焦燥
イギリスが手術室に運ばれていったのは丁度昼の12時だった。
手術室のドアまで付き添って、そこで運ばれていくのを見送って、パタンとドアが閉められた瞬間、スペインの胸中を不安が占める。
国だから死ぬことはない…そう思うものの、体にメスをいれるのだから、何かあったらどうしよう…とまず思う。
喉から手が出るほど子どもが欲しかった…しかしそれはイギリスが無事という前提だ。
最愛の伴侶を失ってまでという事ではない。
点灯する手術中のランプをジッとにらみつけて、冷や汗をかく。
あまりに幸せすぎる状況だったがゆえに、逆に反動で何かあったらどうしようと怖くて仕方がなくなる。
楽天的なこの男にしては、珍しくひどく悲観的な考えにとらわれた。
ソファに座る気もせずウロウロとドアの前を往復する。
どうしようもなく不安な中、スペインは感動の瞬間は誰にも邪魔されたくないとロマーノすら呼ばなかったことをひどく後悔した。
イギリスになにかあったら…それはスペインにとって一人で抱えるには重過ぎる不安だった。
こうしてとてつもなく長い時間がたったように思われたが、それは実際はほんの20分もたってないくらいだった。
ピエェェとか細い泣き声がスペインの耳に飛び込んできた。
緊張がドッと解けて、スペインはその場にしゃがみこむ。
嬉しいとかいうより、ただただ安堵が心を占めた。
もう緊張のあまり泣き声がこだまして音声多重に聞こえるほどだ。
どうやら無事生まれたらしい…と、わかると共にどっと汗が噴出した。
震えが止まらない手にはじっとり汗をかいている。
しかし何故か、その手の汗が乾いてしまうほどの時間がたっても手術室のドアは開かれない。
何故…?!
まさか何かあったのか?!
また手足が震えてきた。
子どもの泣き声は普通に聞こえてきたということは、イギリスに何かがっ?!
限界だった。
スペインは手術室のドアが見える位置にある公衆電話にかけよって、受話器を取った。
2コールでつながる電話。
『どうした?生まれたのか?』
急いで取ってくれたらしく、少し乱れた息で聞いてくる子分の声に、スペインは泣き崩れた。
「アーティーが…死んでもうたらどないしよ……」
もうその後は頭がぐちゃぐちゃで言葉にならない。
ひたすらしゃくりをあげるスペインに、
『すぐ行くから。落ち着け。早まるなよっ』
と、子分の声。
そして、すぐ行くから!ともう一度繰り返す子分の言葉を最後に電話が切られた。
「…どないしよ…アーティー…どないしよ…」
受話器を置くと、廊下で頭を抱えてしゃがみこんだまま、子どものように泣くスペイン。
しかしそれからすぐ手術中のランプが消えた。
「……っ!!」
はじかれたように立ち上がって手術室のほうにかけよるスペインの前でドアが開く。
「おめでとうございます。双子の女の子さんですよ」
と、笑顔で出てくる看護士を押しのけるように
「アーティーは?!」
と中を覗き込むようにすると、移動用ベッドで眠っているアーサー。
「まだ麻酔が効いて眠っていらっしゃいますよ」
と、なんでもないことのように言われて力が抜けた。
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