[水柱のファンの皆様の仰せのままに第二回]
「ん?なんだよ、この企画」
マネージャーから手渡されたバラエティ番組の企画書を手に、錆兎は秀麗な顔を少ししかめた。
この番組は、文字通り、錆兎と義勇がファンのリクエストを募集して、そのアイディアに沿って何かをするのを撮影するというものだ。
同性の恋人役として出演した映画のおかげで昨今ずいぶんと増えたように見える、腐女子という新たなファン層を中心に女性を主なターゲットとしている。
初回は2人でお好み焼き屋に行って飯を食うというものだった。
眼鏡とウィッグで変装して食事に行ったあの企画は楽しかった。
途中、何故か一般女子と間違われた義勇がナンパされたのを錆兎が丁重にお引き取り頂くなどというハプニングはあったものの、錆兎も義勇も楽しんだのは確かである。
そしてその番組の第二弾。
今度の指令はなんだ?と少し楽しみに企画書を覗き込んでみれば
『錆兎は変装、義勇は女装した上で、一般のCPのフリで1日デート』
などというけしからん文字が躍っていた。
企画書を手にチラリと隣の義勇に視線を落とすと、視線に気づいた義勇が不思議そうな顔で見あげてくる。
可愛い…。
正直に言おう。
錆兎的にはひっじょ~~~うに見たい。
義勇が可愛らしい格好をするのはとても見たい。
だって仕方ないじゃないか。
あえて誤解を恐れずに言えば、錆兎は異性愛者である。
別に男だから義勇を好きになったわけではなく、好きになった義勇が男だった、それだけなのだ。
儚げな雰囲気のある綺麗な顔が好きだ。
真っ白な肌も同年齢だと思えないほど華奢な体格も好きだ。
自分が旨い物をたくさん食べさせてもう少し太らせてやりたいとは思うが…。
やや後ろ向きだが繊細な性格も…そして口ほどに物を言う青みがかった澄んだ瞳を何より愛している。
義勇を構成する全てが好きだ。
ボロを着ていようと正装をしていようと義勇ならなんでも好きなわけだが、それでも…繰り返しになるが錆兎は元々は異性愛者なのだ。
ずっとイメージしてきた恋愛と言うのは、可愛い格好をした恋人を男として大事に大事にお守りする図なのだ。
だから、もちろん義勇じゃない異性よりは義勇の方が絶対に何があっても良いのは確かなのだが、少女のような格好をした義勇を見たい欲もあれば、そんな義勇をエスコートして出かけたい欲もある。
それが似合わないものならもちろんそうも思わないのだが、男の格好と同じくらいそれが似合ってしまうわけなのだから、させたくないはずがない。
だって前回の撮影の時など、男物の服を着ていても女の子と間違われてナンパされるほど可愛かったのだ。
女の子に見えるなら、女の子の服を着ていて可愛くないわけがない。
…と、そう思うわけなのだが、それは錆兎の方の都合で一方的な願望でしかないのもまた分かっている。
義勇だってどんなに可愛くても男なのだ。
女装なんて屈辱的だろう。
これが自分だったらと考えると、確かに女装して外に出ろとか言われたら嫌だ。
自分の願望と義勇の気持ち…どちらを優先すべきかなど、考えるまでもない。
だからこその
「さすがにありえないだろう」
だった。
自分の願望を表に出さないように…不機嫌に見えるように…意識して眉を寄せて、パンパンと企画書を指ではじきながらマネージャーを睨みつければ、横からひょいっと義勇が企画書を覗き込む。
企画書の内容を見て綺麗な青みがかった大きな目がきょとんと丸く見開かれた。
そして言う……
――何か…ダメなのか?
「はぁ?」
思わず声が漏れた。
もうそれはそれは何の意図も企みもなく、本当に驚きがそのままに声となって出る。
「…やっぱり…錆兎は恥ずかしい…か?」
「義勇、ちょっと待てっ!!」
おずおずと言われて錆兎はいったんストップをかけた。
頭の回転は早い方だと自他ともに認めているのだが、全く状況についていけてない。
「なんで俺が恥ずかしいんだ?」
この自意識が地の底までも低い可愛い恋人は、錆兎が理解できない事を言いだす時はたいていとんでもない事を考えている。
非常に下方修正された理解を元に……
――……女装した俺を連れて歩くのが?
おお~~い!!!!
と、錆兎は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
ありえないっ!ありえないだろう。
いや、確かに嬉し恥ずかしという事ならあるが……
「嫌なはずないだろうっ!!!」
と、即復帰。
立ち上がって義勇に詰めよった。
「俺がお前を連れて歩きたくないなんて事、一時だってあるわけないだろうっ!
ましてや可愛く着飾った義勇だぞ?!
俺の服を着てたってナンパ男が寄ってくる可愛い義勇が淡い水色のワンピースとか着てみろっ!
どう考えたって眼福すぎるだろうっ!!
それをエスコートできるのが嫌って男がどこにいるというんだっ!!」
一気にまくしたてたら、義勇がまたびっくり眼で固まった。
「…淡い水色のワンピース……」
「…なるほど、淡い水色のワンピースが好みですか…」
と、義勇、次いでマネージャーの呟き。
「い、いや、気にするとこそこじゃないだろうっ!」
と、焦る錆兎。
「いくつかカタログ取り寄せますね~」
と、そそくさと退散するマネージャーを呼びとめようとする錆兎だが、そこでツイ…と義勇がその錆兎の服の裾をひっぱった。
「…義勇?」
「錆兎は…淡い水色のワンピースだったら嫌じゃないのか?」
素朴な疑問…というような風に聞かれて、錆兎の方が戸惑った。
「いや…あの……」
「…?
ワンピースと言うのは単に好みの問題で、着るのが俺だとやっぱり嫌か?」
しょん…と肩を落とされて、また動揺する。
考えがまとまらず、どう言うべきかわからず、脳内色々な言葉がクルクル回るが、結局錆兎は素直に思いのままを口にした。
「俺としては…な、すごくみたいんだけど…な…」
「…え?」
「いや、俺個人としては可愛い格好した義勇とデートなんて嬉しくないはずないだろう?
でも逆を考えるとな…」
「逆?」
「そそ、自分が女装で街に出ろって言われると嫌だから」
「……これって…女装するのは俺だろう?」
「いや、だからな……」
全く分かりませんと言うような顔で見あげられて錆兎はため息をついた。
自分が嫌なことを恋人に強要するような男に思われていたのだろうか…と、錆兎はらしくもなく一瞬悲観的になるが、たぶんまた斜め上の方向に誤解されているのだろうと思いなおして、言いなおした。
「だから…俺だったらやるのは嫌だから、お前だって女装で街を歩くのなんて嫌かと思って反対してみたんだが…」
「…え?」
驚かれたらしい。
いわゆるびっくり眼で見あげられ、――俺…なにか変な事を言ったか?と錆兎も目を丸くした。
「いや…普通嫌だろう?」
「…?…別に?」
「…嫌じゃないのか?」
「…周りに不快感与えるとかじゃなければ別に良いけど?」
「………」
固まる錆兎に、義勇がだって…と上目遣いにみつめてくる。
――そういう格好をしていた方が錆兎が甘やかしやすいだろう?
……っ!!!!!
ど~こ~で~そういう物言い覚えてきたんだあぁぁ~~!!!!
可愛いがっ!可愛いが、物申したいっ!!!
ああ、でも可愛いからいいか。うん、いいっ。いいことにするっ!
…結局錆兎は欲望のままに考える事を止め、なりゆきにまかせる事にした。
「そもそも舞台の上で女装したり男装したりする文化があるわけだし…する側からすればそれが仕事の衣装だと思えば何にも問題ない気がするんだ…」
「…ああ、まあ…歌舞伎や宝塚とかな…あのあたりはまあ……」
「だから…どちらかと言うと似合わないかもしれない女装の人間を、それが仕事だと堂々と言えない状況で連れ歩かないといけない錆兎の方がメンタル的に大変な気がするんだけど?」
「……あー、似合うからそこは大丈夫だ。
俺の好みを全て凝縮したら間違いなく淡い水色のワンピースを着たお前になるから」
「…っ!!………ほんとかっ……」
真顔で言うと返ってくるキラキラと嬉しそうな顔と愛らしい呟き。
それをまともにくらって錆兎は赤くなる。
こうして第二回のお題は確定したのである。
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