(アーサーってさ、恋人いるの?)
(もしかしたら今フリーだったりする?)
(いないならさ…溜まった時って自分でしてんの?)
(週何回くらい?)
(その時どんな相手を想像してやってる?)
…は、どう考えても普通じゃない。
電車の中でよく出会う、何故か自分を性的な目で見て興奮して来る痴漢を思いだしてゾッとする。
……怖い……。
頭の中が真っ白になって、それでも機械的にPCにつないだコントローラを動かしていると、ピピッっと警告音がなってハッとする。
ディスプレイ上には
『アーティ!何しとるん?!そっちやばいで!』
のパーティ会話の青い文字。
どうやらこのままだと炎に突っ込むことになる自キャラをトーニョが間に入って止めてくれていた。
『…あ…ごめん…』
と足を止めると、
『どないしたん?疲れた?とりあえず俺に追尾しとき』
と言ってくれるので、その言葉に甘えておく。
自分のレベルが下がるのは勝手だが、その分さらに死にやすくなるだろう。
そうするとパーティのメンバーに余計に負担をかけることになる。
ガンガンと頭が痛んで来て、キャラの移動は追尾でトーニョに任せてあるので、一瞬離席して頭痛薬でも飲もうかと席を立ちあがった。
が、瞬間、ガタッ!と音がして、アーサーはすくみあがる。
おそるおそる音がした方に視線を向けた。
しめられたカーテンの向こう側。
ここは3階なわけだから、いくらなんでも誰かが壁を這いあがってくるなんてありえないし、おそらく風の音だろう。
でも…でも万が一、カーテンを開けた瞬間、そこに顔があってにやりと笑われたりしたら…?
ヒッ…と、自分の想像にアーサーは思わず耳を押さえてその場にしゃがみこんだ。
カタカタと身体が震える。
と、その時
――♪~♪♪
携帯の着信音。
急になったそれに心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
このタイミングなので一瞬躊躇して…だが泣きそうな気分で携帯を見ると表示されていたのがトーニョの番号だったので、慌てて出た。
『もしもし、親分やで』
と言う声にホッとしすぎてため息と共に涙がこぼれる。
『なんかあったん?』
と、どうやらアーサーの様子がおかしいと思って心配してかけてきてくれたらしい。
が、こんな事くらいで怯えてるなんて、女々しすぎて言えない。
いつも心配症に見えるトーニョだから信じないだろうなと思いつつも、少し息を整えてなるべく平静を装い、
「…いや…なんでもないんだ…」
と言うと、なんと今回は信じたらしい。
『おん。わかったわ。』
と、即通話が切られた。
ツーツー…という音を聞きながら、アーサーは半ば茫然とした。
なんでもないと隠したのは自分だ。
言った事を信じてもらえたのは喜ばしい事のはずである。
なのになんだか泣きたくなった。
なんでもない…そう口では言っていても、自分はおそらく気にかけて欲しかったのだろう。
そしてトーニョはいつでもなんでも心配してくれると思い込んでしまっていたのだと、気づく。
…怖い…助けて…
心の中でそう叫ぶが、今更トーニョには言えない。
心臓がドキドキと爆発しそうな勢いで鼓動を打っていて、体中が寒くて震えが止まらない。
助けて…怖い…1人は嫌だ…怖いんだ……
まるで恐ろしいモノから身を隠す子どものように、アーサーは身体を丸くして縮こまりながら、一人ぼっちの部屋でしゃくりをあげ続けた。
真夏だと言うのに熱を失い、驚くほど冷たくなった手先。
血の気のなくなったかすかに開いた唇の合間から、カチカチと歯が鳴る音が漏れる。
どのくらいそうして震えていたのだろうか…。
もう恐ろしすぎて現実感がなく、時間の感覚など全く消えていた。
張り詰めた緊張の糸が切れたのは、夜中だと言うのにいきなり鳴ったドアベルの音でであった。
…だれっ?!なぜっ?!
声にならない悲鳴。
硬直したまま動けずにいると、
「オーラ、親分やで~」
という明るい声。
それを認識した瞬間、もう何も考えられずに、転がるように玄関に走って行ってドアに飛び付いた。
そして冷え切ってうまく動かない指先で必死にチェーンを外して鍵を開ける。
開くドアの向こうに徐々に会いたかった人物の姿が見えてくると、安堵で泣きそうな気分になった。
そんなアーサーの一方で、アントーニョはアーサーの姿を見て驚いたように目を見開いて、冷たくなった頬を温かい手のひらでつつむ。
しかしそれも一瞬で、すぐ顔に笑みを戻して
「夜中に堪忍な。入ってもええ?」
と、その手でアーサーの小さな黄色い頭を撫でて言った。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿