送ってもらっている警察の船の中で由衣がユートに声をかけた。
「おや…てっきりいびられるかと思ってたけど…」
ユートにとっては率直な感想だったのだが、それは由衣には痛烈な批判に聞こえたらしい。
普段は気の強い由衣が泣いた。
「ごめん。本当にこんな…ユートに仲いい真由の犯罪暴かせるなんて事になるなんて本当に思ってなかったのよ。
ごめんなさい」
その由衣を左右から利香と真希がなぐさめる。
確かに後味の悪すぎる旅行だった…。
しかしまあここまでの自体が起こったのは由衣達のせいではない。
彼女達は彼女達で真由に対する友情と善意のみのために来たのだ。責めるのは酷というものだろう。
というか…ユートは由衣に言われるまで責任を感じられる立場だと全く意識していなかった。
「…俺はいいけど…お詫びならあっちに言いなさい。コウは今回板挟みと責任とその他諸々で随分苦しんだんだからさ」
まあ…開き直られても腹がたつのだが、あらためて神妙に謝られてもなんとなく困る訳で…ユートはジ~っと波間に視線を漂わせて考え込んでいるコウの方へと振ってみた。
「今回はさ…マジいっちゃんなんも関係がない巻き込まれのくせして、嫌な部分全部かぶってくれるつもりだったんだぞ。スペックの高さもすごいけど、それよりなにより性格の良さがな、本気でありえない。
あいつは俺が持ってるもののなかで数少ない自慢出来るものの一つ、最高の親友よ?
あいつと世界でいっちゃん可愛い彼女のアオイちゃんがいれば俺生きて行けるし♪」
ユートの言葉に女3人少し吹き出して、それからコウに視線をむけた。
凛とした表情で遠くを見つめるその様子は、美しく絵にはなるのだが、なんとなく一般人には近づきがたい印象も与える。
「なんか…さ、こうして真面目な顔してる時の碓井君て違う世界に生きてる人って感じするよね、秀麗すぎて。」
真希がボソボソっとささやくと、利香と由衣がうんうんうなづく。
「すごく重要な事とか考えてるっぽいし…邪魔しにくいっていうか…」
物怖じしない由衣もそう言ってお伺いをたてるようにユートをみあげた。
「あ~、中身はただの空気読めないお兄ちゃんだよ。今も絶対彼女に会いたいな~とか考えてるしっ。
コウは自分空気読まない分ひとにも求めないから気にしないでいいって。」
由衣達のその言葉にそれまでユートの隣でピタリとくっついていたアオイが立ち上がってそう言うと、コウに向かって叫んだ。
「コウ~、ちょっと~!」
そう声をかけて、振り向いたコウに手を振る。
「ああ、なんだ?」
少し腰をうかせてアオイの方へとずれるコウ。
アオイは自分もちょっとそちらにずれると、
「もしかしてまたフロウちゃんに会いたいとか考えてたでしょ?」
といたずらっぽく笑った。
「お見通しか。」
と苦笑するコウ。
「そりゃあね、コウぼ~っとしてる時って9割型はフロウちゃんの事考えてるもん。」
「ん~、まあ昨日丸一日会ってないしなぁ…」
「でもたぶん迎えに来てくれてるでしょ」
「それは…いくら姫でも無理だろ。今回日程予定外だったし、この時間に帰るの教えてないしな。」
その言葉にアオイがにやりと笑って自分の携帯をふりかざした。
「ふふっ、実は島出る前にちゃんと電話かけといたもんね~♪絶対車でお迎えつきな予感♪」
「アオイ、偉いぞ!」
軽く盛り上がりを見せる二人を少し遠目にながめているユート&利香、由衣、真希の4人。
「アオイちゃんてさ…すごいよね。あの入り込めない雰囲気だった碓井君と普通にしゃべってる」
真希が口を開くと、利香が
「うん…。アオイちゃんといる時の碓井君て、本当に普通の良いお兄ちゃんに見えるもんね」
とうなづいた。それにユートは少し笑みを浮かべる。
「あそこは兄妹だからな。アオイも実は相談事とかはコウにしてるみたいだし。」
「妬けたりしないの?ユート」
と言うのは由衣。
「いや、あそこはマジ似たもの兄妹だから。男女って言うのとは全然違う。
アオイがコウに気軽に相談するのは、確かに異性ではあるけど、”男"として接する事がないっていう気楽さからだし。コウは女っていう意味では彼女以外に興味ないしな」
俺と真由みたいなもん…一瞬脳裏をよぎったその言葉をユートは飲み込んだ。
それはようやく和らいで来た空気を確実にまた沈み込ませる。
その言葉の代わりにユートは
「アオイといる時はただの気の良い兄ちゃんだから、行ってくれば?」
と、女3人をアオイと歓談中のコウの方へとうながした。
「碓井君…」
オズオズと声をかける女3人。
旅行中ずっとすごい勢いでまとわりついて来ていた3人の少し引いた態度に、コウはやっぱりな、と苦笑した。
「今回は…ごめんな。でも真実を追究するって決めたのは俺でユートは本当に関わってないから。
あいつのことは責めないでやってくれ」
コウの言葉に3人は顔を見合わせる。
そしてうなづくと、3人揃って
「ごめんなさいっ!」
と頭を下げた。
「ユートも、もちろん碓井君もぜんっぜん悪くないからっ。巻き込んでホントにごめんなさいっ!」
由衣は言って顔をあげる。
「たぶん…真由はすごく生真面目な子だったから、このままじゃつらかったと思うっ。
全部バレてホッとしたって言ってたし…あのままだったら私達秘密抱えてつらい真由の気持ちなんて絶対に気付いてあげられなかったから…。」
「もっと早く…気付いてあげられたら良かったんだけどね…」
と、由衣に続いて利香がポツリと言って、
「早く気付いてあげたかったね、こんな事になる前に…さ」
という真希の言葉で3人がお互い抱き合って泣き声をあげた。
それに困った様に顔を見合わせたコウとアオイは、黙って視線をユートに向ける。
あ~やっぱりこっちにくるかぁ…とユートは視線に気付いて苦笑い。
「はい、そこで泣かないの。コウも困ってるっしょ」
と、自分もそちらの方に少し歩を進めた。
「まあ…落ち着いたら全員で面会いってあげよう?」
3人の肩を叩いてユートが言うと、3人は手に顔を埋めたままウンウンとうなづく。
その様子を見てアオイは、3人に対するユートの態度は自分に対するコウみたいだな、と、ふと思う。
それをこっそりコウに言うと、コウもこっそり
「ああ、お前達風呂入ってる間にそんな話してたぞ。困ってたら助けてやりたいし、良い奴見つけて幸せになれよとは思うけど、その良い奴に自分がなろうとは思わん。そんな感じの…妹みたいな相手。」
と、返して来た。
「そう…なのかぁ…」
その言葉に少しホッとするアオイ。
「まあ…な、男が思うより女はモテるもんだが、女が思うほど男はモテない。そんなもんだ」
「それ…コウが言うとぜんっぜん信憑性ないよっ」
吹き出すアオイにコウは真顔で
「信憑性ならありまくりだ。少なくとも俺は姫以外に好きだって言われた事ないぞ。」
と断言した。
みんな…その整いすぎた容姿と高すぎるスペックのせいで近寄りがたいだけなんだけどな…と、アオイはさきほどの由衣達の話を聞いてふと思うが黙っておくことにする。
どうせコウはフロウ以外には興味がないから、言うだけ意味がない。
そんなコウの最愛の彼女様は、やっぱり迎えに来てくれていた。
「姫っ!姫~~っっ!!」
コウは船をおりてその姿を認めると、すごい勢いで駆け出していく。
そしてそのお姫様オーラを漂わせてたたずむ美少女の前にくると荷物を放り出して、
「すごく、すっご~く会いたかったっ!」
と、その華奢な体を強くだきしめた。
そしてそのお姫様が
「私もですよぉ♪おかえりなさいっ、お疲れさまでしたっ♪」
と、この世のものとも思えないほど可愛らしいハイトーンの声でそう言うと、コウは手はその背に回したまま、体だけ少し離して、あらためてその可愛らしい顔に浮かぶ天使の笑みにみとれる。
「本当に…今回は色々堪える事多かったから…。」
「みたいですね。そんな感じの声でした」
全てをわかって許容してくれるその笑みにコウはホッと息をつく。
「…本当に…死ぬほど会いたかった…」
そしてそのままその華奢な体をまた抱き寄せると唇を重ねた。
「え~っと…性格変わる?碓井君」
そんな様子を遠目に驚きの目で眺めつつ立ち尽くす女3人組。
唖然とする由衣の言葉にユートは小さく吹き出した。
「ちなみに…毎日彼女の家で彼女と過ごしててあれよ?
1日会えないと寂しくなって2日会えないと禁断症状で3日会えないと死ぬとみたね。
言ったっしょ?コウの方がベタ惚れの”命より大事な彼女様”なんだよ。他が入り込む隙なんて微塵もないって」
そんなユートの言葉に
「なんか…すごいね。あそこでいきなり抱き合って熱いキスって、日本人じゃないよねっ。まあ…碓井君はもちろん彼女さんも一般人とはかけ離れたレベルの美形だから絵になるけど…。映画のワンシーンみたいだよね」
と、利香がやはり驚いてそちらを凝視しつつ言う。
「まあ…あれだけの男の彼女は、やっぱり一般人じゃないのは納得したっ。なんか…なんだろ~、単に可愛いだけじゃなくて一般人離れしたオーラあるよねっ。もう完敗っていうか、あれだけの美少女なら清々しいくらい思いっきり諦めつくっ!」
最後に真希の言葉を聞いた時、アオイはふと真由の言葉を思い出した。
ユートの彼女になりたかったと言っていた真由の言葉…。
「相手が…私みたいなのじゃなくてフロウちゃんみたいに可愛かったら、真由さんもきっともっときっぱり諦めがついたんだろうね…」
真由が諦めた理由はユートの態度で…自分じゃない。
まあしかたないんだけど…と、苦笑するアオイに由衣が目を丸くして、次の瞬間ケラケラ笑った。
「アオイちゃんてさ…もしかしてすっごい自己評価低い人?」
由衣の言葉にユートはやっぱり笑いながら肯定してうなづく。
「心配しなくても…アオイちゃんも今時レアだから。
これがさ、私らみたいな彼女だったら、真由も”ユートだまされてんなよっ”って諦めがつかなかったと思うよ?
もうさ、なんていうか…自分が守ってあげないとこの子やばいかもって感じのアオイちゃんを、あの事なかれで面倒ごとはゴメンって言うユートが主義まげて一生懸命守ってるからさ、微笑ましい気分になんのよ。」
そんな事…考えても見なかったアオイはポカ~ンだが、その由衣の言葉をユートは”その通り!”と肯定する。
「もうさ、”可愛いお馬鹿さん”だからねえ、アオイは。今時の油断ならない女ん中ではマジレアよ?」
それに利香と真希も同意した。
「いつか…また今度は本気で何にもない状態で遊びに行こうね。碓井君の彼女さんも誘ってさ。」
「うん♪ぜひ」
そんな由衣とアオイのやりとりを聞いて、ユートはふと思い出した。
今回も…結局”できなかった”。
もう本気でありえない確率で起こる殺人事件に毎回邪魔をされている気がする。
もしかして…これ結婚までなんのかんの言って”できない”とか言うオチ?
下手すると新婚旅行とかで”さあやるぞ”とか思ってもまた殺人事件だったらどうしよう…。
今年は賽銭500円も奮発したのにおみくじは”凶”で、半年もたたないうちに2度目の殺人事件…。
もう来年にかけてみようか…。来年は…倍にして1000円くらい奮発してみようか…。
夕日の埠頭。
もう二人の世界で幸せそうな親友カップルと新たに出来た女の友情に盛り上がっている女性陣を遠目に見ながら、近藤悠人17歳は青少年らしい悩みを抱えつつも、次こそは!と再起を誓いつつトラブル続きの旅行を終えた。
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