一条家の主
このところ自宅にいるより一条家にいる方が多い気がする。
フロウの勉強を見るのはもちろん、唯一の男手である父親が忙しいため何故か代わりの男手として重宝がられる日々。
それでも居心地の良いこの空間で過ごすのは楽しい。
娘同様ほわわ~んとした母優香にもすぐ慣れて、コウにしては他人といる時に感じる緊張感がなくなじんでいる。
最近では昼食どころか夕食も一条家でとり、自宅にはほぼ寝に帰るだけの生活になりつつあった。
「優波っ!今日はねっ、タカさん夕食時間に帰ってこれるんですって♪」
いつものようにフロウの部屋で勉強を教えていると、お茶を持ってきた優香がはずんだ声で言った。
「久々ね~♪最近いそがしかったから♪」
それに対してフロウも弾んだ声で応じる。
「コウさんも今日大丈夫ですよね?」
と笑顔で振り返られ一瞬硬直。
「久々の家族団らん…じゃないのか?」
噂によると娘を溺愛するあまり、フロウが小学生の頃は鞄の中に隠しマイクをしこんでいたという父親…。
娘が男連れてきたなんて言ったらそれが友人だとしてもどうなのだろうか…。
できれば避けたい…が、そこで逃げてはいけないのも事実だ。
ということでこの台詞なのだが、優香はにっこり
「頼光君は家族も同然ですもの♪みんなで楽しくご飯にしましょ♪」
いつのまにか頭数に…は、もういつもの事なわけだが…。
「うんうん♪パパもコウさんに会うのとっても楽しみにしてるので♪」
というフロウの言葉に内心冷や汗だ。
楽しみって…どういう意味で?とは怖くて聞けない。
「じゃ、今日ははりきっちゃおっと♪」
パタパタと優香の足音が遠ざかって行く。
逃げたい………
本気で逃げたい………
せめて…当日とかじゃなく心の準備をする時間が欲しかった。
一応服装は制服だから問題はないとして……
何を話せばいいんだ……
そうこうしているうちに夕方。
「私も夜ご飯の準備手伝ってきます♪」
日々この時間になると下に降りて母親と一緒に食事を作るのがフロウの日課だ。
その間、コウは自分の勉強にいそしむ。
そして…やがて鳴るチャイム。
一気に高まる緊張。
バタン!とドアが開いて、フロウが部屋に駆け込んできた。
「コウさん、父が帰ってきたのでそろそろ降りてきて下さいな♪」
もう覚悟を決めるしかなさそうだ。
仕方なしに参考書を閉じて部屋を出た。
「タカさん、頼光君♪最近いつも色々やってもらってるの♪」
下に降りるとハイテンションな優香の声。
「初めまして、お邪魔してます。碓井頼光です。」
優香の隣に立つ相手にとりあえずお辞儀をして、顔を上げる。
気まずかろうと目をそらすのはよろしくない、と、相手に視線を合わせた。
そこに立っていたのは思ったよりかなり若い整った顔立ちの男性。
「初めまして。優波の父の貴仁です。優香も優波も迷惑かけてるみたいで申し訳ない。二人ともちょっと……いや、かなり世間擦れしてるんで大変だっただろう?色々どうもありがとう。」
ニッコリと爽やかな笑みを浮かべて男性は握手をしつつコウの肩を軽く叩く。
それから少しコウから離れて、全身を見回した。
「もしかして…頼光君何か武道やってたりする?」
「はい、剣道、柔道、空手は一応段を持ってます」
コウが答えると、
「やっぱりか~」
と嬉しそうな声。
「タカさん、駄目ですよ~、もうすぐご飯っ」
そこで優香が止めに入るが、
「少しだけっ。久々に組み手の相手がみつかったわけだし…」
と、言って、コウに目を向ける。
「駄目かな?こんな家だからなかなか男の子もよりつかなくてね。たまには誰かと汗を流してみたいんだけど」
と言われて断れるはずもなく…
「はい、ぜひ」
とコウが答えると、貴仁は今度は
「優波、良い子だからパパのトレーニングウェア用意して。頼光君の分もね」
とフロウを振り返った。
それから二人でしばらく汗を流す。
コウ自身、誰かと共に鍛錬をするのは久々だった。
幼い頃に父親と汗を流したのを少し懐かしく思い出す。
やがてフロウがスポーツドリンクとタオルを手に、食事が出来た事を告げにくると、二人それぞれ一階と二階のバスルームで汗を流してすっきりした所で食事。
意外に…貴仁はいきなり娘が連れてきた男を不快に思ったり敵視したりとかする様子はない。
むしろウェルカムオーラ満載だ。
「優波が選んだだけあって、しっかりした良い子だね~。優香と優波二人だけだとすっごぃ不安だったんだけど、これで安心して留守任せられるなっ」
とにこやかに語る。
選んでないし…そもそもいきなりなんで留守任せる話に?と、密かに思うコウ。
いいのだろうか?とは思うが、もちろん不快ではない。
貴仁は組み手の相手をしていてもかなりの腕なのは伺える。仕事もできるような雰囲気があるし、実際そうなのだろう。なのに人当たりが良く人を威圧するようなところがない。本当に人格者な気がする。
相手は自分を一人前のように扱ってくれるが、自分の方は相手といると自分が子供なのだと自覚させられる、コウにとっては自身の父親と同様、尊敬に値する人物に思えた。
尊重されているのと同時に保護されている気がする、とても不思議な気分だ。
もちろんそれはかなり心地よい。
一条家…それはコウにとって完全に温かい安らぎ空間となっていった。
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