オンラインゲーム殺人事件_葵_10章

シーフアオイの憂鬱


『ほら姫。約束の物。これで機嫌直せよ』
待ち合わせの門前に行くとコウはすでに来ていて、フロウちゃんに何か渡している。
『きゃあぁっコウさんありがとう♪』
その場でピョンピョン飛び跳ねるフロウちゃん。
即装備したフロウちゃんのサラサラの黒髪にキラリと金色の羽根が光る。



コウのレベルは…下がってないな。

『すごいね…、一発クリアなんだ。』
思わず感心して言うと、コウはそこで私を振り返った。
『ん?そんなに難しくはないぞ。お前も欲しいか?欲しければ今度とってきてやるけど』
当たり前に言うコウ。

まあ…失敗繰り返してたあたりがもういなくて良かったね。
自分に簡単にできるから難しくないわけじゃないという事は相変わらずわかってない発言だ。
それでもそう言われて私はチラっとフロウちゃんに目をやる。
白いワンピースで見るからにお姫様キャラのフロウちゃんにはすごく似合ってるけど…
茶色の皮鎧じゃどう考えても似合わないよね。

『ありがと~。でも私はいいや。』
私が言うとコウは
『そうか。まあ所詮見かけかわるだけでパラメータかわるわけじゃないしな』
と言ったあと
『んじゃ、行くか』
と、いつものように先に立って歩き始めた。

ミッション4はやっぱり中ボス退治。
街を出て海岸とは反対方向に進んだ山の中。
忘れもしない一番最初のミッションで麓の兵隊さんの手紙を渡したあの山の上だ。

銀色に輝く細身の鎧の背に青白く光る大剣を背負って先陣を切るコウ。
見かけだけじゃない。私達の何倍もの火力があってこの中では防御も一番高い。
しかも…その中の人はみんなが挫折した聖堂奥まで簡単に辿り着く反射神経と頭脳の持ち主でだ。
統率力もある。

その後ろに守られて歩いているのは純白のプリースト。
真っ白なその衣装と対照的に真っ黒な髪にはキラキラ光る金色の羽根。
お守りいたしますって気にさせる可愛らしい少女キャラは、それだけじゃなくて他にはない回復能力を持っている。
特に今回のミッションは彼女抜きではクリアできないらしい。

最後尾を守るのは艶やかな赤いマントに身を包んだエンチャンタ。
本人にそれほど火力があるとは言えないが、その能力アップの魔法には目を見張る物がある。
普通ならなかなか攻撃の当たらない格上の敵をガンガン倒せるのは彼のおかげだ。

そして…そんな中で冴えない茶色の皮鎧のシーフ。
見かけ通りの攻撃微妙、防御微妙なキャラ…。
なんか…私なんのためにこのパーティーにいるんだろう……
私は今更ながらその場違いさに気付いてリアルでため息をついた。

そんな私の憂鬱に当然気付く筈もなく、山を登りながら説明を始めるコウ。

『今回の敵は2体だ。もちろん1体ずつやる。
手前の敵はスイッチを押さない限り出現しないんだが、そのスイッチを押すと奥の敵も襲いかかってくる。
だからスイッチを押さずに先に奥の敵をやる。
だがスイッチを押さないと奥の敵がいる場所に行くドアが開かない。
ドアを通らないで奥に行こうとすると脇道を通らないとなんだが…これが炎吹き出すは落とし穴が移動してくるはで、一定のタイミングはかれないと奥に辿り着くの無理なわけだ。
まあ俺とユートは良いとして…アオイは頑張ればもしかしたら……姫はもう絶望的に無理だな』
コウの言葉にフロウちゃんがコクコクうなづいた。

『ということで、だ、俺が奥行って敵釣ってくるからスイッチのちょっと手前で待っとけ。
そこで戦闘な。間違ってスイッチ押すなよ。
んで奥の敵倒したら初めてスイッチ押して敵出現させて戦闘。以上』

なんていうか…私要らない子な気がする……

現地に着くと、コウが
『じゃ、行ってくるからここで待ってろ。』
と、吹き上がる炎や移動する落とし穴を避けつつ脇道に消えて行く。
器用だなぁ…。
私も頑張ればとかコウは言ってたけど絶対に無理だって。
最初の炎で丸焦げだよ絶対。

『とりあえず奥には辿り着いたからこれから連れてくぞ。準備しておけ』
しばらくするとコウが言う。
『了解~』
一応答えるけど、ユートやフロウちゃんみたいに魔法があるわけじゃないし、オートで殴って微妙なダメージを与えるだけのシーフにしなきゃいけない準備なんてあるはずもない。
せいぜい心の準備くらい?
ぼ~っと待つ私とユート。
フロウちゃんは相変わらずクルクル回ってる。
『ねえ、アオイちゃん、このドアが開くんですよね?』
大きなドアを珍しげな目で見上げるフロウちゃん。
『うん。横のスイッチ押すとドアが開いて敵がでてくるからね』
……って口にした私がいけなかったのね…。

『このスイッチを押すんですね♪』
って……

『フロウちゃん!!待ったああああ!!!!』
止めた時には遅かった。
何を聞いてたんだか…いや、何も聞いてなかったに一票……
フロウちゃんは押した……ポチっと……押しちゃいけない例の物を……

『ユート!回避の魔法よろしくっ!!』
とりあえずクリアのための生命線のフロウちゃんを死なせるわけにはいかないっ!
私はユートに叫ぶなり、咄嗟にフロウちゃんに襲いかかろうとする大きな悪魔に殴り掛かった。

『姫、下がって!!』
ユートは言いつつ回避UPの魔法を唱える。
敵はとりあえず殴った私の方へ向く。
運が良ければ…コウが戻ってくるまで持たないかな…。
まあ…どっちにしても私なんて役立たずだしね…。
フロウちゃん死んじゃったら全員ミッション失敗だけど、私死んでも影響ないし…。
死んでてもちゃんとパーティのメンバーの誰かが敵を倒せればミッションクリアできるし…。
死んだらちょっと経験値減るけど…レベル上がろうが下がろうがどうせ役立たずだからいいや…。

投げやりな気分で防御態勢を取らせたままキャラ放置で私がぼ~っと画面を眺めているうちにコウが戻って来た。

『おい…すごいな…。何者だよ、シーフって…』
コウの台詞にちょっと我に返って画面を注視すると、そこには敵の攻撃を避けまくって無傷な自キャラが……。
なにこれ??
『これは…下手に手出すよりそこでキープさせておいた方がいいな。
よし、アオイ、俺らがこっちの敵倒すまでお前そのまま敵キープな』

コウが言って自分が連れて来た敵を倒すのに集中する。
その間もずっと敵の攻撃を避けまくるアオイキャラ。
我ながらすごい!シーフすごい!!
『そいえばさ…シーフって回避が基準値の4倍で…さらに俺の回避UPでそれが倍、さらに…防御態勢取る事でさらに倍になって…今全部で回避が基準値の16倍になってる?』
『なんだそれっ…鬼だな』

そ…そんなすごい事になってたとは…

結局…コウ達が最初の一体を倒し終わるまでアオイキャラは無傷だった。
そして一体倒し終わってから私が引きつけておいた敵を無事倒した。

『今回はお手柄だな、アオイ。』
初めて戦闘で役にたって初めてコウに褒められた。
『うんうん、すごいよ、アオイ!』
ユートも言ってくれる。
『ですです、びっくりしました(^-^』
と、フロウちゃん。

単純にもう嬉しかった。

『ま、この先のミッションどうなってるかまだわからんが…もし敵が2体以上の場合はアオイが余分な分引きつけておいてその間にって感じだな』
コウが言う。

この時から…ようやくシーフアオイに自分にしかできない役割ができたのだった。

まあ余談なんだけど……

帰り道…いきなりコウが崖から滑り落ちた。
『コウ?そっちなんかあんの?』
ユートが不思議そうに下を覗き込むと
『いや…素でミスった、悪い。まあそこからは敵に絡まれる事ないだろうから、お前らそのまま行ってくれ。
俺はなんとか自力で帰り道みつけるから。』
との返事。
コウがミスなんて珍しいなあ…と思いつつ、私が
『らじゃっ』
とコウに返した瞬間…ユートの悲鳴。
『ひ~め~!だめ~~~!!』
止める間もなくコウを追いかけて崖をすべり落ちるフロウちゃん。

『……姫…何してる…?』
唖然とするコウにフロウちゃんはきょとんと
『何って?』
『いや、そのまま行けって言っただろうが…』
『はい、だからそのまま付いてきましたけど?』
もう…脳内変換が…宇宙だ。
『しかたないね…みんなでそっち行こう(^^;』
ユートが苦笑して崖を滑り落ちる。

そしてさあ私も…と崖の方に足を向けかけた瞬間…
シュッ!と矢が私の目の前を横切っていった。
…へ…?
矢が飛んで行った方向ではいつのまにかいたんだかクモのモンスターが矢に串刺しにされて消えて行く。
矢が飛んで来た方向を見ると大きな弓を構えた見るからにアーチャーな男キャラ。
初めて……間近に見た。
シャルルじゃないから…ヨイチ…だよね…。
一応…助けてくれたの…かな?
でもありがとうって言おうとして振り向いた瞬間、音もなく消えて行った。
な…なに?いったい……行動が…謎。
しかしいつまでも考えてても仕方ないし、私もすぐみんなの後を追って崖を飛び降りる。

『アオイ、どうした?』
少し遅れた私を心配したユートが声をかけてくれたけど、返事をするまもなく、今度は悲鳴をあげて前にかけだしていく。
『コウ!何してるん?!そっちやばいって!』
『…あ…悪い』
炎につっこむ寸前止まるコウ。
『ホントさ、今日は姫以外みんなどうかしてない?』
軽く首を振りながら苦笑するユートに、コウはまた、悪い、と謝った。
コウも……変だね、さっきから。
ミッション終わるまでは普通だったんだけどなぁ…。
結局その日はコウが駄目ぽいんでユートが先頭で、それでもなんとか道をみつけて街に辿り着いた。


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