温泉旅行殺人事件_1

姉の企みにのせられて熾烈な女の戦いに巻き込まれるは、初体験のチャンスは逃すは、あろうことか殺人事件にまで巻き込まれるなんて、本当に年末は散々だった。
それでもまだ年度内に片がついて彼女のアオイ、親友のコウこと碓井頼光と、そして友人でコウの彼女のフロウこと一条優波の毎度おなじみの4人で初詣にこれただけマシなのだろうか…。

近藤悠人、通称ユートは、ありえない行列を並んだ末やっと辿り着いた神社の賽銭箱に、彼にしては奮発して500円硬貨を投げ込みながら、
(今年こそ…アオイと無事初体験終えられますように。ついでにこれ以上おかしな事件に巻き込まれません様に)
と、これまた彼にしては随分真剣にお祈りをした。
もうどちらも切実である。
隣ではアオイも気合いの入った祈りを捧げている所を見ると、なんだか同じ事を祈ってる気がしてくる。

一方でコウとフロウはサラっとお祈りをすませたらしく、さっさとおみくじなど引いている。
「ふふっ、大吉ですぅ♪」
とヒラヒラとおみくじをかざすフロウに、
「末吉…」
と、ちゃっちゃとそれを枝に結びつけるコウ。
その後ユートとアオイも同じくおみくじを引く。
「う~ん…末吉だ~」
というアオイ。最後にユートはゲゲっ!と声をあげてのけぞった。
「ありえんっ!凶ってなに?凶って!」
滅多に出ないらしい凶をよりによって初詣に引くあたりが…なかなか波乱な幕開けである。

その後は年末の事件の発端になった聖星女学院の校舎屋上のマリア像見物に行ったあと、フロウの家へ向かう。

「アオイちゃん、ユート君、いらっしゃい♪優波、頼光君おかえりなさい♪」
豪奢な洋館のドアが開くと、そういって迎え入れてくれるのはフロウにそっくりなフロウの母、優香。
もうフロウのうちで当たり前におかえりなさいと言われてるコウは、これまた当たり前に
「ちょっと部屋で着替えてくる。」
と、ユートとアオイを残して自分用に用意されている私室のある2Fへと上がって行った。
それを見送ってユートは思わずため息をつく。

「いいよなぁ…コウは…。いつでも彼女と二人きりになれて…。」
その言葉にフロウはキョトンと首をかしげた。
「二人きり…になりたかったんですか?今日」
「いや、今日の事じゃなくて、普段ね」
ユートは苦笑して訂正する。

「姫ん家広いしお互いの部屋で二人きりになるとほぼ邪魔入らないだろうし、コウの家なんてもっと完璧に二人きりになれるでしょ。俺らなんて年末はたまたまお泊まり旅行できたけど、そうじゃなきゃお互い自分の部屋でも常に家族の気配あるし…。静かに二人キリなんて次はいつになるやら…」
ユートがそう言って大きく肩を落とすと、丁度紅茶を運んできた優香がにこやかに言った。
「あら、ユート君、静かに二人きりのお泊まり旅行したかったの?」
「え?あ、いや、あのっ!!」
いきなり振ってきた声。大人に言われてさすがに慌てるユートだが、優香はにっこりと
「じゃ、丁度いいから優波も行ってらっしゃいな♪明日から私とタカさん旅行だから頼光君とお留守番だし、優波達も旅行でもいいんじゃない?お友達がやってる旅館あるから借りてあげるわ♪部屋がそれぞれ離れになってるから静かよ~♪」
と、フロウに言う。

ちなみにタカさん…というのはフロウの父親である。
代々フロウの実家の家系の女は天然で、しっかり者の男を、それだけはきっちり選んで続いている不思議な家系というのもあって、非常にしっかりとした”出来る男”である父、貴仁は、やはり娘の選んだ男を信頼しきっていて、しばしば自分が帰宅できない時にコウを留守番に呼んだりしている。
ゆえに何故か親戚でもなければ幼少時からの古いつきあいとかでもない娘の彼氏であるコウの私室が一条家には用意されたりしているわけで…今回もその留守番の予定だったらしい。

ここん家の親は相変わらず…と、ユートとアオイは内心苦笑する。
まあそれでもその申し出はありがたいわけではあるが…。
「えと…よろしいんですか?」
チラリと見上げるユートに
「旅行はね、行ける時に行っておくものよ♪今と未来じゃ同じ季節に同じ場所に行っても感じ方違うしね♪見える景色も違うわよ、きっと♪」
と優香は上機嫌で言いつつ、
「じゃ、予約いれてくるわね~♪」
と、パタパタと電話に駆け寄った.
コウの意見は…いつものことではあるが、すでに考慮されないらしい。
降りて来たコウは話をきいて大きく大きくため息をついた。

「優香さん…相変わらず画策してるな…」
その言葉にユートが反応する。
「画策って…何かやばいことでもあんの?!」
去年…2度も殺人事件に巻き込まれていると、さすがに怖い。
おまけに今年は初っぱなから凶のおみくじなんてひいてるので、楽観的になれない。
その言葉にコウは
「あ~別にユート達は気にしないでいい」
とまた小さく息を吐き出し自分もフロウの隣に座ると、入れてあった紅茶を口に含んだ。
「そう言われても…気になるんだけど?」
うながすユートにコウは少し嫌そうな顔をする。

「母はあと4年ほどで40なんですよ~。でね、30代のうちにおばあちゃんになりたい…って思っちゃってるわけなんですよね…」
コウの代わりにフロウがサラリともらす言葉にアオイが紅茶を吹き出した。
「多分…TVか何かでそんなのがやってたとかだと思うんですけどね…」
と、さすがに呆れた様に付け足すフロウに、ユートは
「親公認でやりたい放題っ?!」
と身を乗り出す。

「お前…馬鹿か…やりたい放題やったら終わるぞ…」
それにコウがまたがっくりと肩を落とした。
「生活力がない…っていうのを別にしても、まだ法的に籍もいれられない年だぞ。子供って言うのは籍入れてない状態で産まれたら認知しても非嫡出子だ。それは後日籍入れても変えられるものじゃないから子供に一生正規の婚姻関係の間以外で産まれた子ってのが付いて回るんだぞ」
「コウって…なんかすげえ色々考えてね?」
その言葉にユートがポカ~ンと口をあける。
「当たり前の事だ。お前も考えろ。というか…籍いれてないうちにやるなら常にそのくらい考えとけ」
そこまで考えてるのかと呆れるユートと、そんな事も考えてなかったのかと呆れるコウ。
双方が正反対の意味でため息をつく男二人。

そんな事を話しているうちに優香がハタハタと戻って来て、予約し終わった事を告げた。
「とりあえずね、二人きりでゆっくりしたいって言うユート君の希望通り、それぞれが離れになってる旅館予約したから♪一つの離れに和室2部屋と洋室1部屋あってね、洋室にはベッドがあるからいちいち旅館の従業員さんがお布団敷きに来たりもしないし、思い切り二人きりでゆっくりできるわよ♪」
「おお~」
ウキウキと説明する優香と歓声をあげるユート。
そこでコウが眉間に手をやりながら、ため息をついた。
「優香さん…まさかとは思いますが部屋割り…」
「ちゃんと2棟予約したから♪ユート君とアオイちゃん、頼光君と優波で♪」
にこやかに宣言する優香に、コウはやっぱり、と、ガックリと肩を落とす。
「優香さん、嫁入り前の娘の親がそれって普通にありえません!」
「あらぁ、いいじゃない?頼光君だって別に優波が嫡出子だから好きなわけじゃないでしょう?
大丈夫♪頼光君に似ても優波に似ても絶対に可愛い子供が産まれるから♪」
確かにそうなんだが…だからといって…。もう…泣きそうである。

この台詞はもう随分前から言われていて…このあり得ない浮世離れした女性は貴仁がいても誰がいても平気でそれを言っていて…でも誰が忠告しようと聞きたい言葉以外は華麗にスルーできる高いスルースキルは娘と本当に瓜二つで……そして能力的には彼女を遥かに上回るはずの貴仁が彼女にだけは弱いのもフロウに弱い自分と一緒だったりして…

「…青少年にはなかなか拷問だよな…。でも頼光君の理性は信じてるから…」
と、コソコソっと避妊具を渡してくるのが、せめてもの貴仁の良心らしい。

でもまあ…それがなければ非常に温かい良い人達ではある。
産まれてすぐくらいに母を亡くし、父も仕事で忙しくて滅多に帰宅しないという環境で育ったコウにとっては、ここが唯一の家庭、この人々が唯一の家族と言ってもいいくらいだ。
あまり他人になじまないコウでも違和感なくとけこめる温かい何かがこの家にはある。
もちろん、彼女のフロウはコウにとっては最愛にして唯一無二の絶対者。
自分の幸せの全てが彼女にあると言っても過言ではない。

そんなわけで…行かないという選択はコウにはほぼできないわけで…なし崩し的に4人で旅行と相成った。




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