「ロマ~、自分何しとるん?国離れて大丈夫なん?」
いきなりノックもなくドアが開く。
そこには見慣れた男の姿。
「大丈夫じゃねえぞ、このやろ~!でもお前が馬鹿な事してるって聞いてだな…」
「馬鹿な事なんてしてへんよ~?親分ちゃんと宝玉の欠片まで手にいれたんやで?」
「そっちじゃねえよっ!アーサーの事だっ!」
「アーサーの事?」
ロマーノからその名前が出たとたん、アントーニョはヘラっとだらしなく頬を緩めた。
「そそ、聞いたって!親分な、アーサーと恋人になったんよ。もうな、いつも可愛ええんやけど、特にな、夜なんてな…」
「だまれ~~!!!!」
ロマーノの手にあったはずのハリセンがいつのまにか消えて、スコ~ンと景気の良い音を立ててアントーニョの後頭部を張り倒した。
「お~、アーサー、元気そうだな?」
ハリセンを手に真っ赤な顔で震えているアーサーに、ロマーノは片手をあげて挨拶をする。
殴り倒せるところを見ると、とりあえずこっちは大丈夫そうだな、と、内心思ったのは秘密だ。
「ロマーノ、こいつの言う事は…」
涙目で詰め寄るアーサーにロマーノは
「ああ、わかってる。こいつにデリカシーないのは俺が一番わかってっから。気にすんな。」
と、頭をポンポン軽くなでてなだめてやる。
「そいつはお前にやるから、馬鹿な事言ったりやったりしたら、遠慮なく張り倒せ」
と、アーサーの手にしっかり握られたハリセンを指さすと、アーサーは半泣きでうんうんとうなづいた。
「とりあえず入れよ。俺らも1年ほどこっち滞在する事になったから、少し話したい事がある。」
と、アーサーを部屋の中にうながし、ついでに後頭部をさすっているアントーニョも部屋に招き入れる。
最後にギルベルトが入ってドアを閉めた。
二人が部屋に入ると、ギルベルトは飲物を用意しに別室に行き、ロマーノはちんまりと椅子に座って今の騒動をまん丸の目をさらにまん丸く見開いて凝視していたマシューに声をかけた。
「マシュー、さっき話してたアントーニョとアーサーだ。」
ロマーノがそういう言葉がまるで耳に入っていないかのように、マシューは目を見開いたまま硬直している。
「マシュー?」
不思議に思ってロマーノがかけた声も全く耳に入っていないかのように、マシューはストンと椅子から飛び降りると、タタタっとアーサーに駆け寄った。
「マスター!アルテュール!僕ですっ!マシューです!」
そのまま抱きついてポロポロ泣きだす子供を前にアーサーは茫然としてロマーノに視線を送る。
「ちょ、待った。マシュー人違いだと…」
ロマーノが割って入ろうとするが、マシューはしっかりしがみついて離れない。
「あれからずっとずっとず~~っと家で待ってたんです!でもアルが出てっちゃって…僕…僕…」
切々と訴えられてもアーサーは意味もわからずオロオロするばかりで、ロマーノもどうしていいのかわからない。
そこで動いたのはアントーニョだった。
「ボン、ちょお落ちつこか。いきなり言われてアーサーも混乱しとるからな。俺らどこにも行かんし隣に座らせたるから、いったん座ろ?な?」
しゃがみこんでマシューに視線を合わせて頭をなでると、アーサーに椅子に座るように目くばせする。
アーサーが椅子に座るために動いて少しマシューのしがみつく手の力が緩んだところで、アントーニョはソッとその手をアーサーの足から放させて、マシューを抱き上げると、自分もアーサーの隣の椅子に座って自分の膝にまたがせるようにマシューを座らせた。
「ええ子やね。大丈夫やよ。」
まだひっくひっくしゃくりを上げるマシューの頭をなでながら視線を合わせて微笑みかけると、視線はマシューに合わせたまま、ロマーノに言う。
「この子どこの子なん?事情あるみたいやけど」
さすがに子育ての場数が違う…と、改めて感心しながら、ロマーノはホッとしてマシューに関しての事情を話す。
「なるほどなぁ…そのマスターにアーサーが似とるって事やね。」
ロマーノの説明が終わるとアントーニョはうなづいた。
「なあ、いまさらなんだけど、そのマスターって東の島から来た魔法使いってことは…カークランド一族なんじゃね?」
お茶を淹れて戻ってきたギルベルトがそこで口をはさむ。
「あ~、そうなんやろうなぁ。」
アントーニョはマシュー用に入れてきた紅茶に当たり前にミルクと砂糖をたっぷり入れた上で冷ましてやると、
「とりあえずこれ飲んで落ち着き?」
と、マシューに渡してやる。
「ありがとうございます…。」
マシューは少し落ち着いたのかいつものように礼儀正しくペコリとお辞儀をすると、両手でカップを受け取り、コクコクとその中身を飲み干す。
飲んでいる間もチラチラとアーサーを伺っているが、アーサーの方は元々人づきあいが得意ではない事もあって、少し戸惑い気味だ。
「ご馳走様でした」
と、カップをアントーニョに戻してテーブルにおいてもらうと、マシューはつぶらな瞳をアントーニョに向けた。
「あの…あの人はマスターじゃないんですか?」
今にも泣きそうな瞳で言われて、はたで見ているロマーノやギルベルトの方が居た堪れない気分になる。
「どうやろなぁ…」
意外な事にアントーニョは肯定も否定もしなかった。
「どっちも絶対とは言われへんな。
親分も生まれ変わった記憶も生まれ変わらんかった記憶もないさかいな。」
そう言って静かにマシューの頭をなでる。
「でもなぁ…おんなじ人とは言えへんけど、アーサーも刺繍や紅茶好きなんやで?やからもしかしたら生まれかわりっちゅうこともあるかもしれへんな。」
「じゃあ、いつか僕の事思い出してくれますか?」
きゅっとアントーニョのシャツを握って身を乗り出すマシューにアントーニョは
「あ~それは無理かもしれへんなぁ…」
と苦笑する。
「それは…違う人だから?」
ぽよぽよした眉を寄せて悲しげに言うマシューに視線を合わせてアントーニョは言った。
「えとな…これだけ世の中に人がいて、だあれも前世の記憶持ってないってことはな、たぶん一度死んだ時点で記憶が消えてしまうんやないかと思うねん。」
「じゃあ…僕は二度とマスターに会えないんですか?」
またマシューのまるい眼からぽろぽろ涙がこぼれてくる。それを指先でぬぐってやると、アントーニョはマシューに微笑みかけた。
「そんなことないで~。おんなじ魂持った人なら、また一から関係作ればええねん。
例えばな、それまでボンを金色の髪に蒼い目ぇの可愛ええ子って思ってた奴がおったとするやろ?もしそいつの目ぇが見えへんようになったら、今まで見えてたボンの見かけはわからんくなるよな?でも本当に大切な相手やったら関係はそこで終わらへん。
ボンがボンてわかるようにいっぱい話しかけてやったら、今度はボンは見かけの可愛ええ子やなくて、可愛ええ声の子ぉやって思えるようになる。
もし耳も聞こえんくなったら、いっぱい触ったったらええねん。そうしたら柔らかい手ぇした子やって見分けられるようになる。
諦めんかったら前に当たり前に見分けられてた時には気づかんかった新しい見分け方が何かみつかるはずやで。
記憶も同じや。
本当にお互い好きで大事やったら、記憶っていう一つの識別方法がなくなったくらいで関係は切れへんで。
好きやったって事完全に忘れてしもたら、またぎょうさん一緒にいていっぱい好きになってもろたらええねん。本当に大事な相手やったらそれまでの記憶に頼らんでも、また絶対に好きになってもらえるはずや。」
「…はい。僕がんばります。」
「ん。ええ子やね。」
「お兄さま、ああやって育てられて来たんだな」
アントーニョとマシューを遠目に見て、ギルベルトはため息をついた。
「まあな。あれが俺の原点だ。だてにお日様って言われてねえよ。」
普段馬鹿をやろうが、暴走しようが、変態っぽかろうが、結局自分はあの育ての親にはかなわないのだとロマーノは痛感する。
「なあ、ロマ。なんやったらこの子俺らが引き取ってもええで?」
マシューをなでながらアントーニョが言うが、ロマーノは首を横に振る。
「300年前の記憶がリセットで新しい関係築くなら、俺らだって築けるだろ。俺とギルも1年はこっちにいて行動共にするつもりだから、それは1年後、俺が国に帰る時になったらマシューの選択に任せるってことで。」
「あはは。そうやんな。じゃ、競争やんな。」
「のぞむところだっ」
「ま、未来の王様としては育ての親くらい超えてかねえとな。」
ケセセっとギルベルトも笑う。
「え…っと…ごめんな。俺はお前の事覚えてないんだけど…これから宜しくな」
アントーニョの膝の上からジ~と視線を送られている事に気づいて、アーサーもおずおずと手を差し出す。
「はい。でもやっぱりアーサーさんは見かけだけじゃなくて物腰とかマスターと酷似してるので…マスターなんだと思います。だからまた僕の事好きになってもらえるように僕頑張ります。」
マシューも小さな手でアーサーの手を握り返した。
その後、顔合わせを終えた5人はそれぞれの情報を照合する。
「とりあえず…西南北の情報集めが先決か。フランがこっちにいるんだったらあいつも使おうぜ」
こうしていつのまにかギルベルトにより、巻き込まれる事になるのが決定している事を当然のごとくフランシスは知らない。
ある意味…しばしば普憫と言われるギルベルトよりも不憫な人間がこの世の中にはいるのだった。
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