「…ごめん……。せっかくトーニョが焼いておいてくれたクッキーだめにしちゃったから…茶菓子なくて…」
と、しょぼりんとうなだれた。
ちきしょ~!何でなにやってもこんな可愛いんだよっ!!
内心思いながら、ロマーノは気にすんなよっとまた笑みを向ける。
そんなロマーノを涙目の上目遣いで見上げる美少女に、ロマーノはかつて知ったる棚からスペインのエプロンを出すと、それをサッと身につけた。
「茶菓子いるなら俺が今から作ってやるからっ。30分待て。」
と、言いつつ冷蔵庫を開けてバターと卵があることを確認する。
棚からさらに小麦粉と砂糖とベーキングパウダーを出して手早く生地を作っていくロマーノの様子を、少女はほぉ~っと心底感心した様子で覗き込んだ。
「すごいな~。お前器用だなっ」
と、まるで本当にすごいものを見るようなキラキラした目でそう言う様子が小さな子どものようで可愛らしい。
めっちゃ守ってやりたくなる感じだ。
15分ほどかけて生地を作って型に流し込んで、それをオーブンに放り込んで15分ほど焼き上がりを待つ段階まで持っていって、ロマーノはようやく少女を振り返った。
「で?お姫様の名前、聞いてもいいんだよな?」
自分より頭一つ低い少女の手をとって、少し身をかがめてその手に唇を当てると、少女は困ったように眉を寄せた。
「あの…」
「ん?」
「お前…気づいてなかったのか、もしかして…」
「へ?」
「……イギリスだ…」
「…???」
「だから…イギリスだって言ってる。人名アーサー・カークランドだ」
「ええええええぇぇ~~?!!!!!」
イギリス?イギリス様?!!!
いつからこんな可愛い女の子に???!!!!
いやいやいや…ありえないだろっ!!!!
思わず一歩引くロマーノに、目の前の少女の大きなグリーンの瞳からポロっと涙が零れ落ちて、その瞬間にロマーノはまた慌てた。
「あ、いやっ、泣くなっ!!俺が悪かったっ!!」
たとえイギリスだと言われても今目の前にいるのは可愛らしい少女だ。
女の子を泣かすなどイタリア男としてはできない。
「…お前が…怖くて嫌だろうからっ……女だったら大丈夫かなって……魔法使って……」
ひっくひっくとしゃくりをあげる少女を抱き寄せながら
「悪い…ごめんな?ちょっと驚いただけだからっ」
と、その細い背をなだめるようにぽんぽんと軽く叩く。
なんというか…発想が斜め上すぎて理解不能だが、とりあえずイギリスなりに気を使いまくった結果がこれらしい。
「そっか…気ぃ使ってくれたんだな。ありがとな。」
ありえない…ありえないのだが、今確実に目の前の相手が可愛いと思っている自分がいる。
「…俺の作った物じゃダメだからっ……トーニョが作り置いた茶菓子とろうと思ってっ……でも、背が縮んでて背伸びしたらっ……」
「落としちまったんだな?」
と、言葉をつなげると、ロマーノの胸に顔をうずめて泣いたままのイギリスはコクコクとうなづいた。
「…俺のせいでっ…家族に避けられたら悪いからっ……ちゃんとやろうと思ったのにっ……せっかく…ちゃんとやろうって……」
子どものように嗚咽するイギリスに、ロマーノは唖然とする。
なんというか…自分はなんであんなにイギリスを怖がっていたんだろうか……。
結婚相手の身内が来るからと悩みまくって、相手に嫌われないようにと魔法まで使って女の子になって、茶菓子をダメにしたと言っては泣いて、簡単な菓子を作るのを見て子どものように目をキラキラさせて感心して…………。
なんだよ…可愛いじゃねえか……。
「ごめんな。心配させてごめん、気ぃ使わせてごめん、泣かせてごめんな?
お詫びにめっちゃ美味い夕食作ってやるからな。」
ロマーノがそう言ってイギリスの頭をなでた瞬間、ちょうどカップケーキが焼きあがった。
「ほら、味見っ。」
と、一口にちぎってまだ泣いている小さな口に放り込むと、涙でくしゃくしゃの顔がほわぁ~っとほころんだ。
「美味いっ!」
「そうだろ?」
泣き顔がようやく笑顔にかわった事にホッとしてロマーノも笑みを浮かべる。
「ティータイムにしようぜ。紅茶はイギリスが淹れてくれよ。いつもスペインから美味いって自慢されてっから。」
というと、こくりとうなづいて棚の茶器に手を伸ばす華奢な手に、ロマーノは今度は慌ててそれを助けて棚の高い位置にある茶器を出してやる。
それを使って機嫌よく紅茶の準備をする様子は可愛い。
言われてよくよく見てみれば、体つきは少女のそれで髪も長くて特徴的な太い眉もなくて、線が全体的に柔らかくなっているが、黄金色の髪も白い肌も…なにより大きな丸い新緑色の瞳がまぎれもなくイギリスの特徴を残している。
ついさっきまでは『坊ちゃんは顔だけは可愛いんだけどね』というフランスや『アーティーはもう世界でいっちゃんかわええ』というスペインの言葉が理解できなかったが、確かに偏見をとってみれば可愛い容姿はしているのだ。
そして…怖いと思っていた性格も、考えてみれば昔の欧州はみんな戦闘に明け暮れていたわけだし、イギリスが特別じゃない。
あれ?じゃあなんで…と思ったときに、ふと思い出した。
あ~料理だ…。
イギリスにつかまった時に食べさせられた料理が凄まじくて、異様にイギリスを恐れるようになったのはそれからだった気がする。
(ようは…料理させなきゃいいんじゃねえか?)
と、ロマーノはようやくそこにたどり着き、そして思った。
スペインの野郎…うまくやりやがったな……と。
スペインとの結婚前にそのことに気づいていたら自分はどうしていただろうか……ふとそんな考えが脳裏をよぎるが、まあ考えても今となっては仕方ない。
全ては終わったことなのだから、せいぜい自分はたまには里帰りと称してここにきて、自分と大して変わらない…もしかしたら年下かもしれないマンマと戯れてみようか…。
目の前で本当に幸せそうに自分がちゃちゃっと作ったカップケーキを頬張るイギリスを見ながら、ロマーノは今日の夕食のメニューに考えをめぐらせた。
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