「あー、アルト、そんなに緊張しなくて大丈夫だぞ」
ひどく硬くなっているアーサーを引き寄せてその細い身体を抱きこむと、ギルベルトはその背をなだめるようにポンポンと叩いてやる。
それは1年半ほど前、初めてアーサーと撮影を始めた頃から変わらない習慣。
何事にもひどく自信がなくて不安感の強いアーサーには、言葉をかけるだけではなく、しっかりと物理的に守る意志と手がある事を示してやる。
それは一番最初にアーサーが過度の鍛練をしようとして身体を壊して、結果、撮影を遅らせる事になったとパニックを起こして何も言葉が届かなくなった時から始めたものだ。
まあ…アーサーはそれで落ち着くし、ギルベルト自身も自分の腕の中にアーサーがすっぽり収まってしまうのが心地いいので、ウィンウィンの良い習慣だと思っている。
ここで悪友達だと顔中にキスでもして甘い言葉の嵐なのだろうが、あいにくラテン系の彼らと違ってギルベルトは日常的にそこまでダダ甘い愛情表現をするのは得意ではない。
親愛と恋情のちょうど中間くらいの状態。
それがギルベルト的には自然体で、おそらくアーサーの側も他人との接触が著しく少なかったせいで、そのくらいがちょうど落ち着くらしい。
何もかも、全く自分の性質と自分の好みに合わせたような出来た恋人である。
今日はギルベルトとアーサーのための番組その名も【ギルとアーティのファンの皆様の仰せのままに】の第三回放映分の収録だ。
この番組は文字通りギルベルトとアーサーがファンのリクエストを募集して、そのアイディアに沿って何かをするのを撮影するというものである。
第一回は2人でお好み焼き屋で食事をする事。
第二回はギルは変装アーサーは女装して、一般のCPのフリで街中デートだった。
そして今日の第三回のお題はと言うと、『スタジオでファンの質問のお便りに延々と答え続ける』というものだ。
質問…というのもまあ怖いところではあるのだが、今一番アーサーが緊張しているのは、スタジオで撮影なのでギル以外のAKUYOU!のメンバーと共演することになることである。
元々とても人見知りが強い上、相手は有名人どころの話ではない。
アーサーが幼い頃から見ていたアイドル達だ。
緊張しないはずがない。
しかも撮影は午前中から夕方まで。
その間ずっとそんな中にい続けることを考えれば、緊張くらいする。
しないほうがおかしい。
そう訴えるとギルベルトはまたぎゅっとアーサーを抱きしめてきた。
「なんだ、そんなことかよ。
安心しろ。あいつらは細かい事を気にないっつ~か、覚えてられねえ奴らだから、気を使わないでいいぜ?
てか…むしろ気を使わないで良いから何かされたら遠慮なく殴れ。
自分で殴れなかったら俺様が殴ってやるから」
「は??」
何故そうなる?何かされる?
いじめ?新人いじめか?
と、もうその発言自体に安心できるような要素を見いだせないアーサーの両肩にギルベルトはポン!と手を置くと、その顔を覗き込んで
「いじめ…だったらまだいいんだけどな。俺様がきっちりガードできっから」
という。
なんだ?なんなんだ??
もう何を言いたいのかわからない…と、ぽかんとするアーサーに、ギルベルトは、はぁ~っと大きく息を吐き出して俯いた。
「本当に…気をつけてくれよ?
フランは綺麗だったり可愛かったりしたら老若男女ウェルカムな変態だし、トーニョはペドだ。
アルト可愛いし童顔だからな。
第二回の撮影中スタジオでトーニョはアルトの頭なでたいって言ってたし、フランに至っては尻なでたいとか言ってたらしいから」
「へ???」
もう色々わけがわからなくてポカーンとしていると、ギルベルトはまた大きくため息をついて言った。
「つまりだ、あいつらはアルトの事すっげえ気に入ってて手を出して来かねねえから、俺様のそば離れんなよって事っ!」
「…ありえないだろ。相手は売れっ子アイドル達だぞ?俺なんかに興味持つはずがない」
「なくねえよ。
売れっ子アイドルなのは間違いねえが、中身はフランは変態、トーニョはペドだ。
これはガチ、間違いねえ」
きっぱりはっきり言い切るギルベルトになんと答えていいやらわからず困った顔をすると、童顔が余計にあどけない顔に見えて、これは主にトーニョ方面で危険だとギルベルトは眉を寄せた。
「とにかく…俺様の側を離れんなよ?」
結局…本来なら気楽にやれというはずだったところに、自分自身がアーサーの危惧とは別の意味の危険を感じて、声音が重々しくなる。
もちろんアーサーはそんなギルベルトの様子にますます緊張して頷いて、ギルベルトの影でなるべく失敗しないように目立たぬようにしていようと思うのだった。
そして撮影本番へ…
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