するとそこには珍しい人物がいた。
「お~梅、珍しいなっ」
と、声をかければ、いつもは垂らしている長い髪を後ろできっちりみつあみにして、真剣な顔で棒を振る梅が振り向いた。
「あ~、ギルにルート。
私も…もう少し役にたてるようにならないとだめネ。
最近エリザさんに頼りすぎてたし…
だから少し鍛練を増やしてみたネ」
と、少し動きを止めて袖口で汗をぬぐう。
いつもいつも少女らしく可愛らしくしている梅だが、こう見えてもかなりの努力家なのは皆が認めるところだ。
ふわふわして見えてもいつも他が見ていないところで地道に鍛練を続けている。
ジュエルに選ばれたのが15歳と他に比べて遅咲きで、その分努力して努力して3年。
年はフェリシアーノと同じであちらは12歳からジャスティスをやっているのだが、今ではどちらが長いのかわからないくらいだ。
「鍛練なら…一緒にやるか?
どうせなら模擬戦でも」
「模擬戦?」
首をかしげる梅にギルは後ろに立つ弟を振り返る。
「ルッツが後ろに立っている俺様を守るのを梅が攻撃。
梅は敵が連携して来た時の突破の練習。
ルッツは敵から味方を守る訓練な?」
「良いネ、それっ!」
「そうだな、たまには筋トレ以外も良いだろう」
と、互いが了承したところでそれぞれのジュエルと同形態の武器…梅は普通の三節棍、ルートは盾と木刀で模擬戦を始めた。
まあ…日々鍛えているとは言っても、梅ではジャスティス最強の盾を突破はできない。
なのでギルベルトはルートの後ろでルートの守りの甘い部分を梅にヒントとして伝える。
もちろんルートもそれを聞いて守りを固めるわけなのだが、早さに関しては梅の方が上だ。
おそらくジャスティスの中ではフェリシアーノに次ぐ俊敏性を誇る梅の棍がたまにルートの守りを突破しそうになる事も数回。
しかし結局完全突破は出来ないまま、模擬戦は乱入者によって中断される事になった。
「あ~、やっぱここだったか…」
と駆け込んできたのはエリザを伴ったロヴィーノだった。
「よお、さっきぶり。
今日はなんだか珍しい奴だらけだな…」
と、さすがに梅以上に鍛練室で出会う事など皆無と言っていいであろうロヴィーノがこんな場所に来る事に目を丸くするギルベルト。
「ああ…ほんっと悪いんだけどよ…」
「出動か?」
「イヴィル3体と若干数の雑魚だから…」
「ああ、良いぜ。
放送流すとぜってえタマが来ちまうから、わざわざ足運んでくれたんだろ?」
「ああ。エリザとお前で全然余裕だと思うから…」
とのロヴィーノの言葉に異論はない。
むしろアーサーを気遣ってくれた事に感謝したいくらいだ。
自分だけなら別に連戦も全く問題はないとギルベルトはルートの後ろから抜けだした。
「あ…俺も行っても良いか?
念のため…いつもフェリとではなく色々な戦闘を経験して糧にしたい」
と、そこでルートが申し出る。
「出来るだけ…どんなことにも対応できるようにならなければ…な」
とその言葉はおそらく先ほどのギルとのやりとりを気にしての事なのだろうが、まあ経験を積む事は悪いことではない。
それはロヴィーノも思ったらしく
「ああ、じゃあルートも一緒に3人でサクッと片付けてきてくれ」
と、許可を得て、ギルベルトとルート、それにエリザはそれぞれ着替えに自室に戻り、その後8区の駐車場で車に乗り込むと出動して行った。
そんな事は露知らず、こちらはスイーツをほおばる後衛組。
ほわほわとしたフェリシアーノにつられてアーサーまでほわほわとご機嫌で互いに自分の分を味見させあったりしている。
「…か…可愛いですよねっ!本当に天使っ!2人とも天使!!」
と、それを少し離れた席から覗き見つつ、こっそり写真を撮る女性。
「…遠子さん……」
パシャリっ!
「…遠子さん…」
パシャリっ!!
「…遠子さんっ!!」
パシャパシャパシャっ!!
「あのっ!!」
と、ひたすらスマホを覗き込む女性のレンズを桜はとうとう手でさえぎった。
「あ…呼びました?」
と、そこで彼女はようやく桜の声に気づいたらしい。
いつも笑みを絶やさない桜も、さすがにはぁ~っと呆れたように息を吐き出した。
「さきほどからお声をかけさせて頂いておりましたが…お仕事の事で……」
「すみませんっ!今、わたし的にはすごく忙しかったのでっ!!
あ、一応、これは趣味もありますけどっ!
確かに私の保管用でもありますけどっ!
大きく引き伸ばして部屋に飾っちゃったりもしますけど、ちゃんと乙女ジャーナルにも提出しますよっ?!」
「いえ…そのことではなく……
というか…乙女ジャーナルもちゃんとしたお仕事ではなくて趣味ですよね?
わたくしも毎回出るのは楽しみにしてはおりますが、趣味ですよね?」
ヒクリ…と破れかける桜の八つ橋。
「あ…もしかしてブレインの方の仕事の事言ってます?」
と、そこで悪びれず言う遠子に
「その他に何があるんですか?他に遠子さん副業か何かなさってるんですか?」
と、桜はがっくりと肩を落とした。
「やだ~!桜さんたら、早くそれを言って下さいよぉ~」
ときゃらきゃら笑う遠子に疲れ切った顔の桜。
「さきほどから申し上げようとしていたのを聞いて頂けなかったんですが?」
と言う桜に、遠子の方は
「あれ?そうでしたか?」
と、あっけらかんとしている。
「もう、結構です。
本題に入らせて下さい」
「は~い♪」
と、明るく挙手と共に返事をする遠子…ちまっとした女性だが、これでも既婚者である。
桜はまるで困った女生徒を諭す女教師の気分でもう何度目かのため息をつきつつ言った。
「遠子さん…極東支部、大変な事になったのはご存知ですよね?」
と、その言葉と名前からわかるように、彼女は極東支部のブレイン部員だ。
「ええ、でも大丈夫っ!建物死すとも萌えは死なず!
私のアーサー君コレクションはちゃんと旦那が持って避難してくれたと連絡がありましたっ!」
胸を張って断言する遠子。
何かが違う気がする…違わないか?
「…出来た…出来すぎた旦那様で……」
遠子の言葉に、桜は虚ろな眼差しで遠くを見つめ始める。
極東支部壊滅の知らせを受けた時には桜もさすがに驚いたが、豪州の時と違うのは、壊滅したのは建物だけで、人員はほぼ全員無事避難出来たことだ。
その報を受けた時は心底ホッとした。
元々極東支部は2人しかいないジャスティスが広範囲の防衛を受け持っていたためジャスティス不在の時間が多く、基地自体を死守するよりは何かあっても時間を稼いで逃げられるようにと、頑強と言うよりは複雑なからくり屋敷のようになっていていたのが幸いしたらしい。
それでも未曾有の緊急事態には変わりはない。
そんな時にも妻のコレクションを抱えて逃げる夫……恐妻家?愛妻家?それとも??
どちらにしても中身が完全にわからないように梱包する時間などなさそうではあるし、周りの視線が痛そうだ。
桜はその時の彼の様子を想像して、ソッと心の中で涙する。
「その優しいご家族の元へ戻られないでよろしいんです?
極東支部も立て直しに忙しいのでは?」
と、すっかり本部生活を楽しんでいるように見える遠子に聞くと彼女はへらりと笑って頭を掻いた。
「いやぁ…実は極東支部の面々みんな次の基地作るまで避難所生活で…居る場所ないから帰ってくるなと言われた時には泣きました」
あっけらかんと言うが、なるほど、彼女は彼女なりに大変な状況らしい。
忙しい時に趣味に没頭していて良いのか…とさすがに思ったのを、事情も知らずにひどいことを思ってしまった…と、桜は深く反省した。
しかしそれも一瞬で、続く
「が…これは帰れないで正解でしたっ!!
フェリシアーノ君とアーサー君…この先お二人を天使組と名付けましょう!
アーサーさん単体でも可愛くて萌えますけど、フェリシアーノ君とじゃれあってよし、ギルベルトさんといちゃついて萌えっ!
ああっ!もうこれ帰ってる場合じゃないですよねっ!本部万歳っ!!!」
という言葉に、反省した気持は一転、桜は少しでも反省した自分を殴り倒したい気分になった。
そして…天使組…確かに天使ですよね。
ああ…愛らしい…と思ってしまった事も……
そして気づけば一緒に写真に2人を収めている桜がいた。
可愛いは正義…そう、可愛いは全ての不合理を覆す正義の、極東支部乙女なのであった。
…桜…何してんだ?
腐っても視覚聴覚に優れた遠隔系。
モグモグとケーキを咀嚼しながら目の端でそれを追うアーサーに、
「どうしたの?」
と、きょとんと小首をかしげる同じく遠隔系ジャスティスのフェリシアーノ。
そしてアーサーの視線の先を追って、ああ、と、笑った。
「ここの女性はね、なんだか俺やルートが一緒にいたりするのを見てるのが大好きなんだよ。
アーサーもサービスしてあげようよ」
と、言うなり自分のフォークにケーキを刺し、アーサーにも同じようにさせてお互いの口元へ自分のフォークを近づけた状態で、くるりと振り返って
「ちゃお~」
と2人に向かって手を振った。
きゃぁああ~~!!と嬌声をあげる本部の女性陣…の中で、パシャッ!パシャッ!!と厳しい顔でシャッターを切る極東から来た女2人。
一時の快楽よりも永続性の確保……ある意味仕事人間…仕事人である。
しかしそんな日常を楽しむ中、いきなり鳴り響く警報。
『ジャスティス桜は至急医療本部へ。
他の待機中のジャスティスは速やかにブレイン本部へ急行されたしっ!!』
「ほんっとにレッドムーンて空気を読まねえよなっ!!」
まだケーキ食べかけなのにっ!!と舌打ちをしつつも即立ち上がるアーサーと、
「え~、俺達戻ったばっかだし、他に頼もうよ~」
と渋るフェリシアーノ。
それでも
「行くだけ行ってそれ主張して戻ってケーキにアイスクリームだっ!」
と言うアーサーに、
「仕方ないねぇ…。まあオヤツは気兼ねなく美味しく食べたいしね」
と、フェリシアーノも渋々立ち上がって、2人揃って早く食堂へ戻るべく、ブレイン本部へと急いだ。
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