天使が降りて来た午後
「あ~、1人楽しすぎるぜぇ」
フランシスと分かれて1人中庭を散歩するギルベルト。
普段は3人つるんでいたが、それぞれにパートナーが見つかれば、おそらくそうも行かなくなるだろう。
これから一人の時間が増えるな…と、思いつつ、それなら…と、その場で屈伸を始めた。
薔薇のアーチのどまんなかで屈伸する男…
普通なら怪しい光景だが、幸い今日は新入生が入寮する日とあって、みな興味本意でそちらに行っているので中庭には人っ子一人いない。
こうして思う存分準備運動を済ませたギルベルトは、広い中庭を散策がてらランニングすることにする。
この学校に入る人間は当然皆主役級、つまりは石に選ばれることを目指すのだが、その理由はそれぞれで、フランシスは裏の稼業…何故か理事長が力を入れている某犯罪組織の撲滅のための戦闘よりは、華やかな舞台に立つためにそれを目指していた。
しかしギルベルトはむしろ逆に裏の方に興味を持っている。
中等部でも自由選択の体術と射撃、剣術、棒術、魔術までありとあらゆる戦闘系の講義を総ざらいしていたし、高等部でも同じくだ。
舞台に立つのも嫌いではないが、将来は舞台よりもそっち系の現場で働きたいと思っている。
それでなくてもウェイトと腕力がもともと悪友二人に比べると――もちろん一般人と比べれば十分すぎるほどだが――劣っているので、その分をスピードと戦術でカバーしなければならないし、持久力を身につけることも必須だ。
だから少しの時間を見つけては鍛錬を欠かさない。
今日もそういうことで走りこみを始める。
新入生達の引越しの日だと言うのに、空はあいにくの曇り空。
まあ、卒のない生徒は荷物はすでに運び込んでいて明日までは荷解きをしないから、本人達が寮の建物内に入るまで空が持てばいいわけだが…。
そう…明日は新入生と宝玉の対面式だ。
新入生はそこで初めて宝玉と対面し、自分が適応者かどうかを確認する。
基本的に太陽、風、夢の石を持っている人間が卒業するまでは石は次の適応者を選ばないので、ギルベルト達が卒業するまであと6年間は宝玉の空きはあと2つ。
石の適応者は特殊なスケジュールで動くことが多いため、通常の寮とは違って、離れと呼ばれるプライベートキッチンや風呂などが完備した文字通り離れの小さな建物が与えられ、そこでパートナーと二人で住む事になる。
だから新入生はもし石に選ばれたら引越しをすることになるため、その日までは荷解きをしないのだ。
今は一人で使っている広すぎる離れに、明日もしかしたら同居人が来るかもしれない。
楽しみなような不安なような、妙な気分だ。
まあ…来なければ来ないでなかなか困るわけだが……。
舞台は一般生徒を借りられても、パートナーが決まらないと本格的な戦闘活動ができない。
それでは石に選ばれた意味がギルベルト的にはないのだ。
そんなことを考えていると、ぽつりぽつりと小雨が降り始めた。
気づけば広い中庭の端っこ…中等部との境界線くらいまで来ていて、戻るには若干かかりそうだ。
そこで足を止め、雨宿りできそうな場所を探すとおあつらえ向きに沢山の緑の葉をつけた枝を広げた木がすぐ目の前にあって、ギルベルトはその下へと向かった。
考え事をしていたせいだろうか…木の下についてハラハラと葉が落ちてくるまで、ギルベルトは全く気が付かなかった…が、落ちてきた葉に顔を上げれば、そこからいきなり白いモノが降ってきた。
「おわっっ!!!」
と、そこは日々鍛えているだけに反射的にそれを受け止めると、ふんわりと花のいい匂いが鼻腔をくすぐった。
うあ………
きらきらしている。
フワフワと光色の髪に真っ白な肌。
クルンと丸い澄んだ大きなグリーンの瞳を縁取る驚くほど長いまつげがパチパチと上下するさまは、まるで木漏れ日に揺れる春の新緑を思わせる。
ああ…こいつだ……
まるで神の啓示のように、ストンと心のなかに落ちてきた。
こいつが俺様のパートナーだ……
「俺様はギルベルト・バイルシュミット。風の石の適応者だ。」
大丈夫か?と普段ならすんなり出てくるはずの相手を気遣う言葉も出ないくらいに相手に知られたくて、相手を知りたくて、まず名乗ると、腕の中の少年はサッと頬をバラ色に染めてワタワタと慌てた。
「悪いっ…じゃなくて、すみません。」
――降ろしてもらえますか?
と、おそるおそる聞かれて、ギルベルトはそこで初めて自分がしっかり少年を抱えたままだったことに気づく。
「ああ、わりい。」
本当はこのまま離れに運んでしまっても良かったのだが、モノには順序というモノがある。
ギルベルトは自分的には出来うる限り優しいと思われる笑みを浮かべて少年をソっと地面に下ろした。
ありがとう…と、少し恥ずかしそうにうつむいてそう言う少年は、ひどく可愛らしい。
ああ、やっぱり天使だ…と思わず思ってしまう自分がいる。
「助かりました。俺はアーサー。アーサー・カークランド…。1年生です。」
と、手を出そうとして、少年は自分の両手がふさがっている事にきづいたらしい。
大事そうに胸元に抱えていたギルベルトより若干小さな白い両手には、こちらもふわふわの黄色っぽい毛玉。
「…鳥の…雛か?」
と、その手を覗きこむと、少年、アーサーはコックリとうなづいた。
「こいつ…数日前に生まれたんだけど、いつも巣から落ちちゃって…。
何度戻しても他の兄弟に押し出されちゃうみたいで…」
白い華奢な指がぴぃぴぃ鳴いている雛の頭をソっと撫でる。
「もしかして…そのために入寮の日だって言うのにこんなとこまで来たのか?」
と聞くギルベルトに、少年はちょっと困ったように可愛らしく整った顔にアンバランスな太めの眉を寄せた。
「落ちたままだと餌ももらえないし、他の動物に殺られちゃうかもしれないし、どちらにしろ死んじゃうから…。
でも引き取ってやろうにも寮は動物飼えないし毎日来てたんだけど…」
うああ~~俺様のパートナーまじ天使っ!!
超可愛い、超優しい!!
脳内でのたうち回るギルベルト。
これはあれだろ?自分も動物好きの優しい人間な事アピールして好感度UPだろっ?!
「いいぜ。俺様がそいつ引き取ってやんよ。」
「え?」
「言っただろ?俺様、適応者だから離れ住んでるし、鳥の1羽や2羽くらいどうってことねえよ。」
ギルベルトがそう言うと、天使の顔がぱあ~っと花が開くようにほころんだ。
「いいのか?」
「おうっ!」
「でも…世話…。」
少し困った顔で視線を手の中の雛に落とす様子も可愛らしい。
「心配すんなっ。俺様も動物は好きだから普段は俺様がやるし、俺様が忙しい時は餌くらいやりに来てくれればいいからよっ」
さらにそう言うと、コクンとうなづいて、
「優しい奴に会えて良かったな、お前。」
と、ツンツンと指先で雛の頭をソっとつつきながら、天使はふんわりと優しい笑顔を浮かべた。
――まあ…どうせすぐ一緒に住むんだからよ…つ~か、お前に会えて俺の方がラッキーだったぜ…。
よほどそう言おうかと思ったが、そこはそれ、明日になってわかったほうがドラマティックでいいだろう。
とりあえずしばらく待ってみたが雨は止みそうにない。
「しかたねえ。走るか。」
樹に並んで持たれていた天使にギルベルトは自分の上着を頭からかぶせると、その手をつかんだ。
「え?あ、あのっ」
「ああ?」
「上着…。」
「ああ、完全に雨除けにはなんねえけど、ちったあマシだろ。」
「そうじゃなくて…ギルベルト…さんの方が重要な立場なんだし、風邪引いたら…」
もう…なんつ~可愛い事言うんだよ、俺様の天使、パートナー。
内心デレデレになりながらも、ギルベルトは親指で自分を指すとにかっと笑う。
「俺様は鍛えてっから大丈夫っ。あと、“さん”はいらねえから。
ギルでいい。」
ほら、行くぞ、と、手を引くと、天使は小さな小さな声で
「…わかった…。ギル……ありがと……」
と、つぶやくように言った。
「おうっ!じゃ、走るぞ~」
ひゃっほうっ!と飛び跳ねたい気分を押さえて、ギルベルトは寮まで天使を送る。
本当は部屋まで送りたかったのだが、友人がいるから…と、固辞されて、まあどうせ明日からはずっと一緒だ、と、そこで引き下がって、その愛らしい姿を見送った。
あ~、俺様幸せものだぜ~。俺様のパートナーまじ天使すぎるぜっ。
完全にその姿が寮に消えると、ギルベルトはクルっと反転、
「お前のおかげだな~。小鳥さん」
と、手の中の小鳥に声をかけながら、自分の離れへと戻っていった。
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