聖夜の贈り物 10章_1

「焦がさないようにね~、丁寧にかきまぜて。そう、上手♪」
キッチンに立つエプロンをつけた天使二人。フェリシアーノ&アーサー。
可愛ええなぁ楽園やんなぁ…と今度は素直に思うのは、自分の隣にフェリシアーノの想い人ルートヴィヒがいて、フェリシアーノがたまにそちらにほわわ~という擬音が聞こえそうな甘い笑みを浮かべるからだろうか。


一方、アントーニョの可愛い可愛い天使は大きなおたまを片手に真剣な顔でトマトジャムの鍋をかき回している。

現在、王宮の料理長仕込みの料理の腕でフェリシアーノが作ったトマトサラダにトマトのポタージュ、トマトのパスタで昼食を摂った後の昼下がり、大量に収穫してこんもりとまだテーブルに積まれたトマトの一部を使って、アフタヌーンティのスコーン用にトマトジャムを制作中である。

フェリシアーノが責任を持つからと久々にキッチンに入る事を許されたアーサーは、とても嬉しそうにジャム作りを手伝っている。
…と言っても、フェリシアーノが味付けをしたものを焦がさないようにかきまぜるだけなのだが…。

それでも柔らかな日が差し込むキッチンでエプロンをつけた可愛い可愛いアーサがおたま片手に鍋の前にいる様子は、なんというか…男のロマンである。
(今度もっと可愛ええフリフリの白いエプロン買おたろ)
と、秘かに思う程度には。

夢にまでみた幸せの構図…確かにこの瞬間、それはここにあった。

しかし…それが数秒後には壊される事をこの場にいる4人、誰もが想像もしていなかった。




コトコト弱火でトロトロになるまで…
強くなりすぎず、かと言って消えてしまわないように…
フェリシアーノが絶妙に調節した釜の炎がス~ッっと消えた。

「あれぇ?」
と首をかしげようとしたフェリシアーノは自分の体が動かない事に気づく。
(え?ええ???)
不安に駆られて唯一動かせる視線だけをルートヴィヒに向けると、彼もそうらしく、ひどく緊迫した視線をフェリシアーノに送ってきた。
さらにルートヴィヒの隣、アントーニョに移すとこちらも同様。
ただ違うのは、かすかにピクピクと動いている事。
動こうとする意志の差なのか…と、こんな状態なのにフェリシアーノはいたく感心した。

そして隣。
ひどく怯えた気配がする。
魔術師のアーサーには今の状態が把握できているのだろう。
というか…普通に動けるらしい。
自分で自分を抱きしめるようにして、震えている。
ハグしてなぐさめてあげたいな…と、思うのに自身の体が動かないのがフェリシアーノにはじれったかった。

「…げ……アー…サ…逃げっ」
人間やればできるんだ~!とフェリシアーノは思わず心の中で拍手した。
アントーニョは動こうと試みて、一部成功したらしい。
体は相変わらずかすかに震えるのみだが、口はなんとか動かせたようだ。
全身汗びっしょりになりながら、声を絞り出している。

「うわ~すごいね。ただの人間が一部位限定とはいえ、カークランド家の人間の呪縛解いちゃうんだ。」
クススっと緊張したこの場にはそぐわない涼やかな笑い声が響いた。

「てめえ、手ぇ抜いてんじゃねえぞ!」
と、それにかぶせるように荒っぽい感じの声。

一人は前回の襲撃者の白金の髪の男で、もう一人は燃えるような赤毛の…魔術師というよりは戦士のように体格の良い男だ。

「抜いてないよ?てか…文句あるなら自分でやってよ」
「あ~?てめえ、誰に向かって言ってやがる?」
「え~?魔術コントロール能力0の力技攻撃魔法しか使えないNOUKINアイルお兄様?ちょっとはチビちゃん見習いなよ。見て、この見事なトマト」
そう言いつつ、白金の方の男はテーブルの上のトマトを一つ手にとってかじった。
「デリシャス!育成の魔法なんて腕あげたよね、チビちゃん。戦争がないと生きていけないNOUKIN魔術師とは偉い違いだよ」

「あ~!もう一度言ってみろっ!この腐れ弟がぁ!!」
いきなり味方同士で起こる仲間割れ。

いきなり殴りかかろうとする赤毛の男の拳をスルリと回転して避けると、白金の男はいつのまにか手にしていた杖を振る。
とたんにピタリと硬直する赤毛。

「おいっ!ふざけんなっ!魔法解きやがれっ!!!」
赤毛は怒鳴るが、動けない以上どうしようもない。
白金はその様子にクスクス笑うと、軽い足取りで硬直するアーサーの前に立った。

「さて、と。チビちゃんのことはスコット兄さんにね、ばれちゃったんだ。
だからチビちゃんに与えられた選択は二つに一つだよ?
このまま大人しく来てくれればよし。僕が半径1kmほど離れれば術は効力をなくすから他は放置してあげる。一応、チビちゃんを保護してくれてた事に免じてね。
だけど…逃げたらそこのNOUKINの術解いちゃうよ?そうしたらわかるよね?
このあたりは一面炎の渦だ。加減なんてできない男だからね。骨も残らないよ、きっと。」
白金の男は二コリと微笑んだ。
人の良さそうな優しげな笑みである。
しかし言っている事は拒否権を与えない脅迫である事は誰の目からみても明らかだ。

アーサーにも当然それはわかっている。
白金の男、ウィリアムは良くも悪くも感情をはさまない。
自分で決断もしない。
ただにこやかに命じられた事を実行するタイプだ。
だから長兄のスコットがやれと言えばやる。

逆に次兄の赤毛の男アイルと違って、やれと言われない事まで感情的になってやることはない。
もしスコットが与えた命令がアーサーの確保なら、それ以上の事はやらないだろう。
たとえそこに西の国の王族二人がいても…だ。

「俺が…行けば……ほんとに?」
戦闘に関係ない事で怪我をして敵国の人間に助けられて1か月以上。
その間なにも成果をあげないどころか連絡も取らず、あまつさえこのままこちらで暮らしてしまおうとしていた状況を長兄スコットがどう思うかと想像したら、いっそのこと死んでしまいたいくらい怖い。
それでも…アントーニョやフェリシアーノを巻き込む事を考えたらマシだった。

歯の根が合わない震えた声でそう言って見上げるアーサーに、ウィリアムはにっこり微笑む。
「このNOUKINはこのまま運ぶからね。僕は平和主義者なんだ。命じられた以上の殺戮をしようとは思わないし。今回はね、スコット兄さんからの命令はチビちゃんの回収だけだから。もちろん、そのために邪魔になるなら多少の犠牲は仕方ないとは思ってるけどね」

「あかん…!そんなのの言う事…聞いたら……あかん…逃げ!」
呪縛のかかった状態では言葉を発するのも大変なのだろう。
苦しそうにとぎれとぎれに言うアントーニョ。

振り返ったら泣いてすがってしまいそうだ…。
アーサーは震える手を握り締め、気力を振り絞ってウィリアムに言った。
「…連れて行ってくれ…」

「良い子だね」
ウィリアムはアーサーの頭をなでると、手にした短い杖を振る。
すると空から絨毯が飛んできた。
「じゃ、約束通り他はこのまま放置してあげるからね。」
ウィリアムは杖をもう一振り、固まったままのアイルとアーサーを絨毯の上に乗せ、自分も乗ると、そのまま開け放した窓から空へと飛び去って行った。





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