ファントム殺人事件 終幕_1

悲運の俳優は傷心のクリスティーヌのために自らを律す


『…ファントム……俺も殺すのか?』

電話の向こうでその言葉を呟いた時のアーサーにはなんの迷いも悲しみも…恐怖さえ感じなかった。
むしろ安堵を感じているようなその響き…。
死んでも良い…誰よりも大事なはずのアーサーにそんなことを思わせたのは自分の馬鹿な行動だ。

意識が戻ってからもアーサーはどこかボ~っと魂が遠くに行っているようで、必死に呼ぶ自分の声もストレートに届いて居ない気がした。

そんな状態のアーサーを他の人間に託すしか無い現状に、アントーニョはひどく気分が沈んた。

自信がない…生まれて初めてそんな感情を体験する。

「なあギルちゃん…」
「ん~?」
「俺…あーちゃんにふさわしないのかな……」

ギルベルトだったら危険な目に合わせなかった。
フランだったら傷つくような行動は取らないだろう。

「ふさわしくねえって言われたら、お前諦めんのか?」

廊下の壁に並んで背を預けた状態で立ちながら、ギルベルトは底知れぬ紅い目をアントーニョに向けた。

ここで諦めると言ったら…この目に優しい光を浮かべてアーサーの休む部屋へと駆け込んで、二度とアーサーを傷つける事なく守ることを誓うのだろうか……。

「あーちゃんにとってはその方が幸せかもしれへんな……」
アントーニョは想像してため息を付いた。

しかし続いて出た言葉は
「せやけど…俺は誰をどれだけ傷つけようと諦められへん。あーちゃんだけは諦められへんのや。勝手やけどな。」
だった。

意外な事にその言葉を聞いた時、ギルベルトの目にホッとしたような色が浮かんだ。
何故?と目線だけで無言で問いかけると、察しのいいギルベルトは正確に視線の意味を読み取って苦い笑いを浮かべる。

「ロヴィーノがよ、アーサーのこと諦めんだとよ。
俺もだけどあいつだってアーサー想う気持ちは多分お前にも負けねえと思うぜ?
でもアーサーが心底笑顔でいるためには俺達は諦めるしかねえ。
不条理だよなぁ…俺らが好きな相手を幸せにできる唯一の方法がそいつの事諦める事なんだぜ?
なのに、唯一そいつを諦めねえことで幸せにできる奴がそいつん事諦めるなんて言われた日にはマジ報われねえ」

あ~、もうリア充爆発しちまえっ!むしろ殴らせろっ!と、ギルベルトはクシャクシャっと頭を掻いて口をとがらせる。

あはは、ええで~。ただし殴り返すけどなっとアントーニョは笑った。


「忘れかけとったわ…」
「あ゛?何を?」
クスクスうつむきがちに笑うアントーニョに訝しげな目を向けるギルベルト。

「俺があーちゃん掻っ攫ったあの時から、あーちゃんはもう誰がなんて言おうと権利も責任も全部ひっくるめて俺だけのモンやったなって。」

そう…自分がアーサーを諦められないのと同じく、アーサーは自分の事を諦めてもおそらく好きであることは捨てられない。
一度愛したら一生ものの子なのだ。
その唯一の最初の想いを他に先んじて奪ったのは自分だ。

「中途半端はあかんわな。」
よっしゃ…と、アントーニョは壁から身体を起こした。

「そろそろロヴィの話もええかな?ちょお、あーちゃんと話してくるわ」

そう言って止める間もなく部屋へと入っていく。
まあ…諦めると言っているのだからロヴィーノも譲るだろう。

それよりも…自分もアーサーに聞かないと行けないことはたくさんある。
アントーニョと入れ違いにロヴィーノが部屋から出てくると、ギルベルトは時計を確認する。

30分…30分たったら自分も入室して、確認しなければならないことを確認してしまおう。


ロヴィーノが部屋を出てきた時にはもうアーサーは落ち着いているようだった。
どう説明したんだ?と尋ねても曖昧に苦笑するだけなので、言いたくないという事だろうと、ギルベルトは追求しないことにした。

ただ一つだけ、
「事件の状況…聞いても大丈夫そうか?」
と聞くと、ロヴィーノはうなづく。

「アントーニョが側にいれば大丈夫だろ。なんか…いるだけでさ、落ち着くみてえだから」
と、少し視線を落とすロヴィーノの肩を、ギルベルトはポンポンと叩いた。

「まあ…あれだ。フランはまだ足掻くみてえだから…とりあえず俺とお前で“アーサーの幸せ見守り組”でも作って、隙みつけてフランを引きずり込もうぜ。」

ケセセっとそう言うギルベルトに、なんだよ、それ、ばっかみてえ…と、ロヴィーノは苦い…それでも笑みを浮かべた。


その後強引にアーサーの休む部屋に乱入し、アントーニョにはすごく嫌な顔をされたが、犯人を捕まえないことには安心出来ないだろうということで、アーサーに事件の時の状況を聞く。

しかしひと通り聞き終わると、現金なモノですっかり立ち直ったらしきアントーニョが

「じゃ、もうええんやろ?サディクのおっちゃんと名探偵は事件解決してき?」
とピシっとドアを指さした。

「お前なあ……」
がっくりと肩を落とすギルベルト。
しかしまあ確かにまだ事件が解決してない以上、のんびりもしていられない。

「じゃあ…例のいっておくか?」
と、こちらもだいぶ元気が出たらしいアーサーが小指をちらつかせるのに少し安心して、

「ああ、じゃあ頼む」
と、ギルベルトは自分も小指を立て、訳がわからずポカンとしているロヴィーノに
「お前も加われよっ」
と、同じようにすることをうながした。

こうして4人小指を合わせ、アーサーが言う。

「じゃあ、ファントム殺人事件、見事に解決してこいよ。出ないと…」
そこでアントーニョも声を合わせて言った。

「「ハリセンボンだっ!」」






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