟とは顔見知りなわけだが…こうしてようやく父にも公認。
知り合うきっかけさえできれば、空気を読むユートの事、もうすっかり家族団らんにとけこんでいる。
「ごめんね、ユート。私プレゼント用意してなかった」
帰りにマンションの下までと見送るアオイが言うのにユートはにっこり答える。
「ん~、でもさ、お父さんにいっぱいもらっちゃったし」
「お父さんに?」
「そそ」
ユートがうなづいた。
「佐々木家公認のお墨付きと…お父さんのケーキ。今度コウに自慢してくるっ」
どうやら…コウからこの前の話を聞いたらしい。
それにアハハっと笑い声をあげるアオイ。
「じゃ、来年は私が近藤家のケーキ食べさせてもらっちゃおうかなっ」
「うん、いいよ~。来て来てっ」
受験生のクリスマス。
何もないようで普段到底やらない行動に走った結果、随分色々な物を得た二人だった。
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