続 聖夜の贈り物 - 大陸編 5章_2

「フェリちゃん、今日も可愛いねぇ。おまけだよっ」
「わ~、嬉しいな♪ありがとう、おばちゃん♪」

アーサーが行方不明になったあの日にアントーニョから紹介されて以来、すっかり知り合いが増えたフェリシアーノは、朝市をのぞいて歩くのが日課になっていた。


“選ばれし者”のアーサーや炎の石を身の内に取りこんだアントーニョと違ってこれと言って何かあるわけでもなく、また故郷の島と違って大陸では王子ではなく一般人なので、普通に買い物が楽しめる。
ついでに世間話がてら情報があればラッキーという感じだ。

今日も果物屋のおばちゃんと世間話に興じ、アントーニョに抱え込まれて宿にいるであろうアーサーのお土産にと美味しそうな苺を買うと、フェリシアーノは鼻歌交じりに宿への道を歩いている。

朝市の建ち並ぶ街の中心街から少し外れた“ねこのみみ亭”に帰る途中、フェリシアーノは来た時にはなかった変わったテントを見つけた。
占い師のテントらしい。

それは現在恋愛真っ最中なフェリシアーノの気を惹くには十分で……
「ルートとの事占ってもらっちゃお♪」
と、フェリシアーノは当たり前に気軽にそのドアをくぐった。

(うわぁ…雰囲気あるなぁ…)
入った途端エキゾチックな香の香りがたちこめるテント内は薄暗く、ろうそくの火だけがゆらゆら揺れている。

「ようこそ。身分に違いのある男性との恋に悩んでますね?」
と、いきなり声をかけてきたのは、正面に置かれたテーブルの向こうに座った若い男だ。
西の国の人間よりもさらに濃い褐色の肌の端正な顔立ちの男である。
どうぞ?と勧められるまま、男の正面の椅子に腰をかけるフェリシアーノ。
「どうしてわかったの?」
と言うフェリシアーノの無邪気な問いに、男はにこりと微笑む。
「占い師だからですよ。」
と、答えになっているのかなっていないのかわからない返答ではあったが、元々深く考える習慣のないフェリシアーノは
「へぇ~、すごいんだねぇ~。」
と素直に感心した。
そんなフェリシアーノに男はまたにこりと笑みを浮かべる。

「これば覗きこんで下さい」
と、長い指先で撫でるのは掌に余るくらいの大きさの水晶。
その横には白い煙が一筋立ち昇る香炉。
水晶に煙がゆらゆらうつりこむ。
揺れる煙を追ってフェリシアーノの茶色の目もゆらゆら揺れた。

やがて…パタリ…と、テーブルに突っ伏すフェリシアーノ。

「まずは第一段階成功…やね」

男の深い黒い瞳が細められ、薄い口元が笑みの形に弧を描いた。



「フェリ遅いな~」
「遅いですね~」
スプーンと皿と練乳を前に待ち構える二人、アーサーとマシュー。
フェリシアーノがでがけに買ってきてくれると約束した苺を楽しみに待っている。

「お前ら、可愛いな、おい。」
ケセセっとそれを見て笑いながら思わずつぶやいたギルベルトは次の瞬間、冷やりとした空気を感じて口をつぐんだ。

「ギルちゃん。今なんて言うたん?可愛ええ言うた?ああ、もちろんアーサーはめっちゃ可愛ええけど…それでなに?なに考えてるん?どうするつもりなん?」
笑顔…あくまで笑顔。ただしその前に怖いがつくアントーニョの手には毎度おなじみハルバード。

「お前なぁ…宿の食堂でそんなでかいもん振り回すなよ。いくら日中人が少ないって言っても迷惑だ。」
と呆れ顔のロマーノに、
「何?他への迷惑だけかよ?俺様の身の安全は?!」
と涙目のギルベルト。
フランシスはそれを遠い眼で見ながら合掌する。

「ね、単純な好奇心なんだけどさ…」
一応情報は収集して身の安全は計るべきだ…と、フランシスは一番安全に情報を得られそうなロマーノに声をかけた。

「ああ?なんだよ」
「坊ちゃんとアントーニョってさ思い切り出来てたりする?」
とのフランシスの質問に、ロマーノはハ~ッと息を吐き出して下を向いた。

「見てわかんねえ?」

「うん、でもほら、お兄さんの船で大陸渡った時はまだ微妙にできてない感があったからさ、いつのまに~ってさ」
まだはっきり肯定はされてないものの、見てわからないか?というのはそういう意味なんだろう…でもそうじゃないといいな…と、一縷の望みをかけて遠まわしに聞いてみたが、ロマーノの口からもたらされた現実は非情だった。

「こっちしてしばらくして炎の石手に入れたあたりで手出したらしいぞ。」

うわぁ…とフランシスは頭を抱えたくなった。
これ、下手すれば北の国滅亡決定?
なんとかスコットに知らせない手はないものだろうか…でも自分が隠していたのがバレたらさらにやばい。ていうか、聞かない方が利口だったのか……
グルグル頭の中で考えたが、いや、と考え直した。

もし自分が知らなかったとしても、その事実が明らかになったら絶対に責任を追及してくる。うん、カークランドだもん…お兄さん知ってるもん。

ハ~っとため息しか出ない。

大きなため息が聞こえた。あれ?お兄さんじゃないよ?
と、不思議に思ってフランシスが顔を上げると、目の前でムキムキが頭を抱えてため息をついていた。

あれはえ~っと
「ルートヴィヒ…だっけ?どうしたの?」
そこは自称世界のお兄さん。自分の悩みはさておいて、悩める若者に声をかけてみた。
その声に反応して若者、ルートヴィヒは顔を上げるが、フランシスを華麗にスルーして
「アントーニョ、兄さん、フェリシアーノ遅くないか?」
と見知った二人の方に声をかける。

か、悲しくなんかないよ?お兄さん悲しくなんかないっ。
と、ハンカチをかみしめるフランシスをこちらも華麗にスルーして、アントーニョは食堂にかけてある鳩時計に目をやった。

「あ~、そうやなぁ。いつもならもう帰ってもええ頃やんなぁ」
と言うアントーニョの言葉に、アーサーがずっと握っていた先割れスプーンを置いて立ち上がった。

「見に行ってくるっ。」
待ちくたびれたらしくそう言って歩を進めかけるアーサーを
「何言うてんのん、あかんてっ!」
と、アントーニョが慌てて止めた。
「なんでとめんだよ?」
「当たり前やんっ。アーサーは頭のてっぺんから足のつま先まで完璧に可愛ええんやから、誘拐でもされたら大変やん」

「いや…そっちじゃなくて…あれだよな?“選ばれし者”だから…の方じゃね?」
とこそりとつぶやくギルベルト。
「あいつにそういう理屈を求めるな。」
とロマーノがそれに答える。

「あ~、一人で危ないなら僕もついていきます。」
もう一人それを見て先割れスプーン組が立ちあがる。

「や~め~ろ!意味ネエ!マジ二人して誘拐される!!」
と、今度はロマーノが慌ててマシューを止めた。

「お前もじゃん…」
とボソボソつぶやくギルベルト。
「いや、俺は正しいだろっ。ガキ二人で街中ウロウロしてたら悪目立ちしすぎだ。てか、お前行けよ、ギル」
ロマーノがム~ッとしながら促すと
「へいへい、人使い荒えな。ルート、手分けして探すぞ」
とギルベルトは立ちあがってルートヴィヒと共に食堂を出て行った。

「フェリ…何かあったのか…」
アントーニョに腕を掴まれて強引に座らされたアーサーのつぶやきに、ロマーノは
「どうせあいつの事だ、珍しい店みつけてひっかかってんだと思うぞ。」
と、ある意味正しい事を言う。

こうして待つ事数十分。

「あのぉ…アントーニョさん、皆さんに言うてフロントにお客様きてはるんですけどどないします?」
と、ベルが顔をのぞかせた。

「お客さん?誰?」
「え~っと名前は名乗りはらへんのやけど、宝玉について知っている者やと言うてはります。」

「宝玉について?」
アントーニョが少し顔を険しくした。
「露骨に怪しいな。」
とロマーノも眉をひそめる。
「ああ、危ないから俺だけで会うてくるわ。ロマとアーサーとマシューはここに待っとき。あ、フラン、自分護衛頼むわ。何かあったら…わかっとると思うけど」
「はいはい、わかってるからハルバードはやめて」
とフランシスは慌てて顔の前で両手を振る。

「ほな、行ってくるわ。」
アントーニョは言い置いて席を立った。


アントーニョがフロントに行くと、一人の男が立ちあがった。
真っ白な長衣をまとったそのアントーニョよりさらに濃い褐色の肌の男をみとめると、アントーニョは少し眉を寄せて確認するように言う。
「南の…もんやね?」
「ご想像にお任せします」
にこりと口元にだけ浮かべる笑みにアントーニョは食えないモノを感じて、少し不快そうに顔をしかめた。

「で?なに?なんのようできたん?」
今度は不快さを隠さない声音で言うアントーニョの様子に構わず、男は淡々と述べた。

「人質交渉に…」
「フェリちゃんか…」
アントーニョはくしゃっと自分の前髪をつかみ、小さく息を吐き出す。
うかつだった…と思う。
自分達と違ってこれといって宝玉に直接かかわりがないからと安心しすぎてた。
“選ばれし者”であるアーサーと親密である時点で、十分こうなる可能性はあったはずなのに…。

「何が目的でどうしたいん?」
相手の真意を探るしかないとアントーニョが聞くと、男は
「詳しい事は我が主から。ここはあなた方のテリトリーゆえ、できれば御同行願いたい。街の別の食堂にてお待ちなので」
とちらりと外をうながす。

「しかたあらへんな。」
確かに相手側からしたらいつ加勢が入るかもしれない場所でトップが出てきての交渉はできまい。

「ベル、ちょい俺出てくるさかい、心配せんように伝えておいて」
と、フロントに控えていたベルに言い置くと、アントーニョは促されるまま外に出た。



「なんや、“いぬのしっぽ亭”かいな。」
そのまま徒歩で案内されたのは、ちょうど街の反対側の端にある宿屋“いぬのしっぽ亭”の食堂だった。

「ご足労願って、すまんね。」
そこでにこやかに出迎えたのは、ところどころ金糸で刺しゅうのほどこされた白い長衣の若い男。
身動きするたび色とりどりに光るのは生地に散りばめられた宝石類だ。
どうやらこの男がボスらしい。

「ああ、安心しぃね。ここは貸し切りやけんど、見ての通り宿のモンもおるし、密閉もされとらんから。」
との言葉通り、厨房の方には人の気配が確かにするし、中庭やフロントに続くドアはあけ放たれている。

それでもアントーニョは用心深く周りを警戒しながら勧められた椅子に腰をかけた。

「もうある程度はバレとるみたいやし隠しても仕方ないけん、自己紹介ばすると、私は南の国の王、インディ・マハーメーガヴァーハナ。今回は国の存亡にかかわる事やけん、特別にこうして大陸に足をはこんどるんよ。」
そう言いつつ懐から出した懐剣には確かに南の王の証である紋章が刻まれている。

「で?南の国の王さんがなんでいきなり喧嘩売ってきたん?」
不快感を隠さないアントーニョの声音に、南の王、インディはあくまでにこやかだ。
「喧嘩売っとるつもりはないんやけどね。」
と、左右の護衛に下がるように手で合図を送ると答える。

「いきなり誘拐すんのが喧嘩やないんやったら、なになん?」
「自衛…ていうたらわかってもらえるやろか。普通に考えて西の国だけ宝玉言う強大な力持たれたら脅威に思うのは仕方ない事ないやろか?」
そう言われたらそうなのだが……

「一応フェリちゃんいわくは平和利用したいちゅうことやけど…」
「みんなそう言うな。」
と言う言葉には返す言葉がない。
逆の立場なら自分もそう思う。

「自衛以外の他意はなか。うちの国は今まで喧嘩売った事ないけん。信じてもらえんやろか?」

確かに…。
東西北の国の小競り合いはしょっちゅうだが、アントーニョが覚えている限りで南の国が他の国にちょっかいをかけてきた記憶はない。

広大で豊かな土壌のため必要がないというのもあるだろうし、島で一番広いために国内の少数民族をまとめるのも一苦労だからという説もある。
他国との接触が著しく少ないので、その全容は以前謎に満ちた国なのだ。

「で?結局どうしたいん?」
自衛のため…という言葉を完全に信じるまでには至らないが、否定する理由も見当たらない。
しかし実際西の国の関係者の手に“選ばれし者”と炎の石があるのは事実で…変えようがない状態だ。

「“選ばれし者”がそちらにおるんは調べ済みなんやけど…」
「アーサーは渡さへんでっ」
と、アントーニョは相手の言葉を遮る。
するとインディは苦笑した。

「渡すまでしてもらわんでもええんやけど…力の均衡のために宝玉を集める事は諦めてもらうわけにはいかんやろか?」
正直アントーニョ自身は宝玉を集める事自体には興味はない。
いつでも自分の願いはただ一つ、アーサーと静かに暮らす事だけだ。

「諦める…って言って信じてもらえるん?」
「物理的にあきらめてもらえる手があるんやけど?」
インディは言って、指を鳴らした。
それに応じて配下らしい男が恭しく小箱を抱えてきて男に渡す。

「これはうちの国をあげて大陸の南方で見つけた風の石。これを私の身の内に取りこめるよう、“選ばれし者”の力を貸してほしいんよ。」

透明の水晶のような石の中でクルクルと青い光がうずを巻いている。
アントーニョの中の炎の石がそれは本物だと伝えてきた。

「身の内に取りこめたとしても…“選ばれし者”が側におらんと力は使えへんよ?」
黙っていてもいいのだが、これでまた騙したと言って同じような事をされれば、今度は交渉がやっかいになる。
なのでアントーニョが一応そう注意を促すと、インディは
「自衛のため宝玉を完成させたくないだけじゃけん、力が使えんでもかまわんよ」
と笑った。

宝玉が完成しないということは…一生追われる身から解放されないということなのだが、まあ長年集められなかったということは、みつかる可能性は低いと言う事なのだろう。
なんなら王のように人里から離れた所でひっそり暮らしても良い。

「ええよ。それなら。フェリちゃんかて命に代えても思うてるわけないやろし。」
結局アントーニョはうなづいた。
それがベストな方法に思われた。

「じゃあ…こちらには人質もおるけん、そちらも護衛連れてきてもよかとよ。ここで待ち合わせで。」
「ああ、そうさせてもらうわ。」

意外に和やかに終わってホッとするアントーニョ。
のちにアントーニョはこの時の自分の判断の甘さを大いに悔む事になるのだが、この時は当然そんな事は思ってもみなかったのだった。





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