──あ、あの人っ!やらかし先輩っ!!
新入社員が楽し気に指をさす先に居るのは不死川。
以前ならそんなことをする勇気は誰にもなかった。
が、最近は親しみを込めて『やらかし先輩』と呼ばれている、人間関係に悩んだら新人でも気軽に相談に行く相手ナンバーワンの人物となっていた。
実は人間関係や距離感について学ぼうにもそれまでの粗暴な態度や言動から宇髄の他にはたいして仲の良い友人もいなかった不死川に手を差し伸べたのはやはり錆兎だった。
もちろん本人は義勇と居るので、自身の信頼できる友人達に依頼する。
それが滅多なことでは物怖じすることのない杏寿郎と、そのせいで逆に人に理解できる説明はあまり得意ではない彼との橋渡し役に、非常に細やかで律儀な性格である村田をつけた。
そうして二人と一緒に行動すると、何かあるたび杏寿郎がどでかい声で
──不死川っ!今のはどうかと思うぞっ!!
と、別に不快な様子も見せずに言い、不死川が何について言われているのかわからずにぽかんとしていると、
──あ~…今の言動ね。人によっては罵倒に聞こえるから。
と、村田が解説してくれる。
その解説も、指摘されたことだけでわかる時はそれで終わるが、どうしてそう思われるのかというところがわからずに聞くと、例を交えて懇切丁寧に説明してくれるのだ。
それどころか、
──今の、不死川は大変そうだから手伝ってやりたかったんだよね?それをちゃんと言葉に出したら相手も喜ぶと思うよ?
と、どうすれば良い方向へと転換できるかまで教えてくれる至れり尽くせり度である。
村田だけだと周りは不死川に近づいてきてはくれないのだが、じゃあ周りから近づいてきてくれる杏寿郎と二人だと良いのかというと、今度は周りに対する接し方が悪すぎて、杏寿郎は気にしなくても周りから怒られたり怯えられたりする。
不死川自身は友好関係を築こうと思ってやっているのだが、相手はそう見てはくれない。
それでは不死川はなぜそうなるのかわからないまま終わるので、人の輪に入るために杏寿郎が、人とうまくやっていける言動行動の説明に村田がと言う風に、当時は二人ともが必要だったのだ。
そうして経験を積んでいくうちに、不死川もさすがに色々学んでいく。
なまじそれまでは人間関係で成功したことがほぼほぼなかったので、そこから社交術を身に着ければ、人と馴染めない人間の気持ちが大いにわかる、しかも生来面倒見の良い大家族の長男と言う、スーパーお世話係の出来上がりだ。
ということで、社内の人間関係について相談を受ける事が多くなり、そのたび、
──おれもやらかし続けてたからなァ…
から話が始まるので、『やらかし先輩』と呼ばれるようになったのである。
今ではなんと社内報に『やらかし先輩の相談コーナー』というコーナーまで持つ人気者だ。
そんな『やらかし先輩』が今に至るまでの更生の最初の一歩が、自分が言い出した罰ゲームなのも社内では有名な話となっている。
そして、錆兎に言われた──推し活と思え──という言葉が座右の命になり、当時、執着から推し活に切り替えた相手の義勇だけではなく、むしろ錆兎も推しとなって、二人を強く推す推し活をしているのも社内ではよく知られていて、一緒に推し活をしたいとそれに追随する人間が跡を絶たない。
『やらかし先輩』は『さびぎゆファンクラブ』の会長的何かでもあり、そちらでも有名な人気者なのだ。
その誰よりも推しを理解し、推す不死川だったが、肝心なその推しの片割れ、義勇にはなぜか『錆兎を狙うライバル』として警戒されているのが、気の毒で滑稽なはずだが、周りからはウケている。
むしろ誤解されて情けない表情で、それでも
──まあ…俺もずいぶんやらかしたからなァ…
と、その理不尽に怒りもせずに眉尻を下げた諦めの表情でそんな言葉を繰り返す様子が、『優しい。器が大きい。懐が深い』と、推しは推しとして推しながらも、その中から彼自身を推す者も増えていっているということには彼自身はまったく気づいていない。
まあそんな諸々はとにかくとして、とりあえず、うまくやっていかなければならない相手は推しと思え…と錆兎が不死川に言って、言われた不死川が広めたその言葉は、主に若い社員の間で広まっていって、Kisatuカンパニーは推しと推しを一緒に推す仲間たちであふれた、大変人間関係のよろしい会社として有名になっていった。
そして、今では皆が口をそろえて言うのである。
今日もKisatuカンパニーは平和です…と。
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