俺たちに明日は…ある?── アーサーとフランシス

「ヒゲ、稽古をつけろ!」
縁側にデン!と仁王立ちになるアーサー。

は~っと大きなため息をつきながら、それでものっそりとフランシスは立ち上がった。

「やるまで帰ってくれないよね?」
「当たり前だ!半殺しにしてでも稽古をつけてもらう!」
などと物騒なことを口走るアーサー。

(半殺しにされたら…もう稽古なんてつけられないと)
ともっともな事を思いつつ、フランシスはしかたなしに部屋に立てかけてあった竹刀を手に取った。


(なるほど、これはなかなか…)

ギルベルトの言っていた通り、子供だと気を抜いたらこちらがやられかねない。
それなりに緊張感を保ちながら、フランシスはアーサーと太刀を合わせる。

綺麗に型通りに打ち込んでくるのだが、では意表をつくような反撃に出られると弱いかと思うとそうではない。柔軟に対応して、さらに打ち込んでくる。

それに驚くほど身が軽い。

フランシスほどになるとアーサーの攻撃を受け流すのはさほど難しい事ではないが、では一本取ろうかと思うと、これが極めて困難だ。
どこに打ち込もうと、虚をついてみても、ヒラリヒラリとかわされる。

死なない戦い…あえて銘打つならそんな感じだ。

ギルベルトがいきなり戦場の、しかも軍の性質上いつも率先して突撃するしかない自分の隊、つまり、最前線に送り込もうなどと、一見無茶とも思える決断を下したのもうなづける。


一方アーサーの方は若干いらついていた。

一本取れない…これはさきほどのギルベルトとの手合わせでの経験上、予測の範囲内であった。
それ自体は別に仕方ない事だと思う。

ただ、攻撃がぬるい。それが気に入らない。

確かにそれなりに痛いところもついてくる。
だがギルベルトの時のような殺気だった鋭さがない。
所詮子供と手加減されているのか…

「ヒゲ!いい加減にしろっ!!」
とうとうアーサーが爆発した。

「所詮子供だと思ってなめてるのか!」
木刀を投げ捨てて叫ぶ。

「…へ…?」
フランシスは怪訝な表情でやはり竹刀を振るう手をとめた。

「それなりに真剣に…やってるんだけど?」
「嘘をつくなっ!攻撃がぬるい!!」

(ぬるいって言われても…)
フランシスはがっくりと肩を落とした。

誓って手加減しているつもりはないのだが…


「本気でやってるのに当たんないだけなんだけど…。どうしろっていうのよ?」
「うそつけ!」
「いや、ウソつけって言われても…」
本気で困るフランシスである。

「お前の部隊はいつも軍の最前線だと聞いてる!
なのにこんなに攻撃に鋭さがないわけないだろう!!」

(ああ、なるほど、そういう事ね)と心中納得するフランシス。

「そりゃね、うちの軍は基本的に武家や貴族の出身者みたいに身分制度の中で育ってこなかった輩がほとんどだからね。
上に立つにはある程度強さとやる気を見せないとしょうがないのよ。
だからお兄さん、毎回何故か最前線に出ることになるんだけどね。
うちの子達にとって、最前線は特等席、偉い人にはそこの場所を開けてあげないとっていう、もう泣くしかない勘違いをされてるから。
でも本来お兄さん、あんまりいくさ好きじゃないし?
まあ死にたくないし味方を死なせたくないから戦うわけなんだけど、お兄さんの剣は倒すよりかわす剣なのよ。
まあ、あとは殺気うんぬんていう意味ならあれよ。
実戦でのことで…普段から相手殺す気で剣振れるなんて人間そうそういないから。
ギルちゃんは特別」

「貴様も殺す気でやれ!」
「そんな無茶な…」


さて、どうしたものか。
こういうたぐいのことを口での説得は苦手である。
だが…真剣なアーサーにはいい加減に答えるわけにもいくまい。
後々の信頼関係にも響く。

「つまりねぇ…アーサー、俺にとってここにいる家臣みんな家族なのよ。
だから敵と同じ感覚で武器をふるうって無理なのよ」

むぅっと、考え込むアーサー。

「でも誓って手加減とかしてないから。
一応お兄さん、本気で相手してたよ?
だって攻撃受けて痛い思いするの嫌だし?
でもギルちゃんも言ってたけど…アーサーの攻撃避ける能力ってまぢはんぱじゃないから」

「ギルベルトが?ウソだ!!」
フランシスの言葉にアーサーは叫んで、下を向いて唇をかむ。

「さっき手合わせしたが…全然歯がたたなかった。」
自尊心の高いアーサーだけに、よほどこたえたらしい。

「ほんとのことよ?実はギルちゃん、あのあとここに来たから」

「ギルベルトが?」
言って良いのかわからないが、あまりに気の毒になってフランシスは言った。

「あまり他人を誉めないギルちゃんが絶賛してたよ。
本気でしかけたのにかすりもしなかったって。
攻撃も一撃がすごい重いって言ってたよ」

フランシスの意外な言葉にアーサーはぽか~んとする。

「でも本当に全然歯がたたなかったんだ…」
半信半疑でつぶやくアーサーに、フランシスはやれやれ、と言った感じで肩をすくめた。

「ギルちゃんはうちの軍どころか、カエサル軍のエース格よ?
まだ実戦も経験した事ない若い子にあっさりやられちゃ、まずいでしょうが。
でも数年後にはサシで負けるかもって言ってたよ?」

「まさか…」
「お世辞は言わない男よ?あいつは。
その証拠に…次の今河戦はお兄さんの隊に配属するって言ってたしね」

「ヒゲの部隊なのか」
がっくりと肩を落とすアーサーに、フランシスはさらにがく~っと大きく肩を落とす。
「アーサー~、あ~の~ね~…普通大抜擢よ?大将の部隊って」

「でもヒゲのお守りだろ?」
口を尖らせて言うアーサーの言葉に、フランシスはさらにがっくりと肩をおとした。

「あのね~言っとくけど、お兄さん一応、この軍の大将なわけ。
でね、ギルちゃんはそのあたりをすごく重視するヤツだからね?
相手に首取られたら終わる大将の護衛っていうのは、ギルちゃん的には大将を除いて軍で一番重要な役割ってことなのよ?
それに初陣の子をつけるってことは、もうすっごい大抜擢なんだけど?」

「へ?」
ぽかんと口をあけるアーサー。

そこでフランシスはもう一度言葉を変えて説明を口にする。

「つまりね、ギルちゃんは自分的に一番重要な配置に置くくらい、坊ちゃんを買ってるってことなのっ。
すごい大抜擢なのよ?!」

そっ…………そっかあっ!!
ぽかんとしていた顔に見る見る間に喜色が浮かぶ。

ようやくわかったかとホッとするフランシス。

しかし続く言葉は

「たとえクソヒゲのお守りでも、ギルベルトに認められた大抜擢なんだなっ!!」
で、フランシスは天を仰いで涙した。


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