純粋さの中の悪意
「ごきげんよう♪今日もよろしくお願いします♪」
二日目…。
まだチャイムを押すのは少し緊張するが、それを押すとあの可愛らしい幸せな笑顔が転がり出てくる。
「おはよう、姫」
その楽しそうな様子に思わずこちらも笑みが浮かぶ。
「おはよう、頼光君。今日もお願いしますね~♪」
娘にそっくりな可愛らしい母親、優香に見送られて昨日と同様フロウの学校に向かった。
そして昨日と同様にシスターにも挨拶。
近くの公園で単語帳をめくって時間をつぶし、その後また迎え。
「そいえばコウさん、アゾットさんて変わった方ですよねぇ」
昨日と同様コウの腕にぶら下がるようにしがみつきながら、フロウが唐突に言った。
「アゾット?何かあったのか?」
確か…イヴにゴッドセイバーが通常会話でリアルを語っていた時に、自分達と同様その場にいて聞いていたであろうプリーストだ。
しかしフロウはその場にはいなかったし、仲間4人のうちでは大抵自分が一番にインしていてその後きたメンバーを拾ってるので、フロウはほぼ他のメンバーとは接触はないはずだが…。
コウの質問に、フロウはえっとね、と、ちょっとコウを見上げた。
「お話した事はないんですけど…名前がね。アゾットなのにプリーストなんてちょっと変わってるかなぁって…。普通そんな名前つけるなら攻撃系ジョブとか選びません?」
そんな名前…と言われてもまったく検討がつかない。
「有名な…名前なのか?」
コウもフロウを見下ろすと
「短剣の名前。」
とフロウは答える。
「錬金術士が使ってた悪魔を封じ込めた短剣なんですよ、アゾットって。」
「へ~。詳しいな、姫」
そういえば…フロウの部屋にはファンタジー系の本がずらっと並んでいた気が…。
「もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
とりあえずゴッドセイバーを殺害した犯人は参加者の中にいる可能性が高い。
少しでも可能性のある者はチェックしておきたい。
「えっと…じゃ、うちで本見ます?私が説明するより早い気がしますし。」
ふわんと微笑むフロウ。
コウの側に異論はないわけだが…
「でも…連日いいのか?なんなら今日本貸してもらえれば明日には返すけど。」
さすがに…初対面の日から連日お邪魔する事には気がひけると提案するが、フロウはフルフル首を横に振った。
「ママ、もう私がコウさん呼んでくるものだと思ってお昼用意してますし…。」
いつのまにやら頭数に…というのはどうやら親譲りなのか…。
結局その日も一条家で昼食をごちそうになり、そのまま本を借りて読む。
『アゾット剣…16世紀頃に活躍したドイツの偉大な錬金術士バラケルススが持っていた短剣。
柄頭に水晶が埋め込まれており、そこには悪魔が封じ込まれていたという…』
なるほど…。
確かに癒し手のプリーストにつけるような名前ではない気がする。
よほどのへそ曲がりか…もしくは…陰惨な自己顕示欲の持ち主。
コウ自身も仲間以外とそれほど接触を持っていないため、アゾットの人となりはよくわかってない。
一度チェックをしてみなければ。
それによっては要注意人物認定だ。
コウが考え込んでると、フロウがコウのシャツの裾をつんつんとひっぱる。
「ん?」
ふと見ると教科書を片手にじ~っとコウを見上げているフロウ。
「コウさん…数学って得意です?」
「どれ?」
フロウが開いたページに目を落として、考え込む。
これがわからないとかじゃ…ないよな…と思っていると、
「このページ、全部わかりません」
ときっぱり言われて目眩。
得意以前の問題だと思う…。これの何がわからないのかがわからない。
「悪い…これのどこがわからんのかがすでにわからん。何を教えればいい?」
「全部…。最初から…」
「最初からって…ここまではわかってるのか?」
「いえ…全然…でも宿題がこのページからなんです…」
しかたなしに…教科書の最初から説明を始める羽目に…。
「コウさんすっご~い。頭いいんですね~」
「いや…俺が頭がいいというよりは…高2でこれがわかってない方が問題なんじゃないかと…」
言ってハッとする。
すごく不快にさせる事を言った気が…。
あわてて口に手をやるが、本人全然気にしてないらしい。
「ですか~?でもぜんっぜんわかんないんですよねぇ…。これわかるって絶対にすごいと思う」
心底感心したようにコウを見上げた。
出会ってから常々感じているのだが…フロウはきつい事を言われても華麗にスルー…というか、耳を素通りさせる事ができるという特技があるっぽい。
いつも失言したっと思って一瞬焦るコウに、全くそれに気付いてないがごとくぽわわ~んとした反応を返してくる。
その楽天的なお気楽さが、人間関係では日々緊張を強いられているコウの気をとても楽にした。
「コウさん…」
「ん?」
「夏休みの間…勉強教えて下さい。だめ?」
じ~っとつぶらな瞳で見上げてくるフワフワとした存在に逆らえるわけがない。
「いいけど…。俺も一部参考書置いておいてもらっていいか?自分の勉強もするから」
さすがに…夏休み中ずっと自分の勉強を放置というわけにも行かないので言うと、
「うん!じゃ、机だしておきますね~♪」
と、フロウの可愛い顔に花のような笑みが広がった。
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